1. まとめトップ

今年亡くなった著名人まとめ

昨年(2012年)~今年(2015年)に亡くなった有名人・著名人の記録。タレントや芸能人、スポーツ選手、ビジネス界など、各界で亡くなった有名人の方の職業や死因、年齢などを記録しています。合掌。

更新日: 2015年02月24日

takikawaさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
745 お気に入り 8700364 view
お気に入り追加

2月

踊りの名手として知られ、端正な芸で幅広い役を演じた歌舞伎俳優。本名・守田寿。
2月21日、膵臓(すいぞう)がんのため都内の病院で死去。59歳。
東京都出身。先代三津五郎の長男に生まれ、1962年、五代目八十助(やそすけ)を襲名し初舞台を踏んだ。八十助として長らく活躍。2001年に三津五郎を襲名した。「喜撰(きせん)」などで、折り目正しさの中に妙味のある芸を見せた。新作歌舞伎、現代劇まで幅広く演じた。NHK大河ドラマ「功名が辻」やTBS系「ルーズヴェルト・ゲーム」などテレビ、映画「武士の一分」にも出演。

ロック歌手で、本名鮎川悦子。
2月14日、子宮頸(けい)がんで死去、61歳。
北九州市出身。ギタリストで夫の鮎川誠さんとロックバンド「シーナ&ロケッツ」を結成し、ボーカルを担当。78年に「涙のハイウェイ」でデビューし、翌年発売の「ユー・メイ・ドリーム」がヒットした。

ロッキード事件の捜査に携わり、テレビのコメンテーターとしても活躍した元東京地検特捜部長。
2月7日、敗血症のため東京都内の病院で死去。81歳。
1958年、検事に任官。東京地検特捜部時代にロッキード事件の捜査に関わり、83年から東京地検特捜部長を務めた。法務省矯正局長、最高検公判部長などを経て、91年に退官し、弁護士登録。
「好き嫌いで決めろ」「汚職・贈収賄」などの著書があり、大学教授を務めるかたわら、テレビでも活躍した。作家の三好徹さんは兄。

キッコーマンしょうゆ瓶、秋田新幹線「こまち」や多くの企業のロゴマークなど工業デザインの草分けとして知られるデザイナー。
2月8日、洞不全症候群のため東京都内の病院で死去。85歳。
東京都出身。
1961年に製品化され、ロングセラーとなるキッコーマンの卓上しょうゆ瓶をデザインし、高い評価を得た。初代の秋田新幹線こまちやJR成田エクスプレス、ヤマハ発動機のオートバイなどのデザインのほか、コスモ石油やミニストップなど企業のロゴマークも数多く手掛け、ビジネスにデザインの概念を定着させた。

日本人に多い血液のがん「成人T細胞白血病(ATL)」の原因ウイルスを発見し、人間のがんとウイルスの関係の研究に大きな貢献をした京都大名誉教授。
2月4日、肝臓がんで死去。90歳。
秋田県出身。東北大医学部卒。東北大と熊本大の教授を経て、80年に京都大ウイルス研究所教授となった直後、ATL患者の培養細胞から病気の原因ウイルスを見つけることに成功した。

2015年1月

統一ドイツの初代大統領で、ナチス・ドイツの過去と正面から向き合うことを説いた元ドイツ大統領。
1月31日、死去。94歳。
独シュツットガルト生まれ。英仏独の大学で法学、歴史学を学び、38年から45年まで従軍。54年、保守のキリスト教民主同盟(CDU)に入り、69年から連邦議会議員。西ドイツ時代の1984年から94年まで大統領を務めた。

「蟹(かに)」「不意の声」など、人間の内面や性愛を鋭敏な感覚で描き続けた作家で文化勲章受章者。
1月29日、呼吸不全のため死去。88歳。
大阪市出身。大阪府女子専門学校(現大阪府立大)卒。作家・丹羽文雄主宰の雑誌「文学者」同人となり創作を始め、1962年に「幼児狩り」で新潮社同人雑誌賞を受賞しデビュー。63年「蟹」で芥川賞、67年「最後の時」で女流文学賞を受け、過激な性や人間の内面を追究する作風で文壇での地位を築いた。

