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地政学には、地理と支配に関わる、2つの相容れない基本思想がある。1つはイギリス人のハルフォード・ジョン・マッキンダーが提唱した、ユーラシアの支配が世界の支配をもたらすという考え方だ。かれは次のように述べている。「東欧〔ヨーロッパ・ロシア圏〕を支配する者が、世界島〔ユーラシア〕を制す。世界島を支配する者が世界を制す」。この考え方がイギリスの戦略を方向づけ、またヨーロッパ・ロシアを封じ込めて息の根を止めるという、冷戦中のアメリカの戦略をも方向づけた。もう一方の考え方は、アメリカの最も偉大な地政学思想家とされる、アルフレッド・セイヤー・マハン提督の理論だ。マハンは著書『海上権力史論』の中で、マッキンダーに対する反論を述べ、海洋の支配こそが世界の支配であると論じている。
 どちらの理論もある意味では正しいことが、歴史によって立証された。マッキンダーは、統一された強大なロシア国家の重要性を強調したという点で正しかった。ソ連の崩壊が、アメリカを世界大国の高みにまで引き上げたのだ。だが決定的に重要な2つの点を認識したのは、アメリカ人のマハンの方だった。ソ連の崩壊は、アメリカの海洋力に端を発するとともに、アメリカ海軍に世界支配への門戸を開いたのである。加えてマハンは、物品の輸送手段の中で、海上輸送が群を抜いて安上がりだと論じた点においても正しかった。紀元前五世紀という昔にあっても、アテナイ人はスパルタ人より豊かだった。それはアテナイが港と、その港を守る艦隊と海軍を有していたからだ。すべての条件を一定として、海洋列強国はつねに非海洋国より豊かなのだ。15世紀にグローバル化が始まると、この思想が地政学における絶対的真理になったといっても過言ではなかった。

 アメリカが海洋を支配したことは、すなわちアメリカが世界的な海上貿易を展開する能力だけでなく、それを規定する能力をも持つようになったことを意味する。つまりアメリカは貿易のルールを定めるか、そうでなくても世界各地の交易路への立ち入りを拒否することを通して、いかなる国のルールであれ阻止することができた。一般にアメリカは、国際貿易体制をより目立たない方法で方向づけてきた。巨大なアメリカ市場へのアクセスを、他国の行動を方向づける手段として用いてきたのだ。そう考えれば、天然資源に加えて海洋力にも恵まれていたアメリカが大いに繁栄し、陸に閉じ込められたソ連にまったく勝ち目がなかったのは当然と言えよう。
 また次に重要なこととして、アメリカは制海権を持つことで、政治的にもきわめて有利な立場に立った。自らは侵略され得ない一方で、他国を必要とあればいつでも侵略できるようになったのだ。1945年以降のアメリカは、補給線を絶たれる心配なしに戦争を仕掛けられるようになったのだ。北米大陸には、外部のいかなる強国も戦争を仕掛けることはできなかった。実際アメリカの黙認なくしては、どんな国も上陸作戦を仕掛けることができないのである。イギリスは1982年にフォークランド諸島をめぐってアルゼンチンと戦争を始めたが、それができたのはアメリカに阻止されなかったからにほかならない。その証拠に1956年にアメリカの意に背いてエジプトを侵攻したイギリス、フランス、イスラエルは、撤退を余儀なくされた。

冷戦を通じて、アメリカとの同盟関係は一貫してソ連との同盟を上回る利益をもたらした。ソ連とて、武器や政治的支援、多少の技術は与えることはできた。これに対してアメリカは、国際貿易体制へのアクセスと、アメリカ市場への参入権を提供することができた。これに比べればすべてがかすんで見えた。例として、北朝鮮と韓国、あるいは東ドイツと西ドイツのたどった運命の違いを考えてみて欲しい。
 興味深いことに、アメリカは冷戦中ずっと心理的に守勢に立っていた。朝鮮戦争、マッカーシズム、キューバ危機、ベトナム戦争、スプートニク・ショック、1970年代から1980年代にかけての左翼テロリズム、そしてヨーロッパの同盟諸国からレーガンに寄せられた厳しい批判――これらすべてが、アメリカに憂鬱と不安をもたらした。そしてこのムードのせいで、アメリカは冷戦での優位が消えつつあるという感覚に絶えず苛まれていたのである。だが実際、客観的に力関係を見れば、ロシアにまったく勝ち目はなかった。アメリカ人の心理状態と地政学的現実との乖離は、次の二つの理由から重要である。第一に、この乖離はアメリカの力がまだ発達しきっていないことを明らかにする。第二に、このことはアメリカのとてつもない強さを露呈する。アメリカは不安を感じていたからこそ。冷戦にとてつもない労力と、とてつもないエネルギーを傾けたのだ。政治指導者から技術者、軍人、諜報機関の幹部に至るまで、アメリカ人の冷戦の戦い方は、決していい加減でもなければ、自信に満ちてもいなかった。                   
 だからこそ、アメリカは冷戦に勝って驚いたのである。アメリカは同盟国とともにソ連を包囲した。ソ連は海上でアメリカに挑戦する余裕がなかったため、陸軍の増強やミサイルの建造に予算をつぎ込まざるを得なかった。経済成長率でもアメリカに遠く及ばず、アメリカの同盟国を経済利益で釣ることもできなかった。ソ連はますます後れを取り、そして自壊したのだ。
 コロンブスの大探検から499年後の1991年に起こったソ連崩壊は、歴史の一時代に終焉をもたらした。ヨーロッパは500年ぶりに覇権を失い、もはや国際紛争の焦点ではなくなった。1991年以降はアメリカが世界唯一のグローバルな大国になり、国際システムの中心になったのである。

