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イスラエルによるイラク原子炉爆撃事件(バビロン作戦・オシラク作戦)が行われていた

1981年6月7日、イスラエルはイラク領空に侵入し、イラクの原子力発電所を破壊した。この原子力発電所はフランスが技術提供したものだった。

更新日: 2016年03月16日

palezioさん

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隣国を領空侵犯し、その向こう側にあった非交戦状態の国に戦闘機を侵入させ、その国の原子力発電所を爆撃した国家がある。

1981年6月7日、イスラエルはイラク領空に侵入し、イラクの原子力発電所を破壊した。この原子力発電所はフランスが技術提供したものだった。

南イスラエルの、かの対艦ミサイル事件で有名な駆逐艦の名前となった町、エイラートの西近郊に位置するシナイ半島のエチオン基地(現エジプト領)を発進した攻撃隊は紅海アカバ湾に出、サウジアラビアの領空を地形追随飛行しバグダッドへ飛んだが、地形追随飛行を行っているにも関わらず途中でレーダーに探知されてしまった。
攻撃隊に対し所属を問いただす無線が入った。
攻撃隊のパイロットは自分達が旅客機であるとアラビア語で返答した。パイロットにはアラビア語教育が施されていたのである。密集編隊でレーダー上では単機に見えていた事もありサウジアラビアのレーダーサイトの管制官は見事に騙されてしまった。

1981年6月7日午後5時30分頃。

 イラクの首都バクダット近郊にあるオシラクの原子炉建設現場で、突如レーダーに数十機の国籍不明機が現れます。イラク側の呼びかけにもまったく応じず、そのうちの一機が原子炉に爆弾を投じると、それを合図に次々と爆弾を投下、原子炉を完全に破壊しつくした編隊は、悠々と西の空に消えた。

フランスの協力で建設された原子炉

フランスの技術提供でイラクに原子炉が建設されていた。

イスラエルの言い分

産油国であるイラクの核開発は、あきらかに軍事目的である。わが国は自国の安全確保のためにこれを破壊した。

出典イスラエル政府発表

イラクの核開発が軍事目的であるとの欧米の主張はこのとき形作られたものだ。だが、イラクの原子炉建設はそもそもがフランスの協力のものであり、このときフセイン政権はアメリカの支援をうけていた国家でもあった。

イスラエルの国民の安全確保のためにイラクが核武装する以前に先制攻撃したものであり、また原子炉稼動後に攻撃したのでは「死の灰」を広い範囲に降らせる危険があったため実行した

出典イスラエル政府発表

日本人にはあまりにもショッキングな光景だ。

実は自分たちが核兵器開発をしていたイスラエル

イスラエルはこの攻撃を中東地域の核拡散を防ぐものとして正当化していたが、1986年には同国の元核技術者モルデハイ・ヴァヌヌにより、当のイスラエル自身が1960年代よりフランスの協力により核開発を行い、既に多くの核兵器を保有していた事が暴露された。

スペースシャトルコロンビア号事故で死亡した搭乗員

イラン・ラモーン大佐はバビロン作戦に最年少で参加。彼は、後にスペースシャトル・コロンビアにイスラエル人として初めての搭乗員となった。2003年2月1日 大気圏突入時 空中分解事故。殉職した。

原子炉攻撃に参加したパイロットが、コロンビア号事故で死亡

イスラエル初のスペースシャトル搭乗員となり、事故死したイラン・ラモーン

原子炉爆撃事件をうけて、日本でも原発攻撃を想定した研究が行われた。

オシラク作戦から3年後の1984年、日本の外務省は、国外から原子力発電所を狙った攻撃が行われた場合を想定する研究を行った。だが、政府は反核運動の高まりを懸念して、その研究結果は公表されなかった。

配電設備・非常用電源の破壊なども想定され、福島第一原子力発電所事故の100倍の放射性物質の放出を予想。1.8万人が急死する可能性が示唆されていた。

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