女性初の国会議員の一人。
1月29日午後、多臓器不全のため東京都内の病院で死去。96歳。
早大卒。婦人参政権が実現した46年の衆院選で初めて誕生した39人の女性国会議員の一人。衆院議員を3期務めた。

「リング」で貞子の母役などを演じた女優でモデル。本名は大岡雅子。
1月29日、肺動脈肉腫による多臓器不全のため死去、50歳。
モデルとして女性誌を中心に活躍。女優としては、映画「リング」シリーズで貞子の母を演じた。

人生の哀歓をにじませるユーモア野球小説で知られた直木賞作家。
1月26日、肺炎のため神奈川県内の病院で死去。83歳。
三重県生まれ。大分第一高(現大分上野丘高)卒。住友銀行など30年にわたるサラリーマン生活を経て、1982年、50歳でデビュー作「球は転々宇宙間」を発表。翌83年には同作で吉川英治文学新人賞を受賞し、遅れてきた大型新人として注目された。少年時代の草野球体験を原点にした野球小説で、終戦後の「焼け跡」を知る世代の共感を誘ったほか、恋愛小説、歴史ミステリー、映画に関するエッセーなども手がけ、95年、5度目の候補となった「白球残映」で直木賞を受賞。

サウジアラビアの国王。
1月23日未明に死去。バランス感覚に優れた現実主義者であったが、改革者にはなれなかった。
1924年、リヤドに生まれ。0年代、アラブの団結を優先し度々、米国を批判した。90年の湾岸危機で米国がサウジ国内への米軍駐留を求めた時も反対したとされる。2005年、第6代国王に即位した。
アブドラ国王は約30人の妻(離婚した妻も含む)との間に15人の息子と20人の娘があると考えられている。

「阿片戦争」「秘本三国志」「小説十八史略」などの中国歴史小説で知られる直木賞作家。
1月21日、老衰のため死去。90歳。
61年、推理小説「枯草の根」で江戸川乱歩賞を受けて文壇デビュー。その後歴史小説に転じ、67年に「阿片戦争」3部作を完成させた。
69年「青玉獅子香炉」で直木賞、70年には本紙連載小説「孔雀の道」と「玉嶺よふたたび」で日本推理作家協会賞を受賞。90年に日本国籍を取得。93年のNHK大河ドラマ「琉球の風」では原作を手掛けた。

「攻殻機動隊」の主題歌を歌ったロシア人シンガー・ソングライターの。
1月17日、神奈川県内の病院で死去。44歳。
ロシア・ノボシビルスク出身。1991年に来日し、94年に日本でメジャーデビュー。ロシアの愛唱歌「ポーリュシカ・ポーレ」がドラマのテーマ曲に使われて注目され、その後、テレビアニメ「攻殻機動隊」の主題歌を歌った。

近鉄のエースとして活躍した元プロ野球選手。
1月21日、すい臓がんのため死去。64歳。
高知・伊野商高から社会人の鐘淵化学を経て72年ドラフト3位で近鉄に入団。2年目の74年には35試合に登板して2セーブをマークすると先発投手として活躍。内角を鋭くえぐるシュートを武器に79、80年には15勝を挙げてリーグ2連覇に貢献し、広島との日本シリーズでは2年とも第1戦の先発を任された。83年にヤクルトに移籍し、84年に現役引退。通算成績は320試合で81勝75敗8セーブ。

柔道の男子95キロ超級で1984年ロサンゼルス、88年ソウルと五輪2連覇を達成した全日本柔道連盟強化委員長。
1月20日午前2時56分、肝内胆管がんのため大阪府東大阪市の病院で死去。54歳。
89年に現役を引退。2004年アテネ五輪では日本代表男子の監督を務め、メダルラッシュに貢献した。現在は母校、国士舘大学の体育学部教授。12年から全柔連強化委員長に就いていた。

中日、阪神で活躍した元野球選手(本名は陳大豊=ちん・たいほう)。
1月18日午後10時41分、急性骨髄性白血病のため名古屋市内の病院で死去。51歳。
台湾から84年に来日。中日の主砲だった94年には本塁打、打点の2冠を獲得した。あこがれの王貞治氏と同じ1本足打法の長距離砲として通算277本塁打。引退後の09年に白血病の診断を受け、闘病生活が続いていた。

