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北野映画を町山智浩さんが『その男、凶暴につき』を通して語っていたのが面白かったので書き起こしてみた

北野映画を町山智浩さんが『その男、凶暴につき』を通して語っていたのが面白かったので書き起こしてみた

更新日: 2013年08月17日

Ga4oさん

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以下書き起こしました

今回ご紹介するのは『その男、凶暴につき』です。『その男、凶暴につき』は北野武監督の第1作ですね。1989年ですけども、これはですねほんと当時、びっくりしましたよ、観て。
どうびっくりしたかというと、北野武監督の才能にびっくりしたって言うよりはですね、ねんだこれ!と思ったですね、はっきり言って。
これはですね、元々たけし主演で刑事物の映画を撮るということで、深作欣二監督と奥山和由プロデューサーでですね企画が進んでいたものが、途中でいろんなトラブルがあったりして、たけし自身が監督をした。
ということで事故的にデビュー作になってしまったというものなんですね。

北野武でなければ撮れなかった映像

今世界のキタノという風に言われていますけども、それの全ての原点がこの映画にあるんですよね。

で、この映画ですね、何故びっくりしたかと言うと、普通に映画に詳しかったり、映画の現場にいる人が撮る映像じゃないんですよ。なんだろうこれって言う編集の仕方、なんだろうこれっていう撮り方なんですよ。
例えば、たけしが刑事なんで、警察署の中に入っていって、警察署の中を歩いて行って階段を昇るっていうシーンがあるんですけど、階段を昇るところを階段の下から撮っていて、階段を追っかけて途中で切れちゃって、その後階段を昇った映像が続いたりですね、あと自動販売機でもってジュースを買うシーンがあるんですけど、全然意味ないんですよ、撮り方が。ものすごいマヌケな、素人が撮ったような繋がりと、そのシーン自体の意味のなさ、撮り方においての意味のなさ。切っちゃえばいいんです、はっきり言って。
階段上がるとこで追っかける、全然意味が無いんですよ、切っても全然話通じるんですよ。で、物語上必要のないカットが凄く多いんですよ、前半特に。

で、これはほんとにたけしさんでなければ撮れなかった。これ普通の映画監督だったり、映画の撮影の編集とかも含めて、ずっとそういった業界にいたり、そういうものに慣れている人がやったら絶対に切っちゃうシーン、絶対に撮らないシーンなんですよ。
で、そういうのが連続していて、非常に奇妙な、奇妙な、奇妙な感覚なんですね。

で、途中で祭りみたいなシーンに行くシーンとかもそうなんですけど、なんでこのシーンがこのような撮り方をしているのかわからないんですよ。全然わからない。もう映像で勉強してきた人だったら絶対に撮らない、謎のシーンが多いですよ。人が歩いているのをずっーと横から撮ってたりして。で、それに意味があるのかって言ったら何の意味もない。ほんとに不思議な映画なんですよ、前半は。

後半はすごく、なんていうかバイオレンス映画になっていくんですが、この前半の不思議な感覚っていうのを観た時に、僕が頭のなかに浮かんだ監督っていうのは、ジャック・タチというフランスの監督です。
パントマイムに近いコメディ映画を撮り続けた監督なんですが、その人のタッチに非常に似ているんですね。その辺が面白いです。
で、普通の映画だったらありえないようなテンポ、カメラワークっていったものに注目して観ていただきたいと。

たけしはこの映画の変奏曲をやり続ける

で、もう一つですね、北野武映画の原点であるという部分で、いろんなその後の北野武映画のエレメント、たけし映画の要素がいっぱい詰まっています、この映画には。

で、その後たけしはこの映画の変奏曲をやり続けるんですよ。この映画自体は、野沢尚さんが書いた脚本に従ってるんですけども、ところがその後たけしさんは現在までずーっと、この『その男、凶暴につき』をいろんな形でリメイクしていると言って間違いないです。ここから彼は発想し続けているんですよ。この映画を撮って、次はどうやろう、どうやろうってことでもって、基本的にこの映画のいろんな形の変奏曲を演じ続けるという形になっています。

それは全然、ジャズとかクラシックとかではよくあることだし、画家がそうですよね。画家はひとつの、例えばひまわりっていう絵だったら、ひまわりには色んなパターンがあるわけですよ。同じ素材をいろんな表現で画家は描いていきますけども、それの原点であるのがこの『その男、凶暴につき』なので、観たことない人は是非観てもらうといろんな発見があると思います。たけし映画のその後との共通点っていう点で。

