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戦場で金○袋を打ち抜かれた軍人は、警視総監になった

ほとんど知られていませんが、実はすごい人です。 川路利良/名言/警察手眼/西郷隆盛/大久保利通

更新日: 2013年10月24日

pato30333さん

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「川路利良」という人物を知っていますか?

天保5年5月11日(1834年6月17日) - 明治12年(1879年)10月13日)は、幕末の薩摩藩士、明治初期の警察官僚、陸軍軍人。
階級は大警視、陸軍少将。

幕末の京都で起きた蛤御門(はまぐりごもん) の変(1864年)での活躍により西郷隆盛に認められたと言われています。

明治5年、川路は西郷に推薦され、警察制度研究のため欧州へ渡ります。

明治10年2月、西南の役が勃発。
皮肉にも、鹿児島士族を中心とする反乱軍の敵将は、かつて川路を推薦した西郷隆盛だったのです。

「明治六年の政変」で西郷隆盛が下野して鹿児島に帰った時、多くの鹿児島出身者が西郷の後を追って帰郷したのに、川路が帰郷しなかったことについて、

川路は「私情まことに忍びがたいが、國家行政は一日として休むことは許されない。大義の前に私情を捨て、あくまで警察に献身する」と考えた。

プライベートよりも国家に尽くす、まさに公務員の鑑ですね!!

そして、「金●袋を打ち抜かれた」という逸話

男の人はこの話を聞いただけでも、イテテってなるでしょうかw

戊辰戦争磐城浅川の戦いで、敵の銃弾が股間に当たり負傷した。
銃弾は金玉袋を貫いたが、金玉は無事であった。

戦場にあっても金玉袋が縮まず垂れ下がっていた(怖がっていなかった)からで、川路の豪胆さを示す逸話となり、
薩摩藩兵は「川路のキンタマ」と讃えた。

う●こ投げ事件でも有名です

明治5年(1872年)の初めての渡欧の際、マルセイユからパリへ向かう列車内で便意を催したもののトイレに窮し、やむを得ず座席で日本から持参していた新聞紙の上に排便。

その大便を新聞紙に包んで走行中の列車の窓から投げ捨てたところ、運悪くそれが保線夫に当たってしまった。

その保線夫が新聞に包まれた大便を地元警察に持ち込んだことから、「日本人が大便を投げ捨てた」と地元紙に報じられてしまった。

気持ちはわかりますw気持ちはw

この“大便放擲事件”は、司馬遼太郎が小説『翔ぶが如く』の冒頭部分で描いたことなどで、今日では川路の最もよく知られたエピソードの一つとなっている。

他にも山田風太郎の小説『警視庁草紙』『巴里に雪のふるごとく』(『明治波濤歌』所収)にもこの件は描かれている。

面白エピソードばかりですが、本当はすごい人です!

戊辰戦争の武勲で薩摩藩兵器奉行へ昇進。
新政府設立後は、東京府大属、邏卒総長を歴任。

1874(明治7)年、司法省警保寮(現警察庁)の発足に伴って初代大警視(警視総監)を務め、欧米の近代警察制度を日本で初めて構築した「日本警察の父」。

警察手眼は警察官のバイブルとされ、現在も広く読み継がれている。

『 世の安寧を護せんとする者は 
 無事の日に於て
  有事の日として怠らざるにあり 』

警察官としての在り方について川路の訓話をまとめた『警察手眼(けいさつしゅげん / 明治12年版)』より。

100数十年以上も前から現代まで影響力を持ち続けている、凄い人です!!

他にはこんな川路さんもあります

アニメ「るろうに剣心」の風水編に出演。
きりっとした面持ちですね。

人形作家さんがタカラのお人形を改造して作られたようです。

歴史好きの方でしょうか、制服の造りの細かさに感服です。

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pato30333さん

アラサーOLです。

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