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30万円物件も!新潟の湯沢町にある「苗場スキー場」リゾートマンションのヤバイ惨状【バブルの遺産】

バブルのスキーブームがあった1990年を前後して、新潟県湯沢町には、50棟ものリゾートマンションが建設されました。そして、現在はその多くが無人の空き家となっています。リゾートマンションのオーナーは、管理費と固定資産税がかかるので、早く手放したいとタダ同然で売りに出していますが買い手は少ないです。

更新日: 2015年01月24日

naoko5さん

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湯沢町にバブル期に建った15000戸のリゾートマンション

まずはデータから。1988年に全国で売り出されたリゾートマンションの総戸数は11,564戸、その1/3以上の3,912戸が湯沢町に集中したのです。その突出した建設ラッシュは80年代に入ってから猛烈振りを発揮します。
(中略)
計画された総戸数は83棟、22,700戸に達するとあります。2006年段階では、58棟、14,695戸、総面積937,636㎡に達するとありますから、さすがに全部は建たなかったけれど、その凄まじさは変りません。

湯沢町は、新潟県の山奥にある町です。スキー場がある事で知られていますが、スキー以外に特に目だった産業はありません。

湯沢のリゾートマンションが悲惨な現状

リゾートマンションは、100万円以下の安値に

1989年から1992年まで建設が続き計50棟以上のリゾートマンションが町に建ち並ぶことになりました。あれから、20年。今、湯沢町は大きな転機に差し掛かっています。

町の目玉にもなっていた、温泉やプールなど設備の充実しているリゾートマンションが、100万円以下という安値で売り出される状況に。

物件価格25万円でもってけ!状態ですが、管理費14000円、固定資産税など、維持費だけで年間40万円以上かかりそうです。

物件価格は170万円ですが、管理費24000円、固定資産税などがかかってきます。維持費だけで年間50万円以上かかりそうです。

「資産」というより「負債」の要素が強いマンション

売れないなら放置するしかないが、毎年の固定資産税に加えて、毎月数万円の共益費がかかり続けます。こうなると、このリゾートマンションはもはや「負債」です。

資産は売買できてナンボです。流動性が著しく劣る資産は、いくら魅力的な内容・価格でも要注意です。これは株式市場にもちょっと通じていると思います。このマンションはさしずめ、出来高のないボロ株みたいな感じでしょうか。

購入後に「高額な管理費」から逃れられず、「ババ抜き」のゲームに

中古リゾートマンションが格安になる理由は管理費にあります。豪華な共有部分の比率が高いリゾートマンションは、管理費がかなり割高で、このリゾートマンションの場合は約7万円です。時の経過とともに建物部分の価値は減少し最終的には無価値同然になりますが、管理費は高いままで変わりません。

 そして、ここから先に「未来永劫に続く 一生逃れられない呪縛」が待ち構えています。

 一旦マンションを購入してしまうと、第三者に転売できない限り、高額な管理費、修繕積立金、固定資産税などの支払から、未来永劫、一生逃れることが出来なくなってしまうのです。

リゾートマンションを購入した後で、思わぬ支払いが生じる場合も

そんな時、湯沢町の広報誌に差し押さえ物件の競売公告を目にしました。僅か35万円です。しかしよく読んでみると、固定資産税の滞納が200万円あり、それを立替えなければなりません。税金を滞納するくらいですから、積立金、管理費などは当然未納であったでしょう。購入した方には管理組合から思わぬ請求があったかもしれません。

湯沢のマンションはヤバイ

月額3万円超の管理費を支払うのは大変

湯沢町には、山肌を切り開くようにリゾートマンション約50棟が林立する。総部屋数は約1万5千戸。温泉やプールが備えられたものも多い。

スキーブームに乗って湯沢のリゾートマンションを大量に売り出し、バブル崩壊となったのは20数年前。維持費がかかるので所有者が困っている。もともと投資目的で買った人が多いから、プールつき温泉つきのマンションに3万円超の管理費を支払うのは大変だ。まして本体の価格は買値の1/10以下。買い手も見つからず、相続した資産をどう処分したらよいか、悩んでいる人も少なくないようだ。

1980年(昭和55年)築32年も経っています。月額の管理費が18,965円を考えると、買い手を捜すことは困難な負債物件と言えるでしょう。

越後湯沢サマリーナ
http://www.himawari.com/yuzawa/list/2163.html

市場の基準価格は既に0円

実は、競売にかけられる、これら多くのリゾートマンションは、資産価値に比して管理費等の滞納額が大きく、売却基準価格 0円と評価されることが多いのです。

「安い!」と思った「あなた!」それは大きな間違いです。

管理費の滞納額は市場価格までも上まわっており、1円で落札しても、300とか400万円とかいう多額の滞納管理費等の負債は、落札者が承継(負担)しなければならないのです。

