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【凶悪】少年犯罪とその後の人生

過去に犯罪を犯した少年たちのその後が知りたくなり、出来る限りまとめてみました。すべてがそうとも言えませんが、少年犯罪の再犯率は目を見張るものがあります。

更新日: 2012年03月06日

meltyさん

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サレジオ高校首切り事件

1969年(昭和44年)4月23日、神奈川県のサレジオ高校で発生したいじめを原因とする殺人事件。通称サレジオ事件。私立進学校に通っていた男子生徒Aは、男子生徒Bと仲は悪くなかったものの、中学時代から馬鹿にされたり、いじめられたりしていた。放課後、山中でBに容姿を侮辱されたAは、今までに受けたいじめを思い出し、急に憎らしさが込み上げ、Bの首を登山ナイフで刺した。その後、10分以上もの時間をかけてBの首を切断し、その首を蹴り飛ばした。

Aは犯行を隠すために「不良に襲われた。」と話したが、警察で矛盾点を指摘され、Bの殺害を自供した。その後、初等少年院に送致されたものの、更生して有名大学に進学、大学院を修了し、司法試験に合格して弁護士となった。遺族とAの父親は、計720万円の和解金を支払う示談書を交わしていたが、40万円ほどを支払うと和解金を滞らせて1998年に死亡した。
2006年、奥野修司の著書『心にナイフをしのばせて』をきっかけに、Aの実名等の個人情報がインターネット上で公開され社会問題化した。同年10月、Aは遺族に謝罪の手紙を送り、残された和解金を支払う意思があることを伝えたが、その後弁護士を廃業し連絡は途絶えた。

石巻3人殺傷事件

2010年2月10日、宮城県石巻市の民家に押し入った18歳の少年が、男女3人を包丁のようなもので次々に刺し、2人が死亡、1人が胸を刺され重傷を負った。少年は女性1人を連れて乗用車で逃げていたが、宮城県警は、同日午後1時過ぎ18歳解体工の少年の身柄を確保した。

2010年11月25日、仙台地裁で開かれた判決公判において、鈴木信行裁判長は事件の残虐性や身勝手さを指摘し「犯行態様や結果の重大性から考えれば、更生可能性は著しく低い」「犯行時に少年であることが死刑を回避する決定的な事情であるとまではいえない」と断定として、求刑通り少年Aに死刑を言い渡した。弁護団はその後、控訴に消極的だったAを説得して同意させ、2010年12月6日に判決を不服として仙台高裁に控訴した。

市川一家4人殺人事件

1992年3月5日に千葉県市川市で発生した当時19歳の未成年者による殺人事件である。数日前に交通事故で轢き強姦した女子高校生のA子(当時15歳)の家に押し入り、A子の祖母、母親、父親、妹を刺殺した。A子は保護された。

1994年8月8日、千葉地方裁判所で少年に死刑判決が言い渡された。少年は控訴したが、1996年7月2日に東京高等裁判所は控訴を棄却。更に上告するが、2001年12月3日に最高裁判所で上告が棄却され、死刑が確定した。

女子高生コンクリート詰め殺人事件

1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に、東京都足立区綾瀬で起きた猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、暴行、殺人、死体遺棄事件の通称である。犯行期間が長期におよび、少女が監禁されていることに気づいていた周囲の人間も被害者を救わなかったことなどの点で社会に大きな衝撃を与えた。

1991年7月12日、東京高等裁判所は、主犯格の少年Aに懲役20年、少年Cに同5年以上9年以下、少年Dに同5年以上7年以下をそれぞれ言い渡した。一方で少年Bに関しては懲役5年以上10年以下とした一審判決を支持、双方の控訴を棄却した。
■出所後
少年Bは、仮出所後、保護観察関係者の女性と養子縁組を結び姓を変えていたが、2004年(平成16年)5月19日に再び同じ足立区や三郷市で男性に言いがかりをつけ監禁致傷事件を起こし、6月4日に逮捕され、懲役4年が確定した。この事件の影響で服役中だった少年Aは模範囚だったことから仮釈放の予定だったが取り消しになったという。

飯舘村出会い系サイト強盗致傷事件

2005年6月19日に福島県飯舘村で発生した強盗致死事件。少年少女ら5人が携帯電話の出会いサイトで知り合った被害者を呼び出して襲撃。バールなどで執拗に殴打し死亡させた。

2006年4月21日、一審の福島地裁は検察の求刑通り、主犯の3人に対して無期懲役(成人1名は脅迫され事件に荷担したことから懲役8年、他1名は家庭裁判所の審判により少年院送致)の判決を下した。無期懲役の判決を不服として少年らは控訴したが、二審も一審を支持。最高裁も2007年2月28日、上告を棄却し無期懲役が確定した。