 ここまでアメリカが20世紀にどのようにして支配の座に就いたのかを見てきた。これに付随する事実がもう1つある。それはあまり注目されていないが、実に多くのことを物語る。米ソの争いが頂点に達しようとしていた1980年に、太平洋横断貿易額が史上初めて大西洋横断貿易額に並んだのである。そのわずか10年後のソ連がまさに崩壊しつつあった頃、太平洋貿易額は大西洋貿易額を50%上回る水準にまで急拡大していた。国際貿易とひいては国際システムの構造全体が、かつてない変容を遂げようとしていた。
 このことは、アメリカ以外の国にどのような影響をおよぼしたのだろうか? 簡単に言えば、シーレーン(海上交通路)の管理に莫大なコストがかかるようになった。ほとんどの交易国はこの費用を負担できないため、管理できるだけの資源を持つ国に依存する。かくして海軍国は莫大な政治的影響力を手に入れ、それに楯突こうとする国はなくなる。数千キロ離れた海域を管理するには、膨大なコストがかかる。歴史を振り返るとそれだけの費用を負担できた国はほんの一握りしかなかったし、今も費用や労力の面で昔より負担が軽くなったわけではない。アメリカの国防予算のうち、海軍や関連宇宙システムに費やされた金額を見てみると、ペルシャ湾で空母戦闘群を維持するコストだけで、ほとんどの国の国防予算の総額を上回っていることが分かる。大西洋あるいは太平洋を、どちらの海にも面していない国から支配することは、いかなる国の経済力をもってしても不可能なのだ。
 大西洋と太平洋に同時に権力を誇示できる大陸横断国家の拠点たり得る大陸は、北米をおいて他にない。だからこそ、北米が国際システムの重心だというのだ。北米の時代が幕を開けた今、アメリカは北米の中でずば抜けて有力な強国である。なんと言ってもの1944年から45年にかけて、ヨーロッパと日本を同時に侵略した国なのだ。その結果2つの海域を軍事的に支配し、今なお支配を維持している。これが、アメリカが新時代の指揮を執るゆえんである。

国家の基本戦略は国のDNAに深く刻み込まれており、あまりにも当たり前で、分かり切ったことのように思われるため、政治家や軍人はつねにそれをはっきり意識しているわけではない。かれらの思考は基本戦略によってあまりにも厳しく制約されてるがゆえに、それが無意識の現実と化している。だが地政学的見地から見れば、国家の基本戦略と、その指導者を駆り立てている論理を明らかにすることができる。

基本戦略は、戦争だけではなく、国力を構成するすべてのプロセスに関わるものだ。

 基本戦略は、政策立案の限界を超えたところから始まる。たとえば1940年にフランクリン・ルーズベルトが3期目に立候補していなかったらどうなっていたかを考えてみよう。この場合、日本やドイツの行動は変化していただろうか?アメリカは日本が西太平洋を占領するのを黙認しただろうか? ドイツがイギリスを艦隊もろとも破るのを甘受しただろうか? 細かな点は変わっていたかもしれないが、アメリカが参戦を見送ったり、戦争が連合国の勝利に終わらなかったとはとても思えない。無数の細部は変わっていたかもしれないが、基本戦略をもとに決定された、紛争の大まかな輪郭は変わらなかったはずだ。

 またアメリカは冷戦中、ソ連を封じ込め以外の戦略を取り得ただろうか? アメリカには東欧諸国を侵略することはできなかった。ソ連軍はあまりにも巨大で強力だった。それでいてアメリカは、ソ連に西ヨーロッパの占領を許すわけにはいかなかった。ソ連が西ヨーロッパの工場を支配していたならば、いずれアメリカを圧倒することになっただろう。封じ込めは、選択の余地のない選択だった。それはソ連に対してアメリカが取り得た、唯一の対応だった。

 どんな国にも基本戦略はある。だが戦略目標を達成できる国ばかりではない。たとえばリトアニアが目指しているのは、外国による占領から解放されることだ。だが経済、人口動向、地理などの事情により、リトアニアが目標を達成することは、あったとしてもごくまれで、束の間のことでしかないだろう。アメリカは、これから説明する戦略目標のほとんどを達成している、世界でも稀な国家である。アメリカには経済と社会を挙げてこの取り組みに注力する態勢が整っているのだ。

 たとえばアメリカは、その歴史全体のおよそ10%の期間を、戦争に費やしている。この場合の戦争とは、1812年戦争(米英戦争)、アメリカ・メキシコ戦争(米墨戦争)、南北戦争、第一次および第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争の大規模な戦争を指し、米西戦争や砂漠の嵐といった小規模な紛争は含まない。20世紀後半に限れば、その割合は22%にも上る。そして21世紀が始まった2001年以来、アメリカは戦い続けている。戦争はアメリカ文化に組み込まれており、アメリカの地政学的状況に深く根ざしている。したがって、アメリカが戦争を行なう目的をはっきりと理解しておく必要がある。

 アメリカは戦争の申し子であり、今なお加速するペースで戦い続けている。ノルウェーの基本戦略は戦争より経済に重きを置いているかもしれないが、アメリカの戦略目標および基本戦略の根源をなしているのは、恐怖心である。同じことがほかの多くの国についても言える。ローマ帝国は世界征服を目指していたわけではない。国の防衛を目指し、その目標に取り組むうちに帝国になった。初期のアメリカは、1812年戦争でそうだったように、イギリスに攻撃されて敗れる事態さえ防げれば十分満足だった。しかし恐怖は和らぐたびに、別の弱さと別の恐怖を生み出す。国家は持っているものを失う恐怖によって動かされている。これからの説明を、この恐怖という観点から考えて欲しい。

 アメリカには5つの地政学的目標があり、それらが基本戦略を推進している。5つの目標を、スケール、野望度、難易度の低い順に説明する。

1.アメリカ陸軍が北米を支配すること
2.アメリカを脅かす強国を西半球に存在させないこと
3.侵略の可能性を排除するため、アメリカへの海上接近経路を海軍が完全に支配すること
4.アメリカの物理的安全と国際貿易体制の支配を確保するため、全海洋を支配すること
5.いかなる国にもアメリカのグローバルな海軍力に挑ませないこと

ロシアは共産主義崩壊後に、心臓部をむき出しにされた。ロシアの至宝サンクトペテルブルグは、1989年にはNATO軍から1500キロメートルほど離れていたが、現在その距離は200キロにも満たない。モスクワは1989年にロシア勢力圏の境界から2000キロ弱離れていたが、今その距離は400キロほどだ。モスクワの南方でウクライナが独立したため、ロシアの黒海に対する支配力は弱まり、コーカサス山脈の北限にまで後退した。アフガニスタンは暫定的であれ、アメリカによって占領されており、ロシアがヒマラヤ山脈に下ろしていた錨は失せてしまった。侵略に関心を抱く軍隊によって、ロシア連邦は無防備も同然である。

