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犬に金玉を噛まれて死にかけた勝海舟―幕末の志士

睾丸を犬に噛まれて地獄を見た幕末の有名人勝海舟。勝海舟・小吉親子のチン事件をまとめました。

更新日: 2015年08月17日

yamadayamaさん

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9歳の頃に

勝海舟の父である勝小吉が書いた「夢酔独言」より。

岡野へ引っ越して二月程、段々脚気も良くなって来た。九歳になった息子が御殿から下ってきたので、本の稽古に三つ目向こうの多羅尾七郎三郎という用人のところへ通わせていたが、ある日その途中の道で、病犬に出会って金玉を噛まれた。

その時は花町の仕事師八五郎という者が息子をうちに上げて、色々と世話をしてくれた。自分はその時家で寝ていたが、知らせが来たので飛んで八五郎の家へ向かった。

なんと袋が…

息子は積み上げた布団に寄りかかっていたので、前をまくってみたら玉が下りていた(どうも袋が破けて睾丸が出ていたらしい)ので、幸いその場に来ていた外科の成田という医者に「命は助かるか」と尋ねたら、難しいと言う。

先に息子へ厳しく声を掛けると気がしっかりした様子だったので、駕籠に乗せて自宅へ連れて帰り、地主が呼んでくれた篠田という外科に傷を縫わせたが、医者が震えているので、自分が刀を抜いて枕元に立てかけ願を掛けた。そのおかげで息子は少しも泣かなかったので、ようやく傷口を縫い終えた。

70日も寝込む大怪我だった

医者に様子を聞くと「今晩持つかどうか保証できない」と言う。家中のやつは泣いてばかりいるので、思い切り小言を言って叩き散らし、その晩から水を浴び(水垢離のことだろう)て、金比羅へ毎晩裸参りをして祈った。
 始終自分が息子を抱いて眠り、他の者には手を付けさせなかった。

毎日毎日暴れ散らしていたら、近所の者が「今度岡野様へ来た剣術遣いは、子を犬に喰われて気が違った」と言っていたくらいだが、とうとう傷も治り、七十日目に息子は床を離れた。

事件がきっかけで犬が苦手に

氷川清話の中では今までに二十回ほど襲撃に遭い、頭や脇腹や足に傷がある事を誇っていた海舟だが、晩年まで犬を苦手にしていたという。

文政6年(1823)-明治32年(1899) 。
江戸末期の幕臣・政治家。維新後海軍大輔・枢密院顧問。

勝海舟の父親もキンタマを…

勝海舟の父・小吉は、箱の山の中で野宿をしていた時に、寝返りを打ったはずみで寝ている場所から下まで転げ落ちて、岩の角でキンタマを打って気絶してしまった事がある。

出典参考:「勝海舟伝」

キンタマは腫れて膿が出てしまい歩く事ができないほどだったという。勝小吉が書いた「夢酔独言」によると、しばらくキンタマの膿がとれなかったという。

出典参考:「勝海舟伝」

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