湯沢マンションのオーナーが悲鳴

20年前に親が湯沢に三千万ぐらいでリゾマンを買いましたが、今の中古相場は2、300万で管理費、税金が年間70万ぐらいかかっています。タダにしても売れないので奇特な人が現れない限り負債になり続けます。捨てられないし(笑)

ライオンズマンション越後湯沢第3は、33.75m2の部屋が270万円で売られています。管理費は月額21000円+修繕積立金6050円+水道基本1000+固定資産税

同時に沢山売られていますが、買い手を見つけるのは大変です。

リゾートマンションは定住用には向いていない

リゾートマンションは定住用に出来ていません。

洗濯機置き場が室内になく、電気コンロです。ベランダがなくエアコンを取り付けるの不自由す。そして地方では必須の駐車場がごく僅かしか用意されていません。しかも有料の場合がほとんどです。

よって地元の人の定住用の借り手はほとんどありません。

湯沢の6割のマンションは、1年に1度も利用されていない事実

今、価格は暴落している。かつては平均2千万~3千万円だった部屋は200万円程度に下落している。

15万円という部屋まであり、「湯沢のマンションは車より安い」とさえ言われる。所有者の多くは首都圏の住民。スキーをしなくなって手放したいが、値が下がりすぎて売るに売れなくなっている。

 町では92年以降、新たなリゾートマンションは建っていない。

 不動産会社の担当者は心配する。「全体の6割くらいは、1年に1回も使われていない。このままではスラム化してしまう」

湯沢町のスキー場の周辺は過疎化

70年代からバブル全盛の80年代後半にかけてスキー客は急増。90年代前半にピーク800万人に到達しましたが、最近では300万人を割り込んでいます。

トンネルを抜けると廃墟

越後湯沢はバブル期に乱開発され、そしてバブルが崩壊すると共に忘れ去られたようだ。当時は数千万円から数億円で飛ぶように売れたマンションが、駅前の不動産屋で確認したところ今では大概数百万円、そしてはなはだしくは50万円で売っているようだ。温泉街は寂れ、廃業したホテルの姿が目立つ。駅前の商店街は完全にシャッター商店街と化し、道路にはさびしくシャッターから流れ落ちた錆びの色が広がっていた。『トンネルを抜けると廃墟だった』、こんな冗談のようなフレーズが私の頭の中に浮かぶまでにそう時間はかからなかった。

「売物件」の看板が目立つ

冬だけでも盛り上がるこの街だが、どこか様子がおかしい。
国道沿いに、このように「売物件」の看板が目立つ。
この電飾のついた柱の跡、さぞかし派手な建物が建っていたのだろう。

派手な電飾看板だけは残って、土地は更地に。
通路は草がボーボー茂ったままになっている。
冬にしか人が来ないからやって商売がいけなくなっただけではないようだ。

苗場スキー場内に立地する国内最大のスキーリゾートホテルで、室数:1,299室、収容人員:3,256人という町の規模に似合わないほどの巨大施設です。

苗場プリンスホテルは、ギリギリの営業

(苗場プリンスホテルは、)バブル景気が終わった1990年代前半のスキーブームの終焉とともに来場者が減少し、2010年には小中学校の夏休み期間を除いて夏季営業を停止した。現在も夏休み期間と冬季の営業は行うものの、利用者数はスキーブームのころと比べ激減しており、年始年末を除くと予約を取りやすくなっている。

バブル時代のスキーブーム

正月の日の出ランキング上位にスキー場

(苗場スキー場は、)スキー場としては日本一の来場者で、1987年公開の映画「私をスキーに連れてって」を契機にして、スキーブームが訪れた際、ピーク時は年間380万の来場者数を誇った。 当時、正月三が日の人出ランキングでも「明治神宮」「東京ディズニーランド」と並んで上位の常連であった。

スキーブームのリフト・ゴンドラ待ち

本作品をきっかけにスキーブームが到来し、公開後から1990年代前半にかけて数年間続いた。

この当時の人気スキー場ではリフト・ゴンドラの待ち時間が数十分から1時間というのも珍しくなく、高速道路の渋滞や宿が取れないなどといったことも常態化していた。ブームの時期がバブル期に重なっていたこともあり、新スキー場が多数オープンし、既存のスキー場ではゲレンデの拡張や既存リフト・ゴンドラの架け替えなどが相次いだ。

日本がバブル全盛期であった1987年11月21日に原田知世主演で公開された映画で、スキーブームの火付け役になった作品とされています。

松任谷由実の曲でも知られています。

80年代前半の海外からの影響

Wham! - Last Christmas
Last Christmas (1984年) - 英2位
Wharm! 1981年 - 1986年

*Last Christmas(1984年)は、日本がバブルに沸いていた時にイギリスで発売された曲で、日本でも人気になりました。

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