 ロシアの戦略上の問題は、国土が広大な割に輸送機関が貧弱なことだ。周縁部全体を同時に攻撃されれば、どれほど大規模な軍隊を持っていても、防衛は難しい。複数の前線に軍隊を動員、配置することはできないため、事前配備可能な大規模な常備軍を維持しなくてはならない。この重荷は、ロシアに莫大な経済的負担をかけ、経済を弱体化させ、内部崩壊をもたらすだろう。
これがまさにソビエト連邦に起こったことだった。もちろんロシアが危機に陥るのは、これの時が初めてではない。

 ロシアが対峙するのは、自らの身を守ることのできない国々と、アメリカが武力行使を辞さない限りにおいて効力を発揮するNATO同盟である。前述の通り、アメリカのユーラシアに関する基本方針は1つである。それは、ユーラシア(またはその一部)を支配するような強国の出現を阻止することだ。もし中国が弱体化または分裂し、ヨーロッパが弱く分裂した状態を保つならば、アメリカの基本的関心は、ロシアをバルト諸国とポーランドで手一杯にさせて世界的視野を奪い、全面戦争を回避することに向けられるだろう。
 アメリカは従来通りの手法、つまり技術供与を通して、これらの国を支援するはずだ。2020年頃には、この手法は今よりずっと効果が高くなっている。新しい戦争技術では、小規模で効率的な軍隊が必要とされる。つまり先進技術を利用すれば、弱小国でも不相応に大きな軍事力が行使できるようになる。アメリカは何とかしてポーランドとバルト諸国の軍事力を高め、これらの国によってロシアを釘づけにしたい。もしロシアを封じ込める必要が生じれば、これが最良の方法になる。ロシアにとってコーカサスのグルジアは二次的な引火点であり、ヨーロッパから軍を振り向けなくてはならない、腹立たしい存在である。だからこそ、アメリカはここに侵入する。だが本当に重要なのはコーカサスではなく、ヨーロッパである。

 アメリカの力を考えれば、ロシアが直接攻撃を挑むことはないし、アメリカとて同盟国に危険な冒険を許しはしないだろう。むしろロシアはヨーロッパや世界の他の場所で、アメリカに圧力をかけようとする。たとえば国境を接する隣国であるスロバキアやブルガリアを不安定に陥れようとするだろう。こうした対立が、ロシアとヨーロッパ諸国との国境全域に広がるのである。

 ロシアの基本戦略は、NATOを解体し、東欧諸国を孤立させることだ。だが結局のところ、これは大した問題ではない。アメリカがロシアの動きを受けて行使するほんのわずかな軍事力と対決しただけで、ロシアの軍事力に著しい負担がかかる。ポーランド、チェコ共和国、ハンガリー、ルーマニアは、他のヨーロッパ諸国がどう動こうとも、ロシアの前進に断固抵抗し、どのような取引をしてでもアメリカの支援を得ようとするだろう。そのようなわけで、冷戦時代の断層線がドイツに引かれたのに対し、今回の断層線はカルパチア山脈に引かれるだろう。
ポーランドの北部平原が対立の最前線となるが、ロシアは軍事行動を起こさない。

 この対立――そしてそれに先立つ冷戦を――呼び覚ましたさまざまな要因は、冷戦と同じ結果をもたらすだろう。ただしアメリカは、前の冷戦ほど労力を費やさない。前回の対立は中央ヨーロッパで起こったが、今回はそれよりずっと東で起こる。前回の対立では、
少なくとも最初のうちは、中国はロシアの同盟国だったが、今回中国はゲームに加わらない。前回ロシアはコーカサスを完全に掌握していたが、今回そのようなことはなく、また北方に向かうアメリカとトルコの圧力にさらされる。前回の対立時、ロシアは膨大な人口を擁していたが、今回人口は以前よりはるかに少なく、しかも減少傾向になる。国内、特に南部での緊張を受けて、ロシアの関心は西方からはずれていき、最終的にロシアは戦わずして自壊するものと考えられる。1917年に崩壊し、1991年に再び崩壊した。そしてこの国の軍隊は、2020年を少し過ぎた頃に、いまひとたび崩壊するのである。

中国がイギリスに侵略されてから毛沢東が勝利するまでの間に、沿岸部と内陸部に分裂していった経緯を思い出して欲しい。対外貿易と外国資本によって繁栄した沿岸部の企業は、中央政府の支配を逃れようとするうちに、外国資本との距離を縮めていった。こうした沿岸部企業の手によって、中国に経済権益を持つヨーロッパの帝国列強――とアメリカ――が引き入れられた。
今日の中国もおそらく似たような状況にある。たとえば上海のとある実業家は、ロサンゼルス、ニューヨーク、ロンドンの企業と利害をともにする。早い話が中国政府との関係よりも、外国企業との関係から、よほど大きな利益を得ている。中国政府は実業家を取り締まろうとするが、かれは政府の支配を逃れようとするばかりか、自分の身と外国権益を守るために外国勢力を引き入れようとするだろう。他方では、貧困にあえぐ内陸部の住民が沿岸年に流れ込んだり、沿岸部への課税を強化して内陸部に富を分配するよう政府に迫るようになる。板挟みになった中国政府は弱体化して支配を失うか、あるいは手綱を締め過ぎて毛沢東時代のような鎖国主義に回帰するかもしれない。ここで肝心なのは、どちらの方が起こる可能性が高いかということだ。

 中国が拠り所としている柱は二本ある。一本目の柱は、国家を運営する巨大な官僚機構であり、もう一本の柱は、国家と共産党の意思を執行する軍事安全保障機構である。三本目の柱、共産党のイデオロギー的信条は、過去のものになってしまった。平等主義、無私無欲、人民への奉仕は、今も教え説かれてはいるが、信じる人も実践する人もいない、廃れた価値観である。

 国家、党、安全保障機構は、一般社会と同じように、イデオロギーの衰退に影響を受ける。共産党の役人は新しい体制から個人的な恩恵を受けている。そのため中央政府が沿岸地域を抑えつけようとしても、その出先機関がそれほど積極的に動くとは考えがたい。沿岸地域に富をもたらす体制に加担しているのだから。19世紀にも同様の問題が生じた。沿岸部の役人は外国とビジネスを行なう側についていたため、中央政府の命令を執行する意思を持たなかった。

