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チェチェンの首切りとは?【検索してはいけない言葉】

【チェチェンの首切り動画内容を解説】罪人らしき男性が、ナイフで直に首を切られる一部始終を撮った動画。 白黒だが、音声付のものを観ると、かなり苦しい。 男性の断末魔が響く。

更新日: 2013年04月23日

win-winさん

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チェチェンの首切りとは

罪人らしき男性が、ナイフで直に首を切られる一部始終を撮った動画。
音声付のものを観ると、かなり苦しい。
男性の断末魔が響く。

なお、「ロシア兵 6人」で検索しても同じ動画に至る。

チェチェンの有名な首切り動画です。
ネット上では有名な動画なのですが、今はあまり見つけることができません。

動画の詳細内容【閲覧注意】

動画は複数あるので、そのうちひとつを紹介
ロシア兵の捕虜が
チェチェン人に見せしめとして
殺害されている映像です。
うつぶせの状態で頭を踏みつけられている
坊主頭のお兄さんが
大きめのナイフで首の真ん中あたりから
ギコギコやられてます。
その叫び声はすさまじく、
気管に血が入ったのか
途中から「ゴボ、ゴボ」と
うがいしてるような音が混じります。
首が完全に切断されたところで映像は終了。
その後の約5秒間、初めて見た人には
なんともいえないテンションの下がり具合が
感じられることでしょう

見た人の感想

前にfc2のグロサイトで観たことがあるが、グロイとか気持ち悪いとかそういう感情よりも戦争の意味の無さを物語っている。しかし、決して現実を見ない反戦主義者じゃなくて捕虜を敵だからと言え首切りをするのは良くない。確かにチェチェンはロシアにさんざんボコボコニされて傷ついた人間も死んだ人間もいるだろう。しかし、敵であろうと弱者に手を挙げるのはダメだ。こいつ等には武士道を学んでもらいたい。

グロい…とかそういう事ではなくて、見てしまった時「この人の知り合いとかはどういう想いなんだろう」とか考えてしまって
しばらく鬱でした。
世界の闇の部分をみてしまった感じで、一瞬で目の前の見方が変わりました。
今もちょっとそういう感じです。

怖がりならやめとけ。ただ、アレを見て、「気持ち悪い」とか、「怖い」とか思うことの、
何が本当に「気持ち悪」くて「怖い」のかじっと考えるのはいいと思う。
何が気持ち悪いのか?血か?切られたクビがか?
何が怖い?こんな残酷なことをする人が世の中にいるということ?またはその悪意?残酷さにおびえている?
もしくは死?自分が殺されたらどうしよう、という漠然とした恐怖?殺された人の恐怖を自分に重ねて、想像するから?

俺は、衝撃的(非日常)な映像だとは思いますが、何が怖いのかはわかりません・・・

チェチェンの歴史

チェチェンの歴史では、チェチェン共和国の歴史を詳述する。
現在のチェチェン共和国の主要な住民はチェチェン人で、隣接するイングーシ共和国のイングーシ人と非常に近しい関係にある。チェチェン人、イングーシ人は古来北カフカスの山地に住み、両民族の言語(チェチェン語、イングーシ語)は、グルジア語などと同じコーカサス諸語のうちのナフ諸語(英語版)に属する兄弟言語である。そもそもチェチェン、イングーシの民族名は、それぞれの居住地域にあった村の名前から起こった他称なので、もともと両民族は同一であったとみなす人も多い。

チェチェン紛争

チェチェン紛争(チェチェンふんそう)は、ロシア連邦の北カフカース地方に位置するチェチェン共和国における、ロシア連邦軍と独立派武装勢力との紛争。

紛争の舞台となっているチェチェンは、16世紀のイワン雷帝の時代から帝政ロシアの侵略を受け、19世紀にロシアに併合された地域。もともとは人種、言語ともロシアとは異なる(現在のチェチェン人の多くはロシア語も話す)。併合後、現在にいたるまで、石油、農畜産物、兵役など、ロシアが必要とするさまざまな資源の供給源となってきた。

