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「背番号42」に隠されたメジャーリーグの壮絶な過去

4月15日は多くのメジャーリーガーが「背番号42」を付けてプレーします。「背番号42」の意味とは?そこに隠されたメジャーリーグの壮絶な過去をまとめました。

更新日: 2013年04月09日

nekofunkさん

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「背番号42」をつけていたジャッキー・ロビンソンとは

「42」は、メジャー・リーグ全球団の永久欠番。その背番号をつけていた者こそ、近代メジャー・リーグ初の黒人選手となったジャッキー・ロビンソンである。

黒人選手・ジャッキー・ロビンソンが活躍したのは戦後間もない1947年から1956年のちょうど10年間

キング牧師による差別撤廃運動が認められ、「公民憲法」が認めれたのが1964年。ジャッキー・ロビンソンが活躍した時代では黒人差別は当然のものと考えられていた。

当時のMLBは白人選手のみのリーグとして存在し、黒人選手はニグロリーグでプレーすることしか許されていない暗黒の時代だった。

当時の黒人差別の中で大リーグに挑戦することは想像をはるかに超えるものでした。ジャッキーはやはり差別にあい、批判や嫌がらせも多数あったのですが、決して報復などせず、紳士的にふるまいました。

ロビンソンが受けたひどい差別

黒人が「でしゃばる」ことを良く思わない投手から、フラッシュボールどころか、頭めがけて何度も何度も何度もボールを投げられたのである。

チームメイトすら彼と同じテーブルで食事をしたり、一緒にシャワーを使うのを嫌がった。また、地元のファンすらロビンソンに生卵を投げつけ、彼の家の窓ガラスを割るということすら起きた。

本拠地以外の観客は彼にむかって罵詈雑言を投げつけた。相手チームの選手がグラウンドに黒猫を投げ込み「お前の親戚がいるぞ!」となじった。

故意のスパイクでユニフォームが裂け流血した事もありましたが、ジャッキーは常に紳士的な態度をとり、プレイで周囲を黙らせていきました

彼が紳士的であり続けた理由は、彼を「黒人初のメジャーリーガー」に選んだ会長との約束があったから

1945年にブルックリン・ドジャースの会長ブランチ・リッキーにチームへ誘われます。

(差別的な)攻撃に怒り、手を出してしまったら、「それ見たことか、やっぱり黒人は紳士のスポーツはできない」ということになってしまいます。リッキーは、ロビンソンがそんな状況にも耐えることの出来る男だと踏んだのでした。

「黒人選手がプレーした前例のない環境の中で、偉大なプレーヤーでありかつ立派な紳士でなければならない、差別に対して仕返しをしない勇気を持つんだ」

会長がロビンソンと交わした約束の言葉。

そして、ロビンソンの人柄と実力が認められ始めた

人種差別的な野次を飛ばす観客やロビンソン相手にだけラフプレーを仕掛ける相手チームの選手にチームメイトがロビンソンを守るようになりました。

レオ・ドローチャー監督がこう一喝したという。「肌が黄色でも黒でも、シマウマみたいなしま模様でも構わない。オレが監督で、チームのためになる選手を起用する。従えない奴は去ってくれ!」

その姿はやがてチーム メイトの白人達との友情へと実を結び、新人王やMVPなども獲得、更にはチームの優勝へ多大な貢献を果たしたそうです。

優勝を決めた後、観客はロビンソンの名前を叫びながらフィールドになだれ込み、ロビンソンを肩にかついでフィールドを一周した。

黒人選手がファンに慕われる、という姿はその当時では驚くべきことでした。

その活躍は黒人に対する偏見を変えるきっかけとなった

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