 深刻な経済危機が現実のものなった場合、中央政府は共産主義に代わるイデオロギーを見つけなくてはならない。人民が犠牲を払うのは信奉する対象があればこそだ。そして中国人ならば、共産主義を信奉できなくても、中国国家なら信奉できるはずだ。中国政府は国家主義と、国家主義とは切っても切り離せない外国嫌悪を煽ることで、分裂を食い止めようとするだろう。中国では歴史的に外国人に対する嫌悪感が根強い。党は経済問題の責任を負わせるスケープゴートを必要とする。毛沢東が中国の弱体と貧窮を外国のせいにしたように、党は中国の経済問題の責任を再び外国になすりつけるだろう。

 中国への経済投資を守ろうとする外国との間に、経済問題をめぐって大きな対立が生じているこの頃は、国家主義に訴えやすい環境にあるはずだ。「偉大なる国、中国」という思想が、失われた共産主義イデオロギーにとって代わるだろう。外国との争いには、中国政府のステータスを高める効果がある。中国政府は問題の責任を他国に転嫁し、外交的手段や高まる軍事力を背景に外国政府と対決することで、政権への支持を集める。これが起こる可能性が最も高いのは、2010年代である。

 対立の相手国としてうってつけなのは、日本とアメリカのいずれか、または両方である。いずれも中国の宿敵であり、今ももすでに不和がくすぶっている。ロシアが敵扱いされることはまずない。ただ、日本やアメリカとの間に軍事衝突が起きる可能性は限られている。中国にとっては、いずれの国も積極的に交戦できる相手ではない。中国の海軍は弱く、アメリカとの対決に耐えられない。したがって台湾侵攻は、理論上は魅力的に思えても、実現する可能性は低い。中国の軍事力では、台湾海峡を強引に突破することも、もちろん台湾の戦場に物資を輸送する船団を護衛することもできない。中国は今後十年以内にアメリカに挑戦できる海軍力を持つまでには至らない。海軍を構築するには長い年月がかかるのだ。

そんなわけで中国の歩む道筋として、次の三つが考えられる。第一が、いつまでも驚異的なペースで成長し続けるというものだ。だがかつてこれを成し得た国はないし、中国が例外になるとも思えない。30年続いた驚異的な成長は、中国経済に莫大な不均衡と非効率をもたらしており、それは必ずや是正されなくてはならない。いつか中国も、アジア諸国が経験したような痛みに満ちた調整を強いられるだろう。

 あり得るシナリオの二つめが、中国の再集権化である。景気低迷をきっかけに相反する諸勢力が台頭するも、強力な中央政府が秩序を打ち立て、地方の裁量を狭めることによってこれを抑え込む。このシナリオの方が実現する可能性が高いが、中央政府の出先機関の役人が集権化と対立する利害を持つため、成功させるのは難しい。政府は規則を徹底する上で役人の協力を当てにできるとは限らない。政府が国内の統一を保つために使える手段は、国家主義しかない。

 第三の可能性は、景気悪化がもたらすひずみにより、中国が伝統的な地方の境界線に沿って分裂するうちに、中央政府が弱体化して力を失うというものだ。これは中国ではいつの時代にも現実性の高いシナリオであり、富裕階級と外国資本に利益をもたらすシナリオである。これが実現すれば、中国は毛沢東時代以前と同じ状況に陥る。地域間の競争や、紛争さえ起きるなか、中央政府は必死に支配を維持しようとするだろう。中国経済がいつか必ず調整局面に入ること、そしてどんな国でもそうだが、これが深刻な緊張をもたらすことを踏まえれば、この第三のシナリオが中国の実情と歴史に最も即していると言える。

21世紀のとば口に立つわれわれは、この世紀の要となるような出来事、20世紀のドイツ統合にも匹敵する1つの出来事を特定しなくてはならない。ヨーロッパ帝国の瓦礫やソ連の残骸が片付けられた後も、なお圧倒的な力を持って存在し続ける強国が1つある。それは、アメリカ合衆国だ。現在アメリカは、いつものように失態を演じているようにも思われる。だがつかの間の混乱に惑わされてはいけない。アメリカは経済、軍事、政治のいずれをとっても世界最強の国であり、そのパワーに本当の意味で挑戦できる国などない。ちょうどアメリカ・メキシコ戦争と同じで、アメリカとイスラム過激派との戦いも、今の支配的なムードがどうあれ、100年もすれば人々の記憶から薄れているはずだ。

 19世紀半ばの南北戦争以降、アメリカは並はずれた経済成長を遂げ、微々たる途上国から、第2位以下の4カ国を合わせたよりも大きな経済規模を持つまでになった。軍事面では、取るに足りない勢力から、地球を支配するまでになった。政治面では、時には意図的に、時にはその存在感のせいで、文字通りありとあらゆるものに影響をおよぼしている。本書を読み進まれるうちに、議論がアメリカ中心的であるように、つまりアメリカの視点から展開されているように思われることだろう。確かにそうかもしれない。だが世界は実際にアメリカを中心に回っている、というのがわたしの主張である。

 これはもちろん、アメリカが力を持っているからだが、それと並んで、世界の成り立ちが根本的に変わってしまったこととも関係がある。国際システムの中心は、過去500年の間ヨーロッパにあった。ヨーロッパの帝国が、人類史上初めて地球規模の体制を作り上げた。そのヨーロッパへの主な交通路が、北大西洋だった。北大西洋を制する国が、ヨーロッパへの航路を、そしてヨーロッパから世界に向かう航路を制した。国際政治が根ざしていた地理は不変だった。

1980年代初めに、注目に値することが起きた。史上初めて、太平洋貿易額が大西洋貿易額に並んだのだ。第2次世界大戦あとにヨーロッパが2級の大国の寄せ集めに成り下がり、また貿易パターンが変化したために、北大西洋が何かのカギを握るということはなくなった。今や北大西洋と太平洋の2つの大洋を制する国こそが、望みとあらば世界貿易体制と、ひいては世界経済を制するようになった。21世紀にはこの2つの大洋に面する国が、計り知れない強みを持つのである。

