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[恐怖]ひな祭りにまつわる怖い話を集めてみた[人形]3月3日

もうすぐひな祭りなのでそれに関するホラーな話を調べてみました。

更新日: 2013年02月05日

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おめでたい行事でもありますが、各所で噂されている怖い話を集めてみました。

~ひな祭りの起源~

中国・漢の時代、ある家で3人の女の子が生まれたが、3人が3人とも3日以内のうちに死んでしまった。
不憫に思った村人たちは、亡きがらを川の水で清めた後、水に沈めたという。

下って唐に時代になると、季節の節目に川の水で邪気を祓う「上巳(じょうし)節」という行事に進化する。
この上巳節が遣唐使によって平安時代の日本に伝えられた。

当時の日本では、出産する女性が死なないように枕元に人形を置く風習があった。
この形代(かたしろ)と呼ばれる身代わり信仰と上巳節が結び付いて、
身代わりの人形を川に流す流し雛(びな)の風習に発展していく。

節目毎にお祓いをする行事は江戸幕府によって五節句として定められ、3月3日は「桃の節句」となった。
この時代に現在と同じような雛人形・雛段が出来たらしい。

~父親から聞いた話~

私の父の実家は兵庫の山奥。段々畑の町。
古い家なので、厠は外にありました。

その日は3月3日雛祭り。

当時10才位の父が家族皆の夕食後、厠へ行こうと席を立ちました。
厠のある外に行くには畳の部屋(客間)の前を通らなければなりませんでした。
父は廊下を歩きながら、ふと畳の部屋を覗いたそうです。
畳の部屋は襖を常開にして、部屋二つ分の広さ。一番の奥には仏壇。
そして、その右隣に雛壇がありました。

父はその時、
滑るように歩き雛壇へ帰る、雛人形をみたそうです。

~雛奉り~

今では女の子のお祭りとして全国に広まっているひな祭りですが、その元々の起源は、今でいう東北地方のとある部落で毎年この時期に行われていた、少女を山の神に生け贄として捧げる儀式にあるそうです。

そしてその儀式というのが、部落に住む男たちが全員で寄って集って少女を輪姦した上、さらに泣き叫ぶ少女の腹を鎌で縦一文字に切り裂き、そしてまだ少女の息があるうちにその腹の裂け目から手を差し込んで子宮を取り出すという、言葉にするのも悍ましいものだったらしく、そのためにその儀式の隠語として、少女(雛)を生け贄にする(奉る)、即ち雛奉りという単語が産み出されたのだそうです。

また、いつの頃からか人間の生け贄の代わりとして人形を使うようになったとのことで、それが今の雛人形の起源にもなっているそうです。

~実話恐怖体験談~

俺が働いていた老人ホームでの事。
季節行事が盛んなホームで、やれ花見だ夏祭りだなんだかんだとね。
で、雛祭りには最高齢のお年寄りに、御内裏様とお雛様のコスプレをさせて、
みんなで歌うたったり踊りおどったり。

その利用者はその年に亡くなったのね。
最高齢だから誰も気にしていなかったみたい。
あたり前かな?って感じでね。
その後も二年、最高齢の利用者にコスプレさせて、その年に亡くなった。
その次の年(俺が入って四回目)に、
「今度は元気な利用者にコスプレしてもらおう」って話になったんだよね。

で、雛祭り当日。
ホーム内でも元気でしっかりした利用者を選んで、コスプレをしてもらったんだ。
その雛祭りは楽しく賑やかに終了。

出典『雛祭り』 - 怖い話まとめブログ

ところが、その年に異常な事が起こったんだ。

今までコスプレしてくれた最高齢の利用者達は、あきらかに老衰だったんだけど、
その年の8月の夏祭りでお雛様役の利用者が、料理を喉に詰まらせて永眠。
その人は今まで一度も誤えんした事もないし、食事は自立だし。
御内裏様役の利用者は、外出中に交通事故で永眠。
元気で付き添いを嫌がる人だったんだ。
上層部で話し合い、次の年から雛祭りのコスプレは無くなったんだ。

~かげびな~

東北の地元のひな祭りの話を聞いてきたんで書きます。
3月3日に、ひな壇を並べてひな祭りをやるというのはどこの地方でもあると思うんですが、
うちの地方には「かげびな」という雛人形がもう一組あります。

「かげびな」は

1.その家の家長とその妻のみが扱える。他は見てはならない。
2.家族の人数分存在する。
3.本体は折り紙のようなものでできている
4.家族が死亡したり縁を切った場合は夜川に流す
5.家族の誰かが病気なった場合、その人形の病気の部分をちぎる

といったことを深夜家長夫婦のみで行うもののようです。
(内容は語られないのですが、たまたま僕はその祭事をのぞいてしまい気づかれて
たいそうおこられてしまいました)

「かげびな」は決まりでもあるかのように同じ地区の人間の間ですら話に上りません。
こういう風習ってほかの地方でもあるのでしょうか?
なにより どういう存在なのでしょうか?

