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日本にもあった天空の城!兵庫県の竹田城跡が凄い絶景

海外のお城が「天空の城」として紹介される事が多いようですが、日本にも天空の城があるんです!兵庫県にある1431年に築城されたと言われている竹田城は、まさに天空の城と言うのにふさわしいお城です。朝になると雲海の中に浮かび立つ美しい様子が見れます。

更新日: 2014年05月11日

naoko5さん

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竹田城跡は、「天空の城」「但馬竹田城跡」「虎臥城」「日本のマチュピチュ」などと沢山の異名を持っています。

日本にもこんな美しい天空の城があったんですね。是非とも行ってみたい場所の1つですね。

夏の芝生に光が当たっていると、天空の城ラピュタに降り立ったような気持ちになりそうです。

竹田城跡の概要

1400年頃から1600年頃まで利用されたお城

標高353.7メートルの山頂に位置する竹田城跡は、嘉吉年間(1441-43年)に但馬の守護大名・山名宗全が基礎を築いたとされ、太田垣氏が5代にわたって城主となりましたが、織田信長の命による秀吉の但馬征伐で天正8年(1580年)に落城。最後の城主・赤松広秀が豪壮な石積みの城郭を整備したと言われます。

竹田城跡は、日本でも大変に珍しい場所に建てられたお城です。観光地として非常に人気があるようです。

かつては非常に大規模なお城であった事が分かります。

天守閣があった事は分かっていますが、詳しい天守閣の様子や状況については、まだ分かっていない事も多いようです。

歴代の城主

太田垣光景(1443年(嘉吉3年)~1465年(寛正6年))
太田垣景近(1465年(寛正6年)~1479年(文明11年))
太田垣宗朝(1479年(文明11年)~1521年(大永元年))
太田垣宗寿(1521年(大永元年)~1538年(天文7年))
太田垣朝延(1538年(天文7年)~1570年(元亀元年))
太田垣輝延(1570年(元亀元年)~1577年(天正5年)?)
城代・羽柴小一郎長秀(秀長)(1578年(天正6年)~1580年(天正8年))
桑山重晴(1580年(天正8年)~1585年(天正13年))
赤松広秀(斎村政広)(1585年(天正13年)~1600年(慶長5年))

竹田城跡の写真

日本のマチュピチュとも呼ばれています。雲海の上に浮いており、まさに「天空の城」の異名にふさわしいです。

神秘的で、とても現世にいるようには思えないようなお城跡です。

女性がいるだけで、立派な城も和みますね。

冬になると、真っ白になって空と一体化していますね。

出典ganref.jp

この雲海を求めて、付近の山に登る人もいるそうです。

天守閣台にあがると、その見晴らしと言えば凄いという事です。遠くかなたまで見える様子が写真からも分かります。

石垣がしっかりと組まれている様子がわかります。

城下町は、山間にある集落です。

ラピュタに降り立ったような気分になります♪

竹田城跡(兵庫県)のアクセスの方法

電車で向かう場合には、京都から朝来市にアクセスします。

鉄道

[鉄道] JR播但線、竹田駅下車、徒歩30分。海抜352m、虎臥山の山頂が竹田城跡。山頂までは車で登ることができる。電車で攻める場合は、竹田駅のとなり和田山駅でタクシーを(和田山タクシー:079-672-2807)。20分程度。竹田駅は悲しいかな無人駅。この辺り、列車の時刻には充分に注意をはらおう。1時間に1本なり。ちなみに竹田駅の西側にある法樹寺の北側から徒歩で、途中石切場などを見ながら登城もできるが急勾配の徒歩30分。

自動車

[自動車] 播但連絡道路、和田山ICから、国道312号線を南へ約10分。城山へ登る車道は2つあり、加都交差点から入る登りやすい車道「西登山道」と、竹田交差点から進む急勾配の車道「南登山道」がある。いずれも、花屋敷下の無料駐車場(15台程度)に着く。その昔は大手門跡前まで車で行けたが、現在は駐車場から先の道路は進入禁止となっている。冬はこちらで積雪情報を確認した方が良いぞ。一番上に移動上に移動下に移動一番下に移動移動

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