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Facebookはリア充のためのSNS

Facebookでは、充実した生活をしているリア充には居心地がよかったり、リア充を見せ続ける必要があるという分析を最近よく見かけたのでまとめてみました

更新日: 2012年03月07日

kanoseさん

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また、「こんなにおいしい料理ができました」とか「こんなかわいいペットがいます」「うちの子はこんなに賢くてやさしいです」といった文章が並ぶ。ネット(とくに実名のフェイスブック)では、みんなが幸福でステキでやさしい。
「子育ては退屈で、泣き続ける子どもを殺したくなるし、ところかまわずウンチするウチのペットは最悪で、私は何を作ってもとうてい食べる気にならないモノしかできない。ほらこんな料理」などと写真をアップする人はまずいない。ヘタに書けば炎上し、最悪の場合には警察まで来かねない。

つまりそういうことだ。Facebookは個々人が着飾った“見栄を張った”情報の塊になるわけだ。以前だれかが「Facebookは30年後の高校の同窓会みたいなものだ」と書いていた。たしかに言い得て妙。いまの自分の生活が充実している“リア充”でないと出席できない。50歳前にもなって「離婚して一人暮らし」とか「無職」だとかでは人前に顔を出せないのだ。

Facebookも結局のところ、書き込みのほとんどは、美味しいもの食べたとか旅行に行ったとか、ある意味“ハレ”の状態を書き込むことがほとんどだ。私自身もそうなのだが(笑)。つまり自分を“リア充”に見せる個々人の広告ページがFacebookなのだ。そう考えると個人から企業まで、総広告サイトがFacebookの姿だといえるのではなかろうか。

武田氏:発信している自分は、本当は夕食のときに夫婦げんかをしているかもしれないけれども、おいしそうなおかずを撮影してアップすれば、楽しい団らんに見せられる。だけど、ギャップは自分で分かってるんですよね。他のみんなもいいところを出しているんだけど、他の人のギャップは分からない。みんなにとってはこれが普通の生活で、自分だけちょっと良く見せていると思ってしまう。ちょっといい自分になっちゃう。

瀧本氏:1.5倍の自分を出すために“1.5倍消費”が起こっているという人もいる。「こんなおいしいお店に行きました」「子供にいい服着せました」といったことだよね。実際、Facebookには子供自慢をする人が結構いる。これはFacebookに限らない話で、日本ではTwitterのアカウント写真に自分の子供の写真を使っている人が多い。例えばこれまでよりいい子供服を買ったりといったように、“SNS1.5倍法則”によって関連消費が増えていると指摘する人もいる。

思うにフェイスブックでは、ポジティブな話題が主流で、「友だち」が多い人ほどその傾向は顕著です。つまり現実(リアル)の生活が充実している「リア充」ってことです。フェイスブックは全般的に前向きなマインドにならざるを得ない、ある意味での勝者・幸せのコミュニティーではないかと思います。そのコミュニティーにも、ヒエラルキー(階層社会)があります。そして、見ず知らずの人に「友だち」申請をできることは、ある程度自分のバックグラウンド(背景)に自信がないとできないものです。

顔本を、最近ごくささやかに使いはじめているのだけれど、やっぱりあの空気がおっかない。
顔本で発信しているのは「いい人」で、みんな人生に前向きで、世の中のいろんな場所に出かけては新しい知見を仕入れて、前向きな未来を語る。
顔本は「いい人」達の社交場で、自分の居場所がないというか、顔本世間が求める平均値に比べると、自分が今生活しているこの場所が、なんだかとても低い場所に思えてくる。
前向きな人達が語らって、なんだか自分一人が落ち込んで、そんな空気でページを繰ると、すかさず「本気で開業したいあなたに」だとか、「私生活充実、当直無し」なんて求人広告が目に飛び込んでくる。ぐらっと来る。

「顔本でかつて親しかった人を発見したけれど、拒否られるにちがいないという被害妄想によってスルーしてしまったなう。一度途切れた関係を、発作的な“過ぎ去りし昔をしのんで症候群”によって再構築しようとするシステムってなんなの、とぼやく小心者」

「“過ぎ去りし昔をしのんで症候群”の亜種には、“過ぎ去りしクリスマスをしのんで症候群”があるけど、一時的な懐古の情から“昔”を現在に再現または再構築しようとして、数日後に激烈に後悔するというパターンはどちらも一緒だ」

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