 海軍力を構築し世界中に配備するには、莫大なコストがかかる。そのため19世紀にイギリスが世界を支配したのと同じ理由で、2つの大洋に面する強国が国際システムの主役に躍り出た。イギリスは、支配しなくてはならない海洋に位置していたのだ。このようにして北米大陸が世界の重心の座をヨーロッパから奪い、北米大陸を支配する国が、世界覇権国の座を事実上保証された。そしてその座に就く国は、少なくとも21世紀の間は、アメリカ合衆国なのである。

 アメリカは国にもともと備わった力と地理的な位置に助けられて、21世紀の主役になった。このことは言うまでもなく、アメリカを愛される存在にしていない。むしろアメリカは、その力ゆえに恐れられている。したがって21世紀の歴史、特に世紀前半の歴史は、2つの相対する奮闘を軸に展開することになる。1つはアメリカを封じ込め押さえるために同盟体制を構築しようとする、第2勢力の奮闘。2つめが、先手を打って有効な同盟の形成を阻もうとする、アメリカの奮闘である。

21世紀初頭をヨーロッパの時代に代わるアメリカの時代の幕開けと見るならば、その起源はカリフ王国――かつて大西洋から太平洋にまで広がる領土を支配していた巨大なイスラム帝国――の再現を目指す、イスラム教徒の集団に見出すことが出来る。この集団は、アメリカをどうしても攻撃しなければなかった。世界最強の国を戦争に引きずり込む、その弱さを露呈することで、イスラム教徒の蜂起を誘発しようとしたのだ。この攻撃を受けて、アメリカはイスラム世界を侵略した。だがアメリカが目指したのは、勝利ではなかった。勝利が何を指すのかさえはっきりしなかった。アメリカが目指したのは、ただイスラム世界を混乱に陥れ、互いに反目させて、イスラム帝国の誕生を阻止することだった。

 アメリカは戦争に勝つ必要がない。ただ状況を混乱させ、相手にアメリカに挑戦するだけの力をつけさせなければそれで十分なのだ。ある側面から見れば、21世紀にはアメリカの行動を押さえ込むために同盟を形成しようとする第2勢力と、その足並みを乱そうとして軍事行動を仕掛けるアメリカとの間に、幾多もの衝突が起こるだろう。21世紀には20世紀よりさらに多くの戦争が起こるが、1つには技術変化のせいで、また世界の直面する地政学的課題の性質ゆえに、戦争の被害はずっと小さく抑えられる。

 新しい時代を導く変化は、前述の通り青天の霹靂のような変化であることが多く、新世紀の最初の20年間も例外ではない。アメリカ・イスラム戦争は既に終局を迎えようとしており、次の紛争が目前に迫っている。ロシアはかつての勢力圏を回復しつつあり、その勢力圏は必然的にアメリカに挑戦するだろう。ロシアは北ヨーロッパ平原を西に向かって勢力を再構築するうちに、エストニア、ラトヴィア、リトアニアのバルト3国で、またポーランドで、アメリカ主導のNATO軍と対峙するのである。21世紀初めに摩擦が生じる場所はここだけではないが、アメリカ・イスラム戦争が下火になってからは、この新たな冷戦が争いの火種を提供することになる。ロシアは勢力回復を図らざる得ず、アメリカはそれに抵抗せざる得ない。だが結局のところ、ロシアには勝つ見込みがない。深刻な国内問題や人口の激減、貧弱なインフラを考えれば、ロシアが今後長きにわたって存続する見通しは薄いと言わざる得ない。第2次冷戦は、第1次冷戦ほどの脅威はなく、地球規模で戦われた前の冷戦に比べればはるかに小規模なものになるが、第1次冷戦と同様、ロシア崩壊をもって集結するだろう。

アメリカへの次なる挑戦者は、ロシアではなく中国だという予測も多い。この見解には、3つの理由から同意しかねる。第1に、地図をじっくり眺めれば、中国が実は物理的に著しく孤立した国であることが分かる。シベリアとヒマラヤ山脈を北に、密林地帯を南に控えている上、人口のほとんどが頭部に集中しているため、領土を容易に拡大できない。第2に、中国は何世紀も前から主要な海軍国ではない。海軍を構築するには長い年月を要する。軍艦を建造するだけでなく、十分な訓練と経験を積んだ海兵隊を組織しなくてはならない。

 第3に、中国を恐れる必要がないことには、もっと深い理由がある。中国は本質的に不安定なのだ。外の世界に対して国境を開放するたびに、沿岸部は豊かになるが、内陸部に住む大半の国民は貧困のままに置かれる。このことが緊張、対立、そして不安定をもたらす。その結果、経済的意思決定が政治的理由から下されるようになり、非効率と腐敗を招くのである。中国が海外貿易に門戸を開いたのはこれが初めてではないし、その結果として不安定化するのも今度が最後ではないだろう。また毛沢東のような人物が現れて国が閉ざし、富――すなわち貧困――を平等に分け合い、周期を振り出しに戻すのも、今度が最後というわけではなかろう。過去30年間の傾向が未来永劫続くと信じる人たちもいる。だがわたしが信じるのは、中国の周期が今後10年以内に、次の避けて通れない段階に入るということだ。中国がアメリカに挑戦するどころではない。アメリカはロシアとの均衡を保つためのおもりとして、中国をテコ入れし、つなぎとめようとするだけだ。現在の中国経済のダイナミズムは、長期的成功にはつながらない。

 世紀半ばには、他の強国が台頭する。今は強大な国と見なされていないが、今後数十年間でますます力を蓄え、自己主張を強めると思われる国々だ。中でも3国が傑出する。第1が、日本である。日本は現在第2の経済大国だが、資源に乏しく輸入依存度がきわめて高いという点で、最も脆弱な国でもある。軍国主義の歴史を背負う日本が、平和主義的な2流大国のままでいるはずがない。そのままではいられないのだ。深刻な人口問題を抱えながらも、大規模な移民受け入れに難色を示す日本は、他国の新しい労働力に活路を見出さざる得なくなる。日本の脆弱性については以前も触れたことがあるが、これまでのところ日本はわたしが予想したよりうまく対処しているようだ。しかしいずれ政策転換を迫られるだろう。