山形マット死事件

1993年(平成5年)に山形県新庄市立明倫中学校で発生した男子中学生の死亡事件である。中学校1年生の男子生徒が、巻かれて縦に置かれた体育用マットの中に逆さの状態で入っており、窒息死しているところを体育館用具室内で発見された。

1993年8月23日、山形家庭裁判所は、逮捕された上級生3人に対し、刑事訴訟における無罪に相当する非行なしを理由とする不処分の決定をした。一方、補導された同級生3人に対しては同年9月14日、2人に初等少年院送致、1人に教護院送致の保護処分が決定された。これに対し3人は処分取り消しを求め仙台高等裁判所に特別抗告するが、「アリバイは認められない」として抗告は棄却された。それに対し最高裁判所へ再抗告もしたが、再び棄却された。

西鉄バスジャック事件

2000年(平成12年)5月3日に発生したバス乗っ取り(バスジャック)事件である。乗客3人を切りつけ、2人が負傷し、68歳女性1人が死亡した。インターネットの掲示板に残された犯行予告のハンドルネームからネオむぎ茶事件(ネオ麦茶事件)ともいわれている。

2001年9月29日、佐賀家裁で、少年Tに対し5年以上の医療少年院送致とする保護処分を言い渡した。
2006年2月1日、加害者の元少年が先月中に仮退院していたと報道された。

山口母親殺害事件

山口母親殺害事件(やまぐちははおやさつがいじけん)は、後に大阪姉妹殺害事件を起こす事になる当時16歳の犯人が2000年7月29日、山口県山口市で当時50歳の母親の頭を金属バットで殴り殺害した事件である。

出所後の2005年11月17日に成長した少年は今度は大阪姉妹殺害事件を起こした。大阪姉妹殺害事件で逮捕された際には成年だったため実名報道され、少年時代の山口母親殺害事件も取り上げられ、快楽殺人者の始まりの事件とみなされるようになる。被告人は「母親を殺したときの感覚が忘れられず、人の血を見たくなった」と大阪府警の調べに対し述べていた。
2007年5月31日付で加害者本人が控訴を取り下げ死刑が確定した。
2009年7月28日に死刑執行。享年25歳。

大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件

1994年9月28日から10月7日までの11日という短い期間に男性4人が殺害された連続リンチ殺人事件3府県で発生した未成年の少年グループによるリンチ殺人事件である。

「11日間という短期間に犯行を重ねており、執拗で残虐。地域社会に与えた影響は大きい」として
2011年3月10日、最高裁判所は上告を棄却し、元少年3人に死刑が確定した。判決後、死刑確定によって更生の可能性が事実上なくなったことを受けて、各報道機関はA・B・C3人の実名を公表した。

名古屋アベック殺人事件

1988年2月23日から25日にかけて愛知県名古屋市緑区で起きた、強盗殺人・集団強姦事件。被害者カップルが襲撃された場所の名前から「大高緑地公園アベック殺人事件」とも呼ばれる。非人道的で残忍な手口と身勝手な犯行動機で、日本中を震撼させた。犯人グループ計6名の大半が未成年であったことから、少年法改正に多大な影響を与えた事件である。

1989年6月28日、名古屋地裁で主犯Aは死刑判決を受けたが、「少年法があるから俺は絶対死刑にならない」と公言して即日控訴し、1996年12月16日、名古屋高裁は一審判決を破棄。Aは「矯正可能性がある」として無期懲役に減刑すると言い渡した。

山口女子高専生殺害事件

2006年8月28日、山口県周南市にある国立徳山工業高等専門学校の研究室で、この学校に通う5年生の20歳の女子学生が、他殺体で発見された事件である。

2006年8月28日、女子学生が所属する研究室で荷造り用のビニール紐で首を絞められた状態で発見される。犯人と見られる少年は前日にメールで課題を教えて欲しいと伝えており、あらかじめ待ち構えていたとみられる。その後9月7日に学校からほど近い山口県下松市の山林脇に少年のものと同じ青い原付バイクを発見、さらにそこから入った山林の中で少年の白骨化遺体が発見される。首吊り自殺したとみられる。その後、11月27日付けで、被疑者死亡のため起訴の条件を満たさないとして、不起訴処分となっている。

神戸連続児童殺傷事件

1997年(平成9年)に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生(以下「少年」と称す)による連続殺傷事件。別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。この事件で、2名が死亡し、3名が重軽傷を負った。

1997年(平成9年)10月13日、神戸家庭裁判所は少年を医療少年院送致が相当と判断、関東医療少年院に移される。
2005年(平成17年)1月1日、少年の本退院が認可される。
2007年(平成19年)3月、第二の事件で死亡した女児へ、医療少年院退院後、初めて謝罪の手紙が届けられた。しかし遺族は「必死に生きようとする姿が見えてこない」と賠償についても疑問を投げかけた。現在遺族への慰謝料は、少年の両親が出版した本の印税の他、1ヶ月に少年から4,000円と両親から8,000円支払われていると報道された

平成少年犯罪20年史

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