1. まとめトップ
  2. エンタメ・カルチャー

王家に生まれ、差別され追放され、そして世界的スターになった歌手

王族に生まれながらも、肌の色ゆえに差別を受け一族を追放。その後強靭な意志と歌唱力で這い上がり、世界的なカリスマとなったアフリカのミュージシャン、サリフ・ケイタ(Salif Keita)のまとめ。

更新日: 2016年03月26日

471 お気に入り 128399 view
お気に入り追加

王家に生まれたサリフ・ケイタは壮絶な少年時代を過ごした

1949年8月25日 -
マリ出身のシンガーソングライター。

裕福な貴族の家に生まれ、古代マリ帝国王家の直系の子孫に当たる

アフリカの有名なミュージシャンといえば、グリオという吟遊詩人の血筋の者が多い中、サリフ・ケイタは13世紀に西アフリカ一帯を征服した古代マリ帝国の始祖、スンジャータ・ケイタの直系の子孫ということで、異色の出自です。

1949年にマリのジョリバでサリフ・ケイタが生まれたとき、父親は彼と母親を家から追い出した。赤ん坊が白い肌をしていたからだ

彼は生まれつき、身体の色素があまりない"アルビノ"でした。
アフリカのある地域では、アルビノの子供は不吉の前兆とされ殺されてしまったり、「不思議な力が得られる」という伝承のために誘拐され、殺害され薬にされてしまうこともあるそうです。

名門の家系だったからこそ、彼のような特殊な人間の存在は許されないという差別の構図が存在した

アルビノの彼は一族から迫害を受け、追放同然の扱いを受けてしまいました。
そんなわけで彼は王族出身ながらも、学生時代もバーなどでギターを弾きながら歌うことで日銭を稼ぐ生活をしていました。

一族からも追放同然の差別を受け、若き日の生活は貧しかった

アフリカにおいて、グリオ(吟遊詩人)の社会的地位はもっとも低いものとされています。
家族からも歓迎されず、人々からも蔑視された彼の少年時代は、孤独なものだったといわれています。

高貴であることを捨てた彼は、アフリカから世界的なアーティストへ

70年頃にマリの首都バマコで“レイル・バンド”のフロント歌手として活躍し人気を獲得

高貴な身分を捨て、最下層であるグリオと同じ音楽の道を歩むことになったサリフ・ケイタを、ティジアニ・コネ(彼もまたグリオ直系のミュージシャンでした)は彼のバンド(マリのバマコ駅のバーの専属バンド)のボーカルとして迎え入れました。

1978年、サリフ・ケイタが作ったアンバサデュールの曲「マンジュー」が西アフリカ全体でヒット

1973年にアンバサデュールというバンドに移籍し、いよいよ自分の才能を発揮し始めた彼は、"Mandjou"という曲の大ヒットにより一躍アフリカで有名になります。

アンバサデュール脱退後はパリに移りソロとして活躍、そして87年にリリースされた最初のソロ・アルバムが、アフリカ音楽の不朽の名作『ソロ』でした

1984年に活動の場をフランス・パリに移した後、ソロアルバム"Soro"を発表。
ピーター・ゲイブリエルの主導で始まった 世界民俗芸術の祭典 WOMADでの歌唱や、カンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞した同じマリ出身の映画監督スレイマン・シセの作品「ひかり」で主題歌を歌っていたことなどでじわじわと評判となり、後にアフリカンポップスの金字塔とまで言われるほどの人気を獲得しました。

ワールド・ミュージックの発展と共に歩み続けてきたサリフは、コンスタントに作品をリリースし、高い評価を受け続けていることはご存知の通り

その後も"Ko-Yan"、"Moffou"、"M'Bemba"といった数々の名盤を発表。アフリカン・ポップスの大スターとしてその名声は揺るぎないものになっていきます。

その大地のような音楽と歌声には多くの賞賛が寄せられている

アフリカの伝統文化に根ざしためくるめくポリリズム、それらと最新のエレクトロニクスとの出会いから生まれた音楽は、ロックの終焉を予感させるに十分な衝撃度があった

アフリカの伝統に則った彼の音楽は、欧米音楽に慣れた世界に住む人々から、新鮮な驚きを持って迎え入れられました。

彼の伸びやかな高音の歌声は喉の強さもあって「神掛り」とも言える凄みさえあります

彼の最大の魅力は、他のどんな歌手にもない独特の強靭な声。アフリカの大地を想起させる、驚異的な声。

比類なき音楽的センスと、一度聴いたら決して忘れられない「声」

決してアフリカの民俗音楽ではないが、これだけの芯の強さを感じさせる音楽性は他に類を見ません。

まさに魂に響いてくる音

私も初めて彼の音楽で、その歌声を聴いたときの衝撃は忘れられません。聴くほどに麻薬的な魅力に惹き込まれます。

サリフ・ケイタの代表曲

世界に彼の名を知らしめた名盤"Soro"からの1曲。スラップベースもかっこいい!
タイトルの"Sina"は、彼の父親の名前。サリフは、後に父親について「自分の父親は、自分がこのように生まれついたにもかかわらず、常に自分の側に立って味方をしてくれていた」と感謝の気持ちを語っている。

社会的なメッセージが多く込められた2010年のアルバム、「ラ・ディフェロンス」より、アルビノを題材にしたタイトル・ナンバー。彼はアルビノを救済するための基金を設立するなど、人権活動家としても精力的な活動を続けている。

カーボヴェルデの"裸足のディーヴァ"ことセザリア・エヴォラとの共演。アコースティックな作風で絶賛された2002年のアルバム"Moffou"より。

1996年のアルバム"Folon"より。「過去」を意味するタイトルの、もの悲しさが漂う佳曲。

適度なポップさで耳馴染みの良いアフリカ讃歌。素晴らしい歌声です。

西アフリカ全土で大ヒット、ブレイクのきっかけになった"Mandjou"。
「隷属の下での豊かさよりも、自由のもとでの貧困を選ぶ」と言い、フランスからの独立を選んだギニア共和国の初代大統領、セク・トゥーレを讃えた曲。

Twitterでのファンの声

サリフ・ケイタはマリのグリオの伝統だろうか。語り部としての音楽というか唄だな。声が素晴らしい。意味はわからんけどなんか哀しい。黒人なのにアルビノに生まれたとか。

サリフ・ケイタは昨日さっそくCDを購入いたしました。ラジオでちょっと耳にしてハッとした曲が入ってた!!「これこれこれよ」ってすぐわかる。一度聴いたら忘れられないメロディーライン。ちょっとこの世ならぬ声。

ユッスー・ンドゥールとか、サリフ・ケイタの声、って、超グルーヴィーな曲でも癒されるというかなんというか、そういうの、あるな。なんかその晩は良く眠れそうな気がするんだよな。

暑いときは、コレ! Salif Keita "SORO" 東京に住んでた頃、夏はこればかり聴いてた。 涼しい風が吹いてくる。。~~~ pic.twitter.com/efS2tlskzA

1 2





質を大事に、自分なりの視点でまとめを発信していきます。

【得意分野】
IT
スマートフォン
音楽
雑学
子育て
レッサーパンダ

よろしくお願いいたします!



  • 話題の動画をまとめよう