第2が現在世界第17位の経済規模を有する、トルコである。歴史上の主要なイスラム帝国は、すべてトルコ人によって支配されていた。オスマン帝国は第1次世界大戦末に崩壊し、現代トルコを後に残した。しかしトルコは混沌の中の安定した土台なのである。バルカン半島、コーカサス地方、そして南に控えるアラブ世界は、いずれも不安定だ。経済力と軍事力ではすでに地域最強を誇るトルコだが、今後さらに力を蓄えるにつれて影響力を強めていくだろう。

 最後がポーランドだ。ポーランドは16世紀を最後に、大国の座から滑り落ちた。だがかつては確かに大国であったし、今後再びその座を取り戻すものと考えられる。2つの要因がこれを可能にする。第1が、ドイツの衰退である。ドイツ経済は巨大であり、今も成長を続けているが、過去2世紀の間持っていた活力を失っている。また今後50年間で人口が著しく減少することが、経済の弱体化に拍車をかけるだろう。第2に、ロシアが東方からポーランドに圧力をかけるが、ドイツはロシアとの3度目の戦争に食指を動かさない。しかしアメリカは、莫大な経済、技術援助を通してポーランドを支援するだろう。戦争は自国の国土の荒廃を招きさえしなければ、経済成長を促す。かくしてポーランドは、ロシアに立ち向かう同盟国の盟主になるだろう。

 このように日本、トルコ、ポーランドのそれぞれが、ロシアの2度目の崩壊後さらに自信を深めたアメリカと対峙する。これはまさに一触即発の状況である。これから見ていくように、この4カ国の関係が21世紀に大きな影響をおよぼし、最終的に次のグローバルな大戦をもたらすののだ。この戦争は、今はまだ空想科学小説の域を出ない武器を使って、従来とかけ離れた方法で戦われることになる。これから説明するように、この21世紀半ばの紛争は、新世紀初頭に生まれてるいくつかのダイナミックな力によって引き起こされるのである。

 この戦争は第2次世界大戦と同様、脅威的な技術進歩をもたらすが、そのうちの1つが特に大きなカギを握るようになる。戦争の全当事者が多くの明らかな理由から、炭化水素燃料(石油、石炭、天然ガスなど)に代わる、新しい形態のエネルギーを求めるだろう。太陽光は、理論上は地球上で最も効率的なエネルギーだが、大規模な太陽電池パネルを敷き詰める必要がある。こうしたパネルは広い面積の地表を覆うため、環境へのさまざまな悪影響が懸念されるうえ、昼夜の周期によって発電量が左右されることは言うまでもない。しかし宇宙で発電した電力をマイクロ波によって変換して地上に送信するという、戦争前に開発された構想が、来る世界大戦中に試作から実用化へと一気に移行するだろう。この新しいエネルギー源は、軍の宇宙輸送能力にただ乗りするという、インターネットや鉄道とほぼ同じ方法で、政府に費用を肩代わりさせる。そしてこれが呼び水となって、爆発的な好景気が到来するのである。

これら一連の根底にいは、21世紀における唯一にして最も重要な事実、つまり人口爆発の終焉がある。2050年になれば、先進工業国の人口は劇的なペースで減少しているはずだ。2100年までにはどんな低開発国の出生率も、人口を一定を保つ水準に落ち着いているだろう。1750年以降の世界システムそのものが、人口が持続的に拡大するという目算のもとに築き上げられてきた。労働者が増え、諸費者が増え、兵士が増える――それが当たり前のこととされた。だが21世紀には、この図式が成り立たなくなる。そして生産体制全体が変容する。この変容をきっかけに、世界は科学技術への依存をますます高めていく。特に人間の労働を肩代わりするロボットや、遺伝子研究(寿命を延ばすより、人間が生産的でいられる期間を延ばすことを目的としたもの)の強化が図られる。

 世界人口の減少がもたらす、より直接的な影響は何だろうか?端的に言えば今世紀前半に、先進工業国は人口破綻のせいで深刻な労働力不足に悩まされるようになる。今日の先進国は、移民をいかにして締め出すかという問題に頭を悩ませている。だが21世紀も中頃に近づくと、今度は移民をいかにして誘致するかが問題になるだろう。金銭的な見返りを提供して誘致を図る国も出てくる。アメリカもその1つだ。アメリカはますます不足する移民をめぐって他国と争奪戦を繰り広げ、あらゆる手段を講じてメキシコ人をアメリカに呼び込もうとするだろう。皮肉だが、必然的な転換である。

 このような変化が、21世紀最後の危機を招く。メキシコは現在第15位の経済規模を持つ国である。ヨーロッパ諸国の脱落をよそに、メキシコはトルコと同様これからも順位を上げ、21世紀末までに世界有数の経済大国にのし上がる。アメリカが促した北方への人口大移動により、メキシコ割譲地(アメリカが19世紀にメキシコから獲得した土地)の人口バランスが劇変し、やがて、この地域のほとんどでメキシコ人が圧倒的多数を占めるようになる。

 メキシコ政府はこの社会的現実を、歴史的な敗北の是正措置として、当たり前のように受け止めるだろう。その結果2080年までに、力と自己主張をますます強めるメキシコとアメリカとの間に、深刻な対立が生じるものとして考えられる。この対立はアメリカに予期せぬ結果をもたらし、また2100年になっても集結していない可能性が高い。

 ここまでの議論のほとんどが、信じがたく思われるかもしれない。確かに2009年の今は、21世紀がメキシコとアメリカの対立に終わるとはとても思えない。トルコやポーランドが強国になるという予測も同じだ。しかし本章の初めに戻って。20世紀に世界情勢が20年間隔でどれほど変化したかを振り返ってみれば、わたしのいわんとすることをお分かり頂けるはずだ。未来に通用しなくなると確実に分かっているのは、現在の常識なのである。
 当然ながら、予測は細部にわたればわたるほど信憑性が薄れる。これからの100年を細かな点まで正確に予測することなどできない。もっとも、今世紀が終わる頃わたしはとっくにこの世から消えていて、自分の誤りを知る由もないが。しかしこれから起こる出来事の大まかな輪郭を見て取り、どれほど推論的なものであれ、それに何らかの説明を与えることは確かに可能だということが、わたしの持論だ。本項の趣旨はそれに尽きる