俳優、声優。
1月15日、虚血性心不全のため死去、85歳。
アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」のねずみ男や「忍たま乱太郎」の山田伝蔵の声、チャールズ・ブロンソンの吹き替えを担当。俳優として多くのテレビドラマにも出演した。

広島周辺で撃墜された米軍爆撃機の元機長。
1月11日、米西部ユタ州の自宅で死去。90歳。死因は不明。
1924年、米サウスカロライナ州生まれ。45年7月、広島県呉市沖の上空で日本の戦艦を爆撃中、搭乗していたB24爆撃機が撃墜された。自身は東京へ移送されたが、同乗していた同僚6人が広島市の憲兵隊司令部などに留置され、原爆の犠牲になった。99年、同僚の慰霊のため広島を訪問した。

ピアニスト、東京芸大名誉教授。
1月16日午前4時30分ごろ死去、93歳。
ドイツ留学後、母校の東京芸大で教授などを務める一方、全日本ピアノ指導者協会副会長、顧問として音楽教育の向上に貢献した。夫でバリトン歌手の故中山悌一氏との共演でも知られた。05年瑞宝小綬章。

京都能楽界の重鎮として活躍した能楽師で、人間国宝。
1月13日、敗血症のため死去。84歳。
昭和5年、観世流・能楽シテ方の片山家に長男として生まれ、5歳で初舞台を踏む。昭和60年には九世・片山九郎右衛門を襲名、幽玄な女物を演じる能を得意とし、優美な舞やこまやかな表現で存在感を発揮。
京都能楽界の重鎮として平成13年には人間国宝に認定されたほか、能楽協会の理事長を務めるなど長年にわたって能楽界に貢献し、平成21年には文化功労者に選ばれた。

石井光三オフィス会長。
1月6日、胆管がんのため死去、83歳。
1983年に芸能プロダクション「石井光三オフィス」を設立。コント赤信号のマネジャーとして知られ、「オレたちひょうきん族」などのバラエティー番組にも出演した。

ユニー特別顧問、創業者。
1月1日、急性心筋梗塞で死去。89歳。
大手流通業、ユニー(ユニーグループ・ホールディングス)の前身の西川屋を1949年に設立し、ユニーの社長、会長を務めた。

ヒチコック映画出演で知られる俳優。
1月7日、ロサンゼルスの自宅で死去。84歳。
1930年1月、オーストラリア・シドニー生まれ。画家志望から俳優に転向し、オーストラリアで活躍後、米ハリウッドに渡った。59年のSF映画「タイム・マシン」で人気を博し、ヒチコック監督の代表作「鳥」(63年)主演に抜てきされた。「ホテル」(67年)、「砦のガンベルト」(67年)などにも出演。

ドラえもんなどの脚本家。
1月4日、上縦隔腫瘍で死去。57歳。
テレビアニメ「ドラえもん」「宇宙船サジタリウス」や、映画「のび太の結婚前夜」「ぼくの生まれた日」などの脚本を手がけた。

ドイツの社会学者。
1月1日、心筋梗塞のため死去、70歳。
現代社会が抱えるリスクを警告した著書「危険社会」(1986年)で知られ、ドイツを代表する社会学者。
ポーランド北部生まれ。ミュンスター大教授などを経てミュンヘン大教授。東京電力福島第1原子力発電所事故を受け、脱原発を提言したドイツ政府の諮問機関「倫理委員会」のメンバーも務めた。

12月

「序の舞」「鬼龍院花子の生涯」など運命にあらがい高い志を持った女性の一生を描き、多くのベストセラー作品を生んだ作家。
2014年12月30日、老衰で死去。88歳。

元ひめゆり平和祈念資料館副館長。
2014年12月31日、卵巣がんのため死去、86歳。
沖縄戦にひめゆり学徒隊として動員された。戦争の悲惨さを訴える語り部として活動し、同資料館の開設にも関わった。

1 2 3 4 5 ... 19 20




このまとめへのコメント1

  • この投稿は現在表示することができません。

1

まとめ生活目指してます。

このまとめに参加する



  • 話題の動画をまとめよう