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私達が知っている西郷隆盛の顔は偽物だった!!!

明治維新の立役者、西郷隆盛。日本人なら誰でも知っている人物であろう。教科書やテレビなどで見ていた西郷隆盛の顔は本人のものではなかった!!しかも名前まで・・・衝撃の事実をまとめました。

更新日: 2013年03月26日

fumufumu9さん

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■ 西郷隆盛の肖像は親戚の顔の合成!?

教科書などでもよく見るこのお顔は本当の顔ではないようです。衝撃!

有名な西郷隆盛の肖像画は正確には本人のものではない。

西郷隆盛の肖像画は、西郷隆盛が亡くなった次の年の1878年に
キヨッソーネというイタリア人銅版画家が、人から特徴を聞いたり、
弟の西郷従道(つぐみち)やいとこの写真を参考にして描いたもので、
作者のキヨッソーネは西郷隆盛の顔を見たことがなかった。

西郷さんは、明治天皇が写真を欲しがった時でも断ったほどの
写真嫌いで西郷の顔写真は一切残っていない。

西郷隆盛の肖像は、実弟の西郷従道の顔を下地に、がっしりしていた父方の従弟・大山巌の体つきを合成して描かれた物である。

幕府側とは敵対することもあり幾度か暗殺計画にも遭遇した隆盛は、暗殺を恐れたため極力顔を出さないようにしていた。

銅像の完成後、その除幕式に招かれた西郷未亡人のイトが、銅像を見上げて「宿んしは、こげなおひとではなかっ」と叫んだという逸話さえ残されているわけだから、何をか云わんやである。

■ 名前も西郷隆盛ではない!?

明治維新の立役者、西郷隆盛。本当の名前は隆永(たかなが)である。

では、なぜ、西郷さんは「隆盛」になったのか。
明治2年(1869年)、明治政府樹立に貢献した西郷隆盛は明治天皇から
位階を授かることになり、明治政府は書類に西郷の本名を記す必要が生じた。

そこで、明治政府は、西郷本人が函館遠征中で連絡がつかなかった為、
西郷の友人吉井友実(ともざね)に西郷の本名を聞きに行った。

吉井は西郷を通称の「吉之助」と呼んでいた為、本名をなかなか思い出せなかったが、やっと思い出した「隆盛」という名前を伝え、明治政府は「西郷隆盛」で書類を作成した。

「隆盛」という名前は、実は西郷の父親の名前。

吉井がやっと思い出した「隆盛」という名前は、実は西郷の父親の名前。
西郷は帰京後、この間違いを知ったが訂正せず、以後、父親の名前「隆盛」を名乗り、
戸籍にも「隆盛」と登録され、西郷隆盛となったのである。

▼ みんなもビックリ!!

西郷隆盛の肖像画が実は別人やったとか衝撃すぎるんですけど

西郷隆盛の肖像画って別人なんだー! おれが勉強してきた、西郷隆盛は親戚の顔や体のパーツを合わせてできたらしい!

西郷隆盛のあの肖像画…親戚の人と弟をシャッフルさせて想像で書いたものだったんだ…びっくり

西郷隆盛の肖像画は本人ではない!?真相を求めてひ孫に直撃 →ひ孫顔出しNG 結論:ひ孫は肖像画にそっくり

西郷隆盛の肖像画ゎ想像で作られた物らしいですね!(笑)

西郷の肖像画は本人のものじゃないし、本名も隆盛じゃなくて隆永らしいから西郷隆盛ってホント謎の人物だよなぁ

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