日本には、経済政策や政治方針を大きく転換しても、国内の安定が損なわれないという特質がある。日本は西洋との邂逅を経て、自分たちのような国が列強の前ではひとたまりもないことを痛感すると、めまぐるしいほどの速さで産業化を推進した。第二次世界大戦が終わると、社会に深く刻まれた軍国主義の伝統を捨て去り、突如として世界で最も平和主義的な国に生まれ変わった。日本はその後めざましい成長を遂げた。1990年には金融危機の影響で経済成長が止まったが、このときも運命の逆転を淡々と受け止めた。
 日本が大きな社会変革を経ても基本的価値観を失わずいられるのは、文化の連続性と社会的規律を併せ持つからである。短期間のうちに、しかも秩序正しいやり方で、頻繁に方向転換できる国はそうない。日本にはそれが可能であり、現に実行してきた。日本は地理的に隔離されているため、国家の分裂を招くような社会的、文化的影響力から守られている。その上日本には、実力本位で登用された有能なエリート支配層があり、その支配層に進んで従おうとする、非常に統制の取れた国民がいる。日本はこの強みを持つがために、予測不能とまでいかなくても、他国であれば混乱に陥るような政策転換を、難なく実行できる。

 日本が2020年代になっても、まだ遠慮がちな平和主義国のままいるとは考えがたい。もちろん、日本はできるだけ長くこのスタンスを維持するだろう。第二次世界大戦時の恐怖がいまも国民的記憶として長く残る日本は、軍事対決の意思を持たない。その一方で、日本にとって現在の平和主義は、永遠の原理ではなく、順応性のあるツールである。日本の産業、技術基盤をもってすれば、政策転換さえできれば、より積極的な軍事方針に転換することは可能である。そして今後日本が人口や経済面で重圧を経験することを考えれば、この転換はまず避けられないだろう。

 日本は当初、経済的手段を通じて必要なものを得ようとする。だが移民に頼らず労働力の拡充を図ろうとする国は日本だけではないし、海外のエネルギー資源の支配をもくろむ国も日本だけではない。ヨーロッパ諸国も地域的経済関係の構築に色気を示すはずだ。中国とロシアの分裂した諸地域は、これ幸いとヨーロッパと日本を争わせ、漁夫の利を得ようとするだろう。

 日本にとって難しいのは、このゲームに負けるわけにはいかないということだ。日本の求めるものと、その地理的位置を考えれば、東アジアに影響力を行使する以外に道は残されていない。だがここに影響力を行使すれば、間違いなくいくつかの抵抗に遭う。第一に、何年も前から反日運動を展開している中国政府は、日本が中国の国家としての統一性を意図的に損なおうとしていると考えるだろう。さまざまな強国と同盟関係を結ぶ諸地域は、互いに優位に立とうとする。このようにして日本の利益を脅かすおそれのある複雑な抗争が生じるため、日本は思った以上に直接的な干渉せざるを得なくなる。そして最後の手段として、軍国色を強めるのである。遠い先かもしれないが、いずれ必ず軍国主義が復活する。2020年代から30年代にかけて世界の強国が存在感を強める中で、中国とロシアがますます不安定化すれば、日本も他の国と同じように、自国の権益を守らなくてはならなくなる。

アメリカは2030年代頃までに、積極性を高める日本に対する考え方の見直しを迫られる。日本はアメリカと同様、本質的に海洋国家であり、原材料を輸入し、加工品を輸出することで成り立っている。シーレーンの確保は日本の生命線だ。日本は東アジアへの関与を、大規模な経済的関与から小規模な軍事プレゼンスへと変化させるうちに、特にこの地域のシーレーンの防衛に関心を向けるようになる。

 日本の南部は上海から約800キロの距離にある。日本の周辺800キロ圏にはウラジオストック、樺太島、そして上海の北部沿岸が含まれる。この圏内が、日本の軍事的関心の外的限界になる。だがこれほど狭い地域でも、保護するとなれば有効な海軍、空軍、宇宙監視システムが必要だ。実は日本は現時点でこれらすべてを有している。しかし2030年には、日本の勢力圏への招かざる侵入者を排除する姿勢を、より明確に打ち出しているはずだ。

 積極性を高めた日本がアメリカの戦略的利益に挑戦し始めるのは、この時点である。アメリカはすべての海域を支配したいと考えている。日本が地域覇権国として再び浮上すれば、この利益が脅かされるだけでなく、日本が世界的に勢力を拡大するきっかけを作ることにもなる。日本はアジア本土への関心を深めるうちに、海空軍力を増強する必要に迫られる。そしてこれらが増強されれば、日本の活動範囲が広がらないという保証はなくなる。アメリカにとって、これは危険なサイクルだ。

 事態は次のような展開を見せるだろう。アメリカが日本の軍事力の増大に反応し始めると、日本の不安感を募らせ、日米関係は悪循環に陥る。日本がアジアで基本的国益を追求するためには、シーレーンを支配する必要がある。これに対して、世界のシーレーン支配を国家安全保障の絶対条件と見なすアメリカは、日本の攻撃性の高まりと思われるものを牽制しようとして、日本に圧力をかけるのである

2040年頃に俎上に上がる問題のうち、おそらく最も議論が分かれるのは、環太平洋地域が今後どうなるかという問題だ。この問題は範囲を狭めて北西太平洋、さらに狭めて中国とシベリアに対する日本の方針がどうなるかという問題として議論されるだろう。表面的な問題は、日本が経済的利益を追求し、アメリカを含む強国に干渉するうちに、アジア本土でますます攻撃的な役割を担うようになることだ。加えて、日本による中国の主権尊重という問題や、ロシア沿岸部の自決権の問題もある。

