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今年亡くなった著名人まとめ

昨年(2012年)~今年(2014年)に亡くなった有名人・著名人の記録。タレントや芸能人、スポーツ選手、ビジネス界など、各界で亡くなった有名人の方の職業や死因、年齢などを記録しています。合掌。

更新日: 2014年04月14日

takikawaさん

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4月

「料理の鉄人」などテレビの料理番組などで活躍した中華料理人。
4月8日、肺炎のため入院先の横浜市内の病院で死去。71歳。横浜市の中華街で料理人の父の仕事を見ながら育つ。高校卒業後、中華料理店やホテルでの修業などを経て、自ら店を経営、評判となる。
軽妙な語り口と明るいキャラクターでNHK「きょうの料理」やフジテレビの「料理の鉄人」、テレビ東京の「浅草橋ヤング洋品店」などに出演する他、タレント活動も幅広くこなした。

ラーメン店「支那そばや」店主。
3月11日午前2時57分、多臓器不全のため川崎市幸区の病院で死去、63歳。
「ラーメンの鬼」として多くのテレビ番組に出演。カップ麺も監修した。

米プロレス興行団体大手のワールド・レスリング・エンターテインメント(WWE)の人気だった元プロレスラー。
4月8日死去。54歳。
1987年のWWEでのデビュー後、人気を得て早々とスター選手の1人となった。顔面に派手な彩色を施してリングに上がるのがトレードマークだった。93年には名前を法的にもウォリアーに改名していた。

米俳優。
4月6日、ロサンゼルス郊外の自宅で死去。93歳。
ニューヨーク生まれ。幼い頃から子役で活躍し、晩年まで80年以上にわたって映画やテレビに出演した。オードリー・ヘプバーン主演の映画「ティファニーで朝食を」(1961年)で日本人のユニオシ役を演じるなど、脇役としても多くの作品に登場した。アカデミー賞に4回ノミネートされているほか、特別賞と名誉賞を受賞している。

3月

ボクシング・ビート編集部の記者。
3月30日午後5時17分、入院先の埼玉県内の病院で死去。57歳。
春原記者は長野県上田市出身。1989年春にビートの前身「ワールド・ボクシング」誌の編集記者となり、以来ほぼ四半世紀にわたって試合場やジムなどの現場取材を担当してきた。今年に入り胃がんと判明し闘病生活を続けていたが、30日になって容態が悪化して危篤に陥り、ついに帰らぬ人となった。死因は「胃がんによる肝機能腎機能停止」という。

2013年のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」にも出演した個性派俳優。
3月30日、胃がんのため東京都内の病院で死去。69歳。
昭和19年、東京都生まれ。高校卒業後に劇団青俳に入団。昭和43年、演出家の蜷川幸雄氏らと「現代人劇場」を旗揚げし舞台で活躍した。映画やドラマにも多数出演。鋭いまなざしの悪役などで存在感を発揮し俳優としての地歩を固めた。
テレビ時代劇「鬼平犯科帳」やNHK大河ドラマ「龍馬伝」などに出演。「あまちゃん」では主人公・天野アキの祖父、天野忠兵衛を演じて親しまれた。テレビ番組「ガイアの夜明け」のナレーションを務めた。

ドラマー。
3月30日、病気のため死去、55歳。
平成3年にロックバンド「ORIGINAL LOVE(オリジナル・ラヴ)」のドラマーとしてデビューし、5年に脱退。近年は松任谷由実さんら数々のミュージシャンのライブやレコーディングに参加していた。

芥川賞作家の。本名川田禮子さん。
3月28日、膵臓(すいぞう)がんのため死去。85歳。
福岡市出身。大学図書館員、放送作家を経て80年、米国の田舎町に暮らす日本人妻の孤独や愛を描いた「モッキングバードのいる町」で芥川賞を受賞した。キリスト教徒の生き方も執筆の柱で、九州各地のキリシタン史跡を訪ね歩いて「キリシタン海の道紀行」などの本を著した。09年に福岡市文学賞を受けた。

俳優、劇作家清水邦夫さんの妻。
3月26日、間質性肺炎で死去、78歳。
東京生まれ。俳優座養成所を経て、59年劇団民芸に入団。「にんじん」「三人姉妹」などに主演。76年、夫らと演劇企画グループ「木冬社」を結成。「楽屋」「夢去りて、オルフェ」など多くの清水戯曲で、硬質な強さの中に悲しみをたたえた女性像を切れ味鋭いせりふ術で演じ、演出も手掛けた。清水作、蜷川幸雄演出「タンゴ・冬の終わりに」などで87年芸術選奨文部大臣賞。79年、84年の2回、紀伊国屋演劇賞個人賞を受けた。

