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日本人を救出するために戦火の中フライトしたトルコ航空

1985年、イラン・イラク戦争時にトルコ航空機が日本人を救出するために戦火の中フライトをしました。また、この出来事には、その約100年前に日本で起きた「エルトゥールル号遭難事件」というトルコでは教科書に載るほど有名な話が関わっていました。

更新日: 2013年05月05日

mii10さん

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●イラン・イラク戦争時に在留邦人を救出した元トルコ航空機機長が死去

トルコ航空機の元機長、オルハン・スヨルジュさん(87)が2月24日、イスタンブールで死去した

オルハン・スヨルジュさんはイラン・イラク戦争中の1985年、テヘランに取り残された200人以上の在留邦人を救出するため、トルコ政府が派遣した2機の航空機のうち1機の機長を務めた

イラン・イラク戦争時にトルコ航空機が日本人を救出した話とは、いったいどのようなものだったのでしょうか?

●イラン・イラク戦争時に日本政府から見捨てられた現地在留邦人

BAGHDAD, IRAQ - DECEMBER 6: Saddam Hussein sits in court during the 'Anfal' trial against him on December 6, 2006 in Baghdad, Iraq. The trial continues on charges of murdering Kurds during the 1987-88 Anfal campaign. (Photo by Chris Hondros/Getty Images)

1980(昭和55)年に始まったイランとイラクの戦争は、5年経ってますます激しさを加えていた。1985(昭和60)年にはイラク空軍機はテヘランの民間居住域を空爆するまでになっていた。

さらにイラクのフセイン大統領は、イラン領空を「戦争空域」と宣言し、民間航空機もすべて撃ち落とすという、歴史的にも類を見ない声明を出した。

http://japan-on-the-globe.at.webry.info/

1985年3月17日、48時間の猶予期限以降にイラン上空を飛ぶ航空機は、無差別に攻撃するとサッダーム・フセイン大統領が突如宣言した

当時、イランの首都テヘランでは、毎晩爆撃が続いていた

イランにいる在留外国人は一斉に出国。在留邦人も脱出しようとしたが、乗せてくれる飛行機がない状態だった

各国の航空会社は自国民を優先して搭乗させていたため、日本人はチケットを持っていても飛行機に搭乗できなかった

日本政府は日本航空にチャーター便の派遣を依頼したが、日本航空のパイロットと客室乗務員が組織する労働組合は、組合員の安全が保障されないことを理由にいずれもこの要請を拒絶

自衛隊機の派遣は当時の社会党の「自衛隊を海外に出す事は、侵略戦争につながる」という主張による反対で不可能だった

日本航空は飛んでこないとの一報にイランにいる日本人は絶望の淵に沈んでいた

大使館員たちは全員イランに残る事を決め、日本人を脱出させるために全員徹夜で仕事をした。大使館員の中には死を覚悟し、両親に遺書を残した人もいた

●親日国トルコのオザル首相(当時)がトルコ航空機の派遣を決定

LONDON - MAY 18: A Turkish Airlines aircraft taxis down the runway at London Heathrow Airport on May 18, 2006 in London, England. Heathrow consists of four passenger terminals and is responsible for around half a million takeoffs/landings and transporting around 65 million passengers every year. (Photo by Scott Barbour/Getty Images)

伊藤忠商事のイスタンブール(トルコ)支店長だった森永堯氏がトルコのオザル首相に日本人救出を依頼。

http://p.tl/XCqR

親友である伊藤忠商事・森永堯氏のたっての依頼を受け、トルコのオザル首相(のちの大統領)が特別便を飛ばす事を決断

トルコ航空では、すぐさまミーティングが開かれ、特別機への志願者を募った

なんとその場にいた全員のパイロットが手を挙げた

その中の一人がオルハン・スヨルジュさん

●タイムリミットぎりぎりの救出劇

A Turkish Airlines aircraft sits on the tarmac at Heathrow airport in London, U.K., on Thursday, July 29, 2010. Turk Hava Yollari AO, the national carrier known as Turkish Airlines, will start flying to Washington D.C. and Los Angeles direct from Istanbul. Photographer: Simon Dawson/Bloomberg via Getty Images

3月19日午後8時30分のタイムリミットが迫ってくる中、空襲警報が鳴り止まないテヘランのメヘラバード空港に2機のトルコ航空機が降りてきた

1番機が飛び立ったのは午後5時10分。続いて2番機が着陸。給油を終えて飛び立ったのは午後7時30分。撃墜予告まであと1時間しかないという際どさだった

無事にイラン国境を超えた際、機長は機内放送で「ようこそトルコへ」とアナウンスした

この粋な計らいに搭乗客全員が拍手したそう。

●救援機が日本人を優先的に乗せたことに対し国民から何の非難もでなかったトルコ

Photo by Brand X Pictures / Brand X Pictures

トルコはイラクの近隣に位置することから、陸路での脱出もできる自国民に優先して日本人の救出を計ってくれ、実際この救援機に乗れなかったトルコ人約500名は陸路自動車でイランを脱出した

トルコでは、救援機が日本人を優先的に乗せた事にはなんの非難も出ていなかった。多くのトルコ人が当り前だと思っていた

●救出劇の背景には100年前の出来事が

当時、なぜトルコが自国民より日本人を優先して救出したのか、日本政府も日本のマスコミもわからなかったという。その後、駐日トルコ大使はその理由を短いコメントで表した。

「エルトゥールル号の借りを返しただけです」

エルトゥールル号事件とは、明治23年(1890年)9月16日、トルコの軍艦エルトゥールル号が和歌山県大島樫野先付近で台風のため座礁し、機関が爆発して約500名の乗組員が死亡した事件で、日本は生存者を治療、看護し、イスタンブールまで送り届けた。トルコでは教科書にも載っている話で誰もが知っている歴史的事件。
http://p.tl/-WkQ

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