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ダ・ヴィンチ?夢のお告げ?不思議な錯覚に陥る「会津さざえ堂」の構造が世界的にも珍しかった

福島県にある「会津さざえ堂」は1796年に当時の住職が設計して建立されたものなのですが、その特異な内部構造は近代以前の建築物としては大変珍しいものです。どうやってこの建物を設計し、建築したのか?そして実際にこの中をあるくと体感できる不思議な感覚。その魅力で今でも沢山の人々を惹きつけています。

更新日: 2013年12月05日

CuteMonsterさん

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「サザエ堂」とは?

関東~東北に分布する特殊な三階建て観音堂の一般名称。(サザエの神様が祀られている堂というわけではない。)

現存している栄螺堂(さざえどう)は全国にいくつかあります。

写真は曹源寺さざえ堂。
このように堂内を歩くだけで観音巡礼できるような構造となっているのがさざえ堂。

観音像は順路に沿って1体ずつ拝観できるようになっているのだが、その順路は手すり、斜路、階段、太鼓橋などにより立体的に隔てられていて、一度も同じ場所を通らずに1階から3階までの全ての観音像を拝観できるという恐ろしく複雑な構造を持った迷路のような観音堂

順路に沿って拝観するだけで、手軽に観音巡礼ができます。

当時流行した百観音巡礼が困難な庶民のために「お参りすれば札所の百観音を拝んだのと同じ功徳がある」というさざえ堂が登場し、人々は簡単に手に入る御利益と不思議な3階建の建物に上れるという「楽しみ」を求めて殺到。その後さざえ堂は全国に広がっていったのである

お金も時間もない庶民の夢を叶えるためにできたもののようです。

3回転する動きからさざえ堂を別名「三匝堂(さんそうどう)」と呼ぶこともある。「三匝」とは“3回転”という意味である。

会津さざえ堂について

福島県会津若松市の白虎隊の墓所のある飯盛山の中腹に建つ。
外観も特徴的で不思議な形をしています。

1796(寛政8)年、現在は存在しない正宗寺の仏堂として郁堂(いくどう)和尚が建立したもの。

本来はここに西国三十三番の観音像が収められていたというが、廃仏毀釈によって撤去されたまま今は仏像はない。

「会津さざえ堂」のような特異な二重らせん構造を持つ建物は存在せず、世界でも木造建築物としては唯一のものです。

会津さざえ堂は建築物として貴重な存在

特異な内部構造をもった堂は他に知られず、稀有な例として1995年6月27日付けで国の重要文化財に指定された。

マガジンハウスのCASA・BURUTUS誌( 2006年 9月号)の「建築家が選ぶ日本建築人気番付」で東の横綱になった建築

どんな構造なのか

六角3層、高さ16mの「さざえ堂」の中は、二重らせん構造の通路によって構成され、階段が無く、一方通行にて昇降別々で建物の中を上下するという構造なのが特徴。

出典ameblo.jp

中の構造は写真のようになっていて、行きと帰りでは別の通路を通ります。

内部は3階になっていて、時計回りに上り、反時計回りに下る二重螺旋の構造をしている。

二つの階段を使えば、相手に出会うことなく3階まで昇り降りができる。

二重らせん構造を有する近代以前の建築物としては、世界では他にフランス、ロワール地方のシャンボール城内部にある、レオナルド・ダ・ヴィンチの設計による二重螺旋階段が知られている。

江戸時代にどうやってこの構造を思いついたのか

もともとレオナルド・ダ・ヴィンチが発明したとされる二重らせん図が巡り巡って江戸後期の日本の蘭画家に伝わり、そこから郁堂禅師に二重らせんのアイデアが伝わったのではないか、と考えられているようだ。

考案者である郁堂禅師が二重紙縒の夢を見て発想を得たという説がある。

紙縒(こより)は、紙を細く裂いた物を寄り合わせて紐とした物

もし、独自に思いついたのなら、日本のダ・ヴィンチ?並みの発想かもしれません。また、それを実際に作り上げた大工さんの技術にも驚かされます。

具体的に中がどんな風になっているのか

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このまとめへのコメント4

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まとめるの、結構好きです^^
自分の興味のあること、
気になることを中心に、
ぼちぼちまとめていこうと思っています。



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