というのは帰郷した折、倉庫にしまわれた「かげびな」を見つけてしまったんです。
墨で僕の名前が書かれた雛が半分燃やされていたんです。
ほかもちぎられたり汚れたりしてはいますがこげているのは僕だけでした。
すごく気になります。

~雛人形を毎年飾っている皆さんは毎年忘れずに・・・~

これは弟から聞いた話で実際にあった話なんですが
昔、毎年出していた雛人形をその年だけ出し忘れか、めんどくさかったか何かで出さなかった年があったそうです。

そして翌年、雛人形を出してみたら。。。
お雛様に一本だけ白髪が生えていたそうです((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
前は真っ黒だったはずなのに。。。
やはりお雛様も悲しくてストレスが溜まったのでしょう。人形は生きてるんですね。


そして弟の友達のエピソードによると、何年も雛人形をずっと出していなくて久々に出してみたら
顔がドロドロに溶けて顔の部分だけなくなっていたとか・・・
いやはや怖いですね~。

雛人形を毎年飾っている皆さんは毎年忘れずに出すことをお勧めします。
でないと、大変なことに・・・なるかもしれませんよ!!

~手を振るもの~

2008年の8月の終わり頃、一週間ほど夏休みが取れたので
兵庫県の実家に帰省しました。
ある日、叔父(父の弟)に頼まれた簡単な仕事の手伝いを終え
二人車で帰路につきました。
時刻は夕方で、全開にした窓からの風はまだまだ 熱気を孕んだものでしたが
しかしそれは夏の終わりを感じさせる
もので、なんだか切ない気持ちになったのを覚えています。
実家付近の川原にさしかかると
ふと叔父が「寄ってみるか?」と言いました。
実家から車で10分くらいの川原でしたが
最後に来たのは小学生の頃です。
汗と埃を洗い落としたかったのと
懐かしさとで二つ返事で賛成しました。
その川は水量も少なく、またかつて
名水百選にも選ばれた川の傍流にあたるため
その透明度は言うに及ばず
つかの間休憩するにはうってつけの川原でした。
小学生の頃、自由研究で川の水位を測るための
目印とした岩も残っていて
ずいぶんと感慨深いものを覚えました。

さて、水で顔を洗い、‘石切り’などしていると
叔父が言いました。「誰か来るぞ」と。
叔父の言う方を見やると 確かに対面の岸に手を振る人影が見えます。
人影までそう遠くはないのですが
靄(もや)のような霧がかかり、影のようにしか見えません。
しかし手を振る人影は、どうやら小舟に乗って
こちらへやって来ているのが分かりました。

人影は二人連れらしく その内のひとりがこちらに手を振っています。
叔父がその人たちに気付いたときから こちらに手を振っているため、
知り合いか もしくは何か用があるのかな、と思いました。
誰だろう?と叔父と僕は顔を見合わせました。
叔父も見当がついていないようでしたが
怪訝な顔つきのまま 手を振って応えていました。
そろそろ靄を抜けるか、という境まで来て
まだ手を振っているのを見て改めて誰なのか考えつつ
僕はしゃがみ込んで待っていました。
そしていよいよ完全にその姿を目視出来る距離まで来て
その二人の、あまりにあまりな正体に僕と叔父は戦慄しました。

さっきまで手を振って
小舟に乗ってこちらへやって来ていた人影は

二 体 の 人 形 だったのです。

叔父と二人、女の子みたいに悲鳴をあげながらも
それから目を離さずにはいられませんでした。

まず手を振っていた方は水色の和装で少年の人形
(一般的な雛人形を一回り大きくして立たせたような感じ) のようです。
顔は元は真っ白だったのでしょうが 雨風に長い年月さらされたような汚れがあり
唇に剥がれかけた 朱色の紅がひいてありました。
あと腰に白い刀を下げていました。
もう一体の方は少女の人形で 髪が長いのと着物が薄い赤色というの以外は
少年の人形と同じで、一見で対になっているのが分かりました。
毬か道具箱か何かを抱えていたような気がしますが定かではありません。
あと小舟と思っていたのは 長方形の平べったいお盆のようなものでした。
僕が震えながらもその姿から目を離せないでいると
叔父がこの不気味な人形たちの、更なる異常さに気付いて言いました。

「流れ逆やぞ、これ!」

川は僕たちから見て右上に流れています。
つまり人形たちは
川 の 流 れ に 逆 ら っ て
こちらへやって来たのです!
それに気付いた僕たちはたまらず一目散に車に飛び乗り
川原を後にしました。
僕が恐る恐るサイドミラーで確認すると
二体の人形は本来流されるべき方向へ
流れに乗ってゆっくりと 遠ざかっていきました。
車中、叔父とあの人形が手を振っていたのは
思い違いではないという事を確認しあい急いで家へと戻りました。

あれから不思議とあの人形たちは夢にも出てきませんが
あの一件以後、川には近づけなくなりました。

~肉片~

五歳くらいの出来事だったと思います。 確か季節は三月頃でした。
私の家には、客間として使われている日本間があって、
お雛様の壇や、ロッキングチェアや子供の背丈くらいの黒い壷など、
その頃の私には、ドキドキするものが沢山ありました。
親に部屋を汚してはいけないから入るなと言われてもよく、
弟とこっそり入って遊んでいました。

その日は、靴下を履いて、畳の上を、勢いをつけてすべる遊びを弟としていました。
何日か前に、家族でスケートに行ってから、その遊びが兄弟の中で流行っていたんですね。
思いっきりすべった時、勢いをつけすぎたのかバランスを崩して、私は転び、背中を畳に打ち付けました。

その時、床に転がった私の目と鼻の先に、赤いものがありました。
日本間の隅に置かれた大きな黒い壷と壁の間の、少しの隙間にあったそれは、
挽き肉のかたまりのようでした。
ひっそりと、畳の上に落ちていました。
私の手より少し大きくて、赤黒く、ぬるぬるとしているように見えます。
細いみみずが百匹くらい集まって、丸まっているような姿です。
何か、暖かい動物の臭いがしました。

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不思議の国のきのこさん

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