役者の使い方が上手い

それと別の意味での共通点っていうのは、たけし映画にその後出てくる人が出てきます、いろいろ。一番たけし映画の、なんていうか常連っていうと、寺島進さんですね。

寺島進さんっていうとほんとにたけし映画に無くてはならない存在ですけども、この映画ではほんとに若い、すごい若いチンピラ役で出てきますけれども、あんまりガチっとアップにならないんで、注意して観ててくださいね。寺島さんと言えばいじめられっ子ていう感じで、映画に出てくるとなんかひどい目にあっているという、拷問されたりされてますが、この映画でもしっかりされてますから。笑

あと、岸部一徳さんも出てますね。
岸部一徳さんもたけし映画で常連に近い人ですが、岸部さんはですね、この人はほんとに怖いっていうね、目が死んでいるっていう。

この人生きてても、どう見ても死んでるとしか思えないっていう、剥製のような感じっていうのがすごく上手く生かされている人ですね。

あと白竜さん。白竜さんはですね、この映画ですごく不思議な殺し屋の役をやってですね、今白竜さんといえば、Vシネの帝王になっていますけども、その前からヤクザ映画とか出てましたけど、これがやっぱり決定的でしたね。白竜さんのキャラクターとしてですね、使い方がめちゃくちゃ上手いっていうね。

皆さんご存じないかもしれませんが、白竜さんっていつもぼそぼそと喋りながら、怖いことするヤクザの人って思っているかもしれませんが、白竜さんの僕達のイメージっていうのは、熱き青春ロッカーなんですよ、実は。

ほんと知らない人がほんと多いんで言いますけども、尾崎豊っていう人ははっきり言って白竜さんのコピーみたいな形で出てきたんですね。歌い方も、歌う内容も、曲調も白竜さんが原点なんですよ、尾崎豊の原点っていうのは。ほんとにそっくりなんですよ、歌い方が。

だから熱い燃える青春のロッカーだと思ったら、いきなり冷酷な爬虫類みたいな映画の中でなったんで、一番熱血ロッカーと爬虫類的なヤクザって一番遠いものなんですけども、そのへんのミッシングリンクっていうものがこの映画で、白竜さんの使い方で出てきますね。

で、あとたけし映画の原点というと、川上麻衣子ちゃん扮するたけしさんの妹っていうのは、これはたけし映画に出てくる女性像の原点です、これは。そんな感じでその後のたけし映画と比較するときに、これは原点だと思って観てもらうと面白いと思いますで、あとはネタバレになる部分は復習編で解説します。

ここからは復習編。ネタバレ含みます。

『その男、凶暴につき』みなさん、どうご覧になりました?

この映画、前半はコメディですよね。タイミングといい、しゃべり方といい。さっき言った通り、ジャック・タチに非常に近いタイミングで撮られているんですけども、僕はこれは、たけしさんはジャック・タチを観てるとか絶対言わない人ですけども、おそらく観てますね。

というのは、その後ですねたけしさんは『菊次郎の夏』っていう映画を撮るんですよ。

完全にジャック・タチなんですよ、あれは。ジャック・タチの映画を撮っただけなんですよ、たけしさんが、ほとんど。でもたぶん「俺はそんなもん観てねえよ」っていうでしょうけど、まあ観てるんですよ、たぶん。絶対否定するでしょうけど、ほとんど同じです。

それの原点ですね。だから『菊次郎の夏』の原点が『その男、凶暴につき』の前半にあります。

キタノ映画の原点

もう一つはですね、この映画、エリック・サティの使い方がすごいんですね。エリック・サティのピアノがずっとたけしさんが歩いているところを、都会をさまよっているところに、ずーっと流れ続けるんですけども、これは何なんだというと、ルイ・マル監督の1963年のヌーヴェルヴァーグ映画でですね『鬼火』っていう映画があるんですよ。

これはモーリス・ロネ扮する男がですね、フランスのパリをさまよいながら、最後は自殺をすると。知り合いのところとかを訪ねて行くんだけども、どうも生きる理由っていうのが見つけられないということで、最後拳銃で自殺するんですけども、その映画はエリック・サティの音楽をずっと使っているんですね。