 1991年11月、チェチェン出身のジョハル・ドゥダーエフ空軍少将を中心とするチェチェン民族会議が、ソ連邦からの独立を宣言した。そ れ以来、チェチェンは事実上の独立状態にある。この独立運動は、長年の植民地支配に対する異議申し立てだったが、94年にロシア軍が武力侵攻で応じたため、戦争(第一次、第二次チェチェン戦争)となった。この戦争で、およそ100万人のチェチェンの人口のうち、8万人から10万人が死亡したと言われている。

 96年にいったん戦争は終わった。このとき結ばれた「ハサブユルト和平合意」では、チェチェンの独立は5年後の2001年にふたたび検討されるはずだったが、99年にロシア側は合意を無視し、二度目の武力侵攻(第二次チェチェン戦争)を開始した。前回以上に無差別かつ大規模な、チェチェンの民間人への攻撃が続いており、隣国のイングーシ共和国では、当初25万人、現在も5万人のチェチェン人が難民生活を続けている。親ロシア派、独立派が共に認める数字によれば、94年以来、10年間つづいているこの戦争の死者は20万人以上にのぼり、その多くは民間人である。

 この戦争を続けているために、 チェチェンはもとより、ロシア国内もさまざまな混乱に見舞われ続けている。 チェチェン側による、市民を巻き添えにする自爆攻撃だけでなく、 ロシア政府・情報機関が関与していると見られる「テロ」も相次ぎ、 チェチェン問題を利用したロシア連邦の中央集権化も進められている。

http://chechennews.org/basic/whatis.htm

ボストンテロ容疑者、チェチェン出身と確認

国営のロシア通信によりますと、ツァルナエフ一家は、ソビエト時代の指導者スターリンによって、チェチェンの人たちが強制移住させられた中央アジアのキルギスで、暮らしていたということです。
その後、一家はロシア南部チェチェン共和国の隣、ダゲスタン共和国に移り住み、アメリカのメディアによりますと、2002年から2006年にかけて、アメリカに移住したということです。
2人のうちボストン郊外のウォータータウンで拘束されたのは、弟で19歳のジョハール・ツァルナエフ容疑者です。
インターネットの交流サイトのジョハール容疑者のものとされるページには、「宗教はイスラム教」、「人生で価値を置いているのは、仕事とお金」と記されているほか、自分と同じ民族が多く住むチェチェン共和国に強い関心をもっていることが書かれています。
さらに、「心ある人々へ」と題して、内戦が続く中東のシリアでの戦いに参加するよう呼びかける動画を投稿しています。
また事件の1週間前の今月8日には、別の交流サイトのページに、「知識とひらめきがあれば、あとは行動を起こすだけだ」と何かを計画していることをほのめかすかのような投稿をしているほか、事件のあとには、「みんな気をつけて」と書き込んでいます。
ジョハール容疑者と高校時代、親友だったという地元のボストングローブ紙の記者は「ジョハール容疑者はレスリング部のキャプテンで、奨学金を獲得して4年制の大学に進んだ。彼は私が知っているなかでも最も穏やかな人物で、政治的な問題を話題にしたこともなかった」と涙ながらに話しています。
一方、ジョハール容疑者の拘束に先立って警察との銃撃戦で、死亡したのは兄で、26歳のタメルラン・ツァルナエフ容疑者です。
FBIはおととし、外国政府からの要請を受け、電話やインターネットの通信記録も調べ、タメルラン容疑者本人や家族に事情聴取したものの、テロ活動や過激派とのつながりを示すものはなかったと発表しています。
またインターネット上にはタメルラン容疑者とみられる人物が、格闘技に打ち込んでいる写真が掲載されており、その下には「アメリカ人の友人が1人もおらず、彼らのことを理解できない」と記され、孤立していた様子をうかがわせています。
アメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズは、タメルラン容疑者が去年初めからおよそ半年間、イスラム過激派の活動が盛んなチェチェン共和国などに滞在していたとして、この間の行動が今後の捜査の焦点となるだろうと報じています。
これに対し、チェチェンなどを拠点とするイスラム過激派とつながりが深いとされるサイトでは、「2人は実際にはチェチェン共和国に住んだことはない」として、関係を否定しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130420/k10014056781000.html

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僕は耳と目を閉じ口をつぐんだ人間になろうと考えたんだ。だが、ならざるべきか?

http://matome.naver.jp/mymatome/win-win

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