ミュージシャン。
3月28日に死去、67歳。
70年にデビューし、「翼をください」のヒットで知られるフォークグループ「赤い鳥」で活躍。解散後の74年、メンバーだった山本潤子さん、大川茂さんとコーラスグループ「ハイ・ファイ・セット」を結成した。「フィーリング」の大ヒットで77年の紅白歌合戦に出場。荒井由実さん作詞・作曲の「卒業写真」「冷たい雨」などもヒットした。解散後は、音楽プロデューサーとして活動していた。

舞台美術の第一人者で、文化功労者。
3月27日、くも膜下出血のため死去。91歳。
父は彫刻家の朝倉文夫。伊東深水に日本画を学び、上村松園賞を受賞した。昭和30年代から舞台美術の仕事を本格的に始め、現代劇から時代物、オペラまで数多く手がけた。舞台の代表作に「近松心中物語」、スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」など。イラストや装丁の仕事でも活躍。高松宮殿下記念世界文化賞(演劇・映像部門)の選考委員も務めた。

有機物に伝導性を見いだした「有機半導体」を開発した豊田理化学研究所長、東京大名誉教授・物理化学。
3月20日午後6時、脳出血のため都内の病院で死去、87歳。
有機物に伝導性を見いだした「有機半導体」を開発し、分子科学研究所(現自然科学研究機構分子科学研究所)所長や宇宙航空研究開発機構顧問などを歴任。94年文化功労者に選ばれ、文化勲章を2001年に受章。07年には世界の科学や文明発展に寄与した人をたたえる京都賞を受けた。

イラストレーターで作家。
3月19日、脳出血のため死去。71歳。
1942年、東京都生まれ。65年、日本大芸術学部卒業。電通やニューヨークのデザインスタジオADAC、平凡社で勤めた後、フリーに。親しみやすく温かみのある作風で知られ、主な作品に赤ちゃん用の絵本「がたん ごとん がたん ごとん」、雑誌「ガロ」で連載したマンガ「青の時代」、イラストエッセー「美味しいか恋しいか」などがある。
エッセー「村上朝日堂」など作家の村上春樹さんと組んだ作品でも知られる。朝日広告賞、毎日広告賞などを受賞。87年、日本グラフィックデザイン展年間作家優秀賞。

皇族の帽子作りも長く手がけた国際的な帽子デザイナー。
3月19日、肺炎で死去。89歳。
長野県出身。14歳で東京・銀座の帽子店へ奉公に出た後、独立。30代後半でフランスに渡り、高名な帽子職人の下で、高級婦人帽子を作る技を磨いた。帰国後の1960年代後半から現皇后の美智子さまの帽子を制作。71年には都内に自身の店を開いた。革新的で華麗な作風で知られ、三宅一生さん、川久保玲さんらパリ・コレクションで活躍するデザイナーのショーで使う帽子をデザインした。

グループサウンズ「ザ・ワイルドワンズ」の元メンバーで音楽プロデューサー。
3月15日、死去。63歳。
キーボード奏者で「チャッピー」の愛称で親しまれた。近年は音楽プロデューサーとして、新人の育成などに努めた。

テレビドラマで正義感あふれる警備員や誠実な父親を演じた俳優。
3月14日、慢性呼吸不全のため死去。82歳。
東京都出身。俳優座養成所を経て1953年、映画デビュー。新東宝時代に「スーパージャイアンツ」シリーズで主演を務めるなど、二枚目スターとして活躍した。60年代半ばからはテレビドラマを中心に活動、「ザ・ガードマン」で個性的な警備員をたばねる頼もしいリーダー役を演じ、人気を確立。「赤い疑惑」など山口百恵さん主演の「赤いシリーズ」では誠実な父親を演じ、「理想の父親」の一人にあげられた。2006年からは「渡る世間は鬼ばかり」で、故・藤岡琢也さんの代役として、和食店「おかくら」の主人・大吉を演じた。

結いの党の参院議員で、カリスマバイヤーとして知られる。
3月15日夜、出血性ショックのため東京都内の病院で死去。54歳。
10年7月の参院選比例選で、みんなの党から出馬して落選したが、12年12月に繰り上げ当選。昨年12月、みんなの党を離党し、結いの党結成に参加した。百貨店の「伊勢丹」勤務時代にカリスマバイヤーとして知られ、老舗靴下メーカー「福助」社長として経営再建にあたったほか、イトーヨーカ堂の衣料事業部長を務めた。

歌手。本名は柴崎麻利子さん。
3月15日、心筋梗塞(こうそく)のため死去、60歳。
昭和48年、「涙の太陽」で歌手デビュー。ドイツ人の血を引くエキゾチックな顔立ちで人気を集めた。今年2月20日、自宅で心筋梗塞で倒れ、危篤状態が続いていた。

