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フローレンス・ナイチンゲールの名言集

近代看護教育の生みの親として有名なフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale/1820年5月12日生)。統計学者としても著名な彼女には、医療や統計学に関する名言が数多くあるんですよ。勉強になる言葉など、いくつか紹介しますね。

更新日: 2012年02月11日

ユンにゃさん

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そこに明確な行動が伴っていなければ、思いを十分に伝えることは難しいと思う。

超人的な仕事ぶりと、必要あらば相手が誰であろうと直言を厭わない果敢な姿勢により、陸軍・政府関係者ですらナイチンゲールに敬意を示し、また恐れたといいます。

女性よ自立しなさい。自分の足で立ちなさい。

"社会起業家"としての顔も持っていたナイチンゲールの言葉です。

物事を始めるチャンスを、私は逃さない。

「たとえマスタードの種のように小さな始まりでも、芽を出し、根を張ることがいくらでもあるのです。」
と続きます。

天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者のことだ。

看護師を「白衣の天使」と呼ぶのはナイチンゲールに由来するのですが、ナイチンゲール自身はそういったイメージで見られることを喜んでなかったそうです。

人の思いは、言葉に変わることで無駄にされているように、私には思えるのです。

「それらは皆、結果をもたらす行動に変わるべきものなのです。」
と続きます。常に行動し続けてきた彼女ならではの言葉ですね。

犠牲なき献身こそ真の奉仕

人生とは戦いであり、不正との格闘である。

彼女の一生は、看護現場を改善することに忙殺された日々でした。

正義なることが魂の健康である。

彼女は彼女の信念に基づいて万人の「健康」に携わったのでしょうね。

構成員の奉仕の精神にも頼るが、経済的援助なしにはそれも無力である。

ナイチンゲールは赤十字社活動に関わっておらず、むしろボランティアによる救護団体の常時組織の設立には真っ向から反対していたそうです。
「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」という本質を見抜いていたのですね。

看護はひとつの芸術である。

「それを芸術たらしめるには、画家や彫刻家の仕事と同じように、他を顧みない専心と厳しい準備とが必要である。」
と続きます。

私の成功のもとはこれだ。
決して弁解したり、弁解を受け入れたりしなかったこと。

肝に銘じておきます!

私はすべての病院がなくなることを願っています。

看護とは、自然が働きかける最善の状態に病人を置くことなんですよね。

看護を行う私たちは、人間とは何か、人はいかに生きるかをいつも問いただし、研鑽を積んでいく必要がある。

看護に携わるすべての人に心に留めてもらいたい言葉です。

経験をもたらすのは観察だけなのである。

「観察をしない女性が、50年あるいは60年病人のそばで過ごしたとしても、決して賢い人間にはならないであろう。」
と続きます。「観察」と「分析」があって始めてそれが「経験」となるのですね。

進歩のない組織で持ちこたえたものはない。

「まだなすべきことがたくさんある。」
と続きます。
戦時中に作られたナイチンゲール基金が45000ポンドに達すると、聖トーマス病院内にナイチンゲール看護学校がつくられ、その運営に関してはナイチンゲールも協力したそうです。

命を奪われた男たちの前に立って思う。生きている限り、彼らを死に追いやった相手と戦い続けると。

看護現場そのものが、彼女の戦場だったのでしょう。

子を失う親のような気持ちで、患者に接することのできない、そのような共感性のない人がいるとしたら、今すぐこの場から去りなさい。

ナイチンゲールが看護学校の生徒に向かって言った言葉だそうです。

自分の命より大切なものが多くなると、人間、気苦労が多くなる。

クリミア戦争に従軍し、兵舎病院の衛生改善に努力した彼女ならではの名言です。

人生でもっとも輝かしい時は、いわゆる栄光の時でなく、落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来への完遂の展望がわき上がるのを感じたときだ。

ナイチンゲールはクリミア戦争で熱病にかかり、37歳頃から虚脱状態に悩まされ、その後55年間は病床の日々を送ったそうです。しかしその50年もの間、150点にも及ぶ著作を書き残し、さらには1万2000点もの手紙を書き残したというのだから驚きです!

私は地獄を見た。私は決してクリミアを忘れない。

1854年にクリミア戦争が勃発すると、ナイチンゲールはスクタリ病院の看護師総責任者として活躍しました。

私たちは、自分が誉められるためにではなく、私たちが選んだこの仕事に名誉をもたらし、それを前進させるために、心を打ち込んで事を成し遂げていこうではありませんか。

このような考え方だったからこそ、クリミア戦争において看護そのものが改善されたのでしょう。

ともかくもその人の行動の動機となる力、それが信仰なのです。

ナイチンゲールは裕福な家庭の生まれでしたが、慈善訪問で接した貧しい農民の悲惨な生活を目の当たりにするうち、人々に奉仕する仕事に就きたいと考えるようになったそうです。

人生は呑気な楽しい休日でも、気の利いたことが記されている書物でもありません。

「知識をただ与えるだけの学校でもなく、涙の谷でもないのです。」
と続きます。

価値ある事業は、ささやかで人知れぬ出発、地道な労苦、少しずつ向上しようとする努力といった風土のうちで、真に発展し、開花する。

大変思慮深い女性だったのでしょうね。

進歩し続けない限りは、 後退していることになるのです。

これは耳に痛い言葉です・・・!

立派な男性が求婚すれば、女性がそれを受諾しない理由はない、 という考えにはまったく賛成できない。

「神の摂理もそうではないと思う。 女性たちのうち、妻になるのが神の定めであるものもいるように、 独り身でいるよう、明らかに定められているものもいる。」
と続きます。結婚しない!という決意の表れでしょうか?

今年で30歳になる。 キリストが伝道を始めた歳だ。 もはや子供っぽいことは終わり。無駄なことも、恋も、結婚も。

「さあ、主よ、あなた様のご意志のみを考えさせてください。」
と続きます。ナイチンゲールは恋も結婚も無駄なことという考えから、一生独身だったのでしょうか?

男は女に嘘をつくことばかり教え、また女に対して嘘ばかりついている。

90年という生涯を独身で貫き通した彼女ならではの言葉、といったところでしょうか・・・

病院は患者に害を与えてはならない。

ナイチンゲールは「病院建築家」としての一面もありました。
彼女が考案した"ナイチンゲール病棟"は、『病院覚え書』に図面入りで記されているそうです。

総婦長は病院中で最もすぐれた看護婦である。

ナイチンゲール自ら、多くの看護婦の範となるような看護管理を実現しました。

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ユンにゃさん

たくさん「まとめ」作るよ。見てってくださいね^^


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