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タイのデモ、なぜ起きている?

更新日: 2013年12月03日

higuchi3003さん

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タクシン派と反タクシン派の争い

06年にタクシン氏が失脚した軍事クーデター以来、現政権を支えるタクシン派と、反タクシン派の政治対立が長引いていた

きっかけは恩赦法案

2006年に軍の無血クーデターで海外に逃れたタクシン・シナワット元首相に帰国への道を開く恩赦法案の議会提出を機に始まった

タクシン氏は汚職罪に問われたが収監を拒み国外逃亡中。反タクシン派は法案に反対し10月末から街頭での大規模集会を開始したが、与党は下院で法案を強行採決

反発が大きいため恩赦法を撤回

本日(7日)午後2時過ぎ、インラック首相が恩赦法の申請を全面的に撤回すると声明発表

11月7日に声明発表。11日には上院で法案が否決された

首相は、二度と恩赦法及び和解法を検討することはしないとし、抗議デモは国家に悪影響を及ぼすため、一刻も早く解散してもらいたいと語っている

インラック首相はタクシン元首相の妹

インラック氏はタクシン元首相の末の妹で、兄とは17歳離れている。1967年に北部チェンマイで生まれ、地元大学を卒業後、米国のケンタッキー州立大で修士課程を終えた

デモの指導者たちは、国外逃亡中のタクシン元首相が密かにタイを操っていると主張している

政府側であるタクシン派への支持は根強い

タクシン派の政党はタイ北部や北東部での支持を得て過去5回の選挙で勝利しているが、民主党は国政選挙で20年余り勝っていない

デモを指揮しているステープ氏が所属する民主党の支持層は都市部の知識層といわれています。

タクシン氏は01~06年の首相在任中に低額医療や農民の債務繰り延べなど、歴代政権で初めて地方の貧困対策に取り組んだ。人口の半分を占める農民や都市の低所得層など恩恵を受けた国民の多くはいまだに同氏支持派とされる

一方で地方の低所得者層はインラック首相やタクシン元首相を支持

選挙では勝てないからデモで対抗?

反政府派も現状のまま解散・総選挙に持ち込んでも勝ち目はないと認識。タクシン派政権が行う「ばらまき」で公正な選挙が実施できていないと主張し、首相が退任したうえ政治システムを根本から変えるよう迫っている

京都大学東南アジア研究所のチャチャワーンポンパン・パヴィン准教授は「こうした人々がタクシン派と選挙を通じて渡り合えると考えていないことは明らかだ。彼らにとってデモは政権を倒す唯一の手段だ」

タイではクーデターも合法

タイでは憲法第7条に、「本制度に適用すべき規定がない場合は、国王を元首とする民主主義制度の政治慣習に従う」と規定されていて、立憲君主制を維持しつつ、国王の支持が取り付けられる前提であれば、憲法上クーデターも許容されるとも解することができる

ついに国軍が対話を促すも

首相とステープ氏の初会談は国軍の仲介で実現。「政治不介入」を強調してきたプラユット陸軍総司令官が事態緊迫化を受け、双方に事態打開への対話を促した

2008年の大規模デモで軍は反タクシン側についていたが、今回は中立を守るとしている
会談の内容は明らかにされていませんが、ステープ氏は首相の退陣を要求したものの、首相はこれを拒否し物別れに終わったようです。

一方でやり過ぎの声も

ステープ氏はテレビ放送を通じ、インラック首相に対する「最後通告」として、2日以内に「権力を国民に移譲」するよう求めたことを明らかにした

首相との会談後に

「何を目指しているのかさっぱりわからない」(英字紙「ネーション」コラムニスト)との批判も目立ち、党内では「やり過ぎだ。解散・総選挙になれば、党の不利に働く」と不安視する声も

12月5日は国王の誕生日だが

プミポン国王の誕生日を12月5日に控え、インラック政権は事態収拾を急いでいる

タイがタイ変ということなので、ここでタイにおけるクーデターのコピペをご紹介しましょう! ●タイ式クーデター式次第 1)開会 2)決起部隊による首都制圧 3)国王陛下に対する忠誠の誓い 4)決起部隊指揮権の奉還 5)国王陛下のお言葉 6)総選挙の布告 7)閉会

タイでは20回以上もの政治クーデターが起きているが、国王の求心力が非常に強いため、最後は国王がまとめることになるのが恒例になっているというコピペ

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このまとめへのコメント2

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higuchi3003さん

政治・経済中心のまとめが多くなっています。

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