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やはり現場での確執が原因だった寺脇康文「相棒」降板

突然の降板で様々な理由が噂された寺脇康文さんのドラマ「相棒」降板。なぜ寺脇さんが降板する事になったのか。その真相を簡単にまとめました。

更新日: 2016年03月09日

yamadayamaさん

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表向きの理由は「リアリティの追求」

プロデューサー・松本基弘氏は「社内外から批判があったが、リアリティを追求するには亀山(寺脇)は去らなければいけない」と説明

松本プロデューサーは「(ドラマ設定では)“変人”杉下の下について6人の刑事が辞めていった。常にリアリティを追求してきた作品だし、さらに進化をするために決断しました。賭けですね、ハッキリ言って」

本当の理由は現場での確執

寺脇には、『相棒』を人気シリーズにしたのには、自分も少なからず貢献しているという自負があり、撮影現場で、意見することも多くなったという。水谷が考えた演出プランと違うプランを出すこともあったようだ。

よりよい作品を作りたいという思いから現場で様々な提案をしていた寺脇さん。だが…。

寺脇さんの意見は、水谷さんやプロデューサーと違うことも多く、周囲から“主役を立てないで自分が目立とうとしている”とささやかれるようになってしまったんです。最初はスタッフと気まずかっただけなんですが、次第に水谷さんともぎくしゃくするようになっていきましたね。

やがて、恒例だったリハーサル前の打ち合わせも行われなくなり、寺脇が意見を言っても、撮影に取り入れられないことが増えていった。

当初はスタッフにも受け入れられていたが…

制作発表記者会見では、スタッフと話し合える関係だと「相棒」の現場について語っていた寺脇さん。

いいドラマを作って数字も良くなれば最高ですね。好きな世界を追求してやっていけたらと思います。その意味ではスタッフと話し合える関係なので、みんないっしょに作っていけると思っています

しかし、その良いドラマを作りたいという思いが共演者・プロデューサーとの軋轢を生み、降板に繋がることになった…。

ついに水谷さんが寺脇さん降板の要請を

シーズン6の撮影中、演出プランに水谷さんがNGを出したのに、寺脇さんが異を唱えたことがありました、その後、水谷さんが突然、ドラマを新しい展開にもっていくために相棒を代えたいとプロデューサーに直談したんです。

突然の卒業に困惑していた寺脇さん

プロデューサーから直接“卒業”を言い渡された寺脇。当初は困惑したようだが「亀山薫のこと、俳優・寺脇康文のことをとても大事に、そして真剣に考えてくれているその“思い”を受け止め、気持ち良く卒業させて頂くことにしました」

降板後の寺脇さん―まだわだかまりが

「相棒」の伊丹役である川原和久さんの披露宴を寺脇さんは欠席。

「8人ほど座っていた”相棒テーブル”では六角精児さんや川原さんの同僚『トリオ・ザ・捜一(捜査一課)』の大谷亮介さん、山中崇史さんの祝福リレーコメントもあり、盛り上がりました」(列席者)
しかし、『相棒』軍団のなかに、初代“相棒”の寺脇康文(50)の姿はなかった。

松本紀保さんと川原和久さんの挙式・披露宴では、立会人を水谷豊・伊藤蘭夫妻が務めた。

欠席した背景にはまだ整理がつかない相棒降板への思いがあったようで…。

彼にとって”自分の理想の男性”だという薫役を退いたわけですから、今も制作サイドに思うところがあるんじゃないかな」

寺脇さんの相棒への熱い思い

最近では視聴率を稼ぐために工夫したりする作品も多いと思うんですが、これはもともとのドラマのあり方を見つめ直す作品になるのではないか、と。もちろん数字も欲しいですが、いいドラマを作って数字も良くなれば最高ですね。好きな世界を追求してやっていけたらと思います。

寺脇康文さんとドラマ「相棒」

1984年に三宅裕司主宰の劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」(SET)へ入団。その後劇団を退団し、情報バラエティ「王様のブランチ」の司会を10年間担当するなど、多方面で活躍している。

刑事ドラマ「相棒」では水谷豊演じる主人公の相棒役として長期間出演した(2000年 - 2008年)。相棒の亀山役では第16回橋田賞俳優部門や第32回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。

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