しかしアメリカは本心では、日本の海軍力の急速な増強を警戒する。ここでいう海軍力には、海上および宇宙に配備された軍事システムが含まれる。この頃まだペルシャ湾から石油を輸入している日本は、南シナ海とマラッカ海峡で力を増しているはずだ。2040年代の初めに、日本はペルシャ湾の安定に懸念を抱き、自国の権益を守るためにインド洋の巡回、調査を開始する。また太平洋の列島諸国と安定的で緊密な経済関係を築き、衛星追跡管制施設に関する協定を結ぶだろう。アメリカ諜報機関は、こうした施設が日本の極超音速対艦ミサイル基地を兼ねているのではないかと疑う。極超音速ミサイルとは、音速の5倍を超える速さで飛行するミサイルである。21世紀半ばには音速の10倍、つまり時速1万数千キロの速さを実現しているはずだ。極超音速飛行体には、標的に直接打ち込むミサイルのほか、標的を爆撃して帰還する無人機もある。

 日本は海洋をアメリカ第7艦隊と、そして宇宙をアメリカ宇宙軍と分け合うことになる。この頃アメリカ宇宙軍は、アメリカ軍の中でますます独立性を高めている。日米いずれの側も、海や宇宙で問題を起こすことなく、形の上では友好関係を維持している。しかし日本はアメリカの懸念を強く意識している。つまりアメリカのいわば私有湖である太平洋に、アメリカが完全に掌握していない軍事力が存在することへの懸念である。

 日本は南方、特に太平洋とインド洋の間の通路であるインドネシア海域における潜在的脅威からシーレーンを防衛することに、深い関心を持つようになる。インドネシアは多数の島と多数の民族集団からなる群島国家だ。この国は本質的に分裂した国であり、これまでも、そしてこれからも分離運動が多発するだろう。日本は特定の運動を支援して別の運動に対抗させる複雑な戦術を通して、インドネシア海域の諸海峡を確保しようとするだろう。

 日本はまた、西太平洋からアメリカ海軍を締め出すだけの力を持ちたいと考えるようになる。このために日本が取る方策は、次の3つだ。第一に太平洋の奥深くまで攻撃できる極超音速対艦ミサイルを日本本土に建設、配備する。第二に、この頃すでに経済的に支配しているであろうマーシャル諸島、ナウルなどの太平洋諸島との間で、センサーやミサイルを設置する協定を結ぶ。この狙いは、アメリカの太平洋貿易や軍事輸送に隘路を設けることにある。そうすることでアメリカの経路選択が予測可能になる、日本の衛星でアメリカの船舶の動きを監視しやすくなる。だがアメリカを最も悩ませるのは、日本が宇宙活動を活発化させることだ。日本は宇宙に軍事施設のほか、民間の産業施設を建設するだろう。

 アメリカの政策は例のごとく複雑で、さまざまな要因に影響される。強大化した中国がロシアの後方を脅かすという考えが、2010年代から2020年代にかけてのアメリカ軍事諜報界の強迫観念になる。2030年代に、この恐怖は国務省の固定観念になるだろう。国務省では旧来の方針は変わらないし、廃れもしない。そんなわけでアメリカは引き続き中国の安全と安定を図るだろう。だが2040年には、このことが日米関係を刺激する重大問題になる。中国における日本の行動は、安全で安定した中国というアメリカのシナリオとは当然相容れない。2040年になればワシントンと北京の関係はますます緊密になり、そのことが日本を激しく苛立たせるだろう。

21世紀半ばの戦争の起源は、古典的な原因に見出すことが出来る。ある国、つまりアメリカが、2国の連合にとてつもない圧力をかける。アメリカには戦争を始める気などなく、日本とトルコに深刻な打撃を与えるつもりさえもない。ただ両国に行動を改めさせたいだけだ。しかし日本とトルコは、アメリカに潰されかかっていると考える。日本とトルコも戦争は望まないが、恐怖に駆られてやむなく行動を起こすのである。両国はアメリカと折り合いをつけようとするが、アメリカにとってはささやかな要求が、両国にとっては自らの存続を脅かす要求に思われる。

 ここで3国の基本戦略が衝突する。ユーラシアに主要な地域大国を誕生させたくないアメリカは、2つの地域大国がまとまって単一のユーラシアの覇権的勢力になることを危惧する。他方日本は、人口問題に対処し、原材料を入手するために、アジアに影響力を行使する必要がある。そのためにはどうしても北西太平洋を支配しなくてはならない。トルコは、程度の差こそあれ混乱状態にある3つの大陸をつなぐ中心点だ。自らが成長するために、地域の安定を図らなければならない。日本とトルコの行動はアメリカに不安をもたらすが、日本とトルコにしてみれば、行動なくしては生き延びることはないのである。

 和解はあり得ない。日本とトルコがアメリカに譲歩するたびに新たな要求が出され、拒否するたびにアメリカの不安は高まる。究極的には降伏か戦争かの選択になり、戦争が賢明な選択として選ばれるのである。日本とトルコは、アメリカを破壊または占領できるなどという幻想はもっていない。日本とトルコに勢力圏を保証する和平協定を結ぶことが自らの利益になると、アメリカに思わせるような状況を作り出したいだけなのだ。日本とトルコからすれば、両国の勢力圏はアメリカの基本的利益を侵すものではない。

 アメリカを戦争で破ることはできない。そこでトルコと日本は、紛争開始直後にアメリカに深刻な痛手を与え、一時的に不利な状況に追い込もうとする。その目的は、戦争を遂行することが和解に比べて代償もリスクも大きいという印象を、アメリカに与えることにある。繁栄の時代を享受し、メキシコの復活に漠然と懸念を抱くアメリカが、長引く戦闘に背を向け、理にかなった交渉による解決を受け入れることを、トルコと日本は期待する。もちろん両国はアメリカが和解に合意しない場合のリスクは承知しているが、ほかに取るべき道はないように思われる。ある意味で、これは第二次世界大戦の再現と言える。世界の権力構造を塗り替えようとする弱い方の国が、相手の態勢が整う前に、不意の先制攻撃を仕掛ける必要に迫られるのだ。この戦争は、奇襲攻撃と、それが引き起こす動揺を利用した作戦を組み合わせたものになるだろう。21世紀半ばに起こるこの戦争は、いろいろな意味で20世紀半ばの戦争に似ている。どちらの戦争、原理は同じだ。しかし実際は著しく異なる。だからこそ、この紛争が戦争新時代の幕開けを告げるのである。

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yellowdaggerさん

仲間邦雄
Psa 106:41 彼らをもろもろの国民の手にわたされた。彼らはおのれを憎む者に治められ、



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