レスリング女子で五輪3連覇している吉田沙保里選手(ALSOK)の父親。
3月11日に61歳でくも膜下出血のため急死。
元レスリング選手で現役時代は1973年の全日本選手権フリースタイル57キロ級で優勝。その後はレスリング教室を主宰し、吉田を幼い頃から指導してきた。2008年に日本女子代表のコーチに就任し、12年のロンドン五輪では吉田のセコンドに付いた。

能楽太鼓方金春流22世宗家。
3月11日、心不全のため死去、89歳。
1942年に宗家を継承。92年に重要無形文化財保持者(人間国宝)。

日本人にとってのキリスト教の可能性を問い続け、遠藤周作さんら多くの作家と交流があったカトリック神父。
3月8日、脳内出血のため、死去。86歳。
昭和25年、留学のため、フランスに向かう船で遠藤さんと出会い、意気投合した。母性的な「許す神」こそが日本の風土に合うという考え方は多くの作家に影響を与え、安岡章太郎さん、高橋たか子さんらに洗礼を授けた。
61年には信徒以外の人たちへの伝道を目指して「風の家」を設立、機関誌発行や市民講座を続けた。文学的な感性も持ち、「私の中のキリスト」などの著書を残した。

「トミー・ジョン手術」で知られる医学博士。3月6日、米カリフォルニア州サンタモニカで死去。88歳。
同博士は74年9月25日に左腕トミー・ジョン投手の左肘腱(けん)の移植手術に成功した。肘の側副靱帯(じんたい)を再建する同手術は選手の名を取って「トミー・ジョン手術」と呼ばれるようになり、肘の治療法として球界に定着。数多くの手術を執刀し、日本選手ではロッテ時代の村田兆治氏や巨人時代の桑田真澄氏が受けている。

米映画監督。
3月5日、ロサンゼルスの自宅で死去。49歳。自殺とみられる。
64年8月、ニューヨーク市生まれ。俳優レオナルド・ディカプリオが主演した95年の映画「バスケットボール・ダイアリーズ」を監督した。
80年代後半には、ヒップホップの大物、DJジャジー・ジェフと俳優でラッパーのウィル・スミスのミュージックビデオ「ペアレンツ・ジャスト・ドント・アンダースタンド」の演出などにも関わった。

映画「ビルマの竪琴」の水島上等兵役などで知られる俳優。本名は四方正雄。
3月3日午前9時、急性心不全のため、千葉県内の自宅で死去。85歳。
54年に日活に入社し、女優の田中絹代が監督した「月は上りぬ」で映画デビュー。56年に市川崑監督「ビルマの竪琴」に主演。62年に妻の女優小田切みきさん、娘の四方正美さん、晴美さんとTBS系ドラマ「パパの育児手帳」で親子共演した。晴美さんが演じたチャコちゃんが主人公の「チャコちゃんシリーズ」は、「チャコちゃん社長」など5作続き、平均視聴率24%を記録する人気シリーズだった。

2月

元TBS〈現TBSテレビ〉アナウンサー。
2月26日、肺胞出血のため死去、79歳。
ワイドショー「モーニングEye」の司会を長年務めた。親しみやすい語り口で、退職後はフリーアナウンサーとして活躍した。

「利休にたずねよ」で直木賞を受賞した作家。
2月13日、肺腺がんで死去した。57歳。
出版社勤務を経て、2002年に「戦国秘録 白鷹伝」で長編小説家としてデビュー。「火天(かてん)の城」「千両花嫁」でそれぞれ直木賞候補になり、09年に「利休にたずねよ」で第140回直木賞を受けた。
織田信長の居城安土城を建築した宮大工が主人公の「火天の城」は西田敏行さん主演で映画化され、茶の湯を大成した千利休の人生に迫る「利休にたずねよ」も市川海老蔵さんと父・団十郎さんの共演で昨年映画になった。

童謡「ぞうさん」「やぎさん ゆうびん」などで知られる詩人。本名は石田道雄。3月28日午前9時9分、老衰のため死去。104歳。
戦後は、詩人の与田準一さんの呼びかけで、「コドモノクニ」から誌名変更した幼児雑誌「チャイルドブック」の創刊にかかわった。
「ぞうさん」を書いたのは、国民図書刊行会(現チャイルド本社)で働いていた51年、41歳の時。音感教育家の酒田冨治さんから「幼児向けの童謡を書いてほしい」と頼まれ、一晩で書き上げた。
團伊玖磨が作曲し、翌52年にNHKで初放送され、全国に広まった。ほかに「一ねんせいに なったら」「ふしぎな ポケット」なども作詞した。

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