おそらくそれでしょう、原点は。たけしさんに言っても、「そんなもん観てねえよ、お前は!」っていう風に言われるのは決まっているんですが、たぶんそうですね。で、もし偶然だったら、たけしさんはやっぱりルイ・マル並なんだろうと思うんですけども。

で、何故それが非常に重要かというと、たけしさんはこの後、『ソナチネ』『HANA-BI』、もう延々とですね自殺したいという映画を撮り続けるんですよ。主人公のたけしさんが、「もう生きていてもなにもない、自殺したい、自殺したい、自殺したい」っていう映画を撮り続けるんですよ。それの原点は、たぶん『鬼火』なんですよ。自殺したい男が、街をさまよって拳銃自殺するまでの、エリック・サティな映画なんですよ。で、その部分が原点が、『その男、凶暴につき』にありますね。

ちなみに最初に自殺したい映画である『ソナチネ』っていう映画は、沖縄で撮影している時に、撮影情報として東スポに出た記事は、たけしさんは沖縄で『沖縄ピエロ』という映画を撮影中ですっていう風に出たんですね、最初。

東スポを読んでいる人はあまりいなかったと思うんで、覚えている人は少ないと思うんですが、東スポを毎号買ってたんで覚えているんです。笑

『沖縄ピエロ』って何かといいますと、『気狂いピエロ』の日本版をやるんで、『沖縄ピエロ』っていうタイトルがたけしさんの中で決まっていたんですね。

だからあれは、『気狂いピエロ』っていうのはギャングみたいなことをした挙句にですね、ジャン=ポール・ベルモンドが自殺するっていう話なんですけども、自殺しようとして途中でやめようとして爆死するんですが、それを沖縄で撮っている時に、『沖縄ピエロ』っていう仮題をつけていた。これはあきらかに『気狂いピエロ』を意識しているんですよ。

たぶんたけしさんは「ヌーヴェルヴァーグなんか観てんねえよ」って絶対に言うんですけども、観てなければ何故『沖縄ピエロ』なんだと僕は思うんですね。

で、たけしさんはやっぱり、そういう点で1960年台後半とかに新宿とかのアングラ文化にはまっていたんで、観てないとは思えないんですよ。どう考えてもその辺のATG的なヌーヴェルヴァーグとか芸術映画とかっていうものに対して彼は絶対に触れていたと思われるんですね。本人は否定するんですが、そう思われるんですね。

『監督・ばんざい!』っていうのは、完全に『8 1/2』のたけし版

『監督・ばんざい!』っていう映画がありましたが、あれはほんとに『8 1/2』っていうフェデリコ・フェリー二の映画がありまして、それはフェリーニが、「映画が撮れない、次の映画どうやって撮ったらいいかわからない」って言って、「撮れない撮れない、こうやったらいいんじゃないか、ああやったらいいんじゃないか」っていうのをそのまま映像にしちゃうっていう、映画が撮れない監督が苦しんでいる映画なんですよ。


それで『監督・ばんざい!』っていうのは、完全に『8 1/2』のたけし版なんですよ。

で、知らないわけはないと思うわけですよ。当時新宿とかのアングラ文化にはまっていたたけしさんは絶対に観てるだろうと思いますね。

それで、この映画後半でですね、殺し屋が出てきて、殺し屋との対決になっていって、もう刑事映画ですらなくなっちゃうんですね、警察を辞めちゃいますから。

で、すごい殺し合いになっていくんですが、この部分っていうのは明らかにウィリアム・フリードキン監督の『L.A捜査線/狼たちの街』が原点になっていると思います。

それはたぶん脚本の野沢さんがそれを原点にしたんじゃないかと言う気がちょっとするんですけども、

っていうのはね、『L.A捜査線/狼たちの街』っていうのは主人公がですねシークレット・サービスっていう偽札を調査する警察みたいなものの捜査官なんですけども、主人公は一応警察官にも関わらず、ほとんどヤクザなんですよ。

で、偽札犯を捕まえると言っても、ほとんど偽札が悪いことだから捕まえるんじゃなくて、そいつをハンティングとしてやっつけたいってだけで、ほとんどヤクザがたまたま警察側に入っちゃっただけの人として描かれているんですね、『L.A捜査線/狼たちの街』っていうのは、だから狼たちの街っていうタイトルなんですけども。

でそれがたぶんこの話の原点になっているんですよ。だからほとんどヤクザとたけしさんの殺し合いになっていくんですね。その辺が非常に面白い。

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