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靖国神社参拝が「問題」化した経緯と、アメリカのアーリントン墓地との違い。付:靖国参拝での各国反応

「靖国問題」というと「中国と韓国が騒ぐこと」のように受け取られがちですが、一度、エビデンスを伴った形で、経緯を見直しておきましょう。また、「戦死者を悼む場」として米アーリントン国立墓地が参照されますが、靖国神社とはまったく性質が異なります。ほか、ロシア、台湾、EUなどの反応について。

更新日: 2014年01月08日

nofrillsさん

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安倍政権発足からぴったり1年の日……

さて、「首相の靖国参拝とそれをめぐる問題」をマスメディアは「靖国問題」と四字熟語のように扱うけれど……

中韓や米との外交問題や、天皇の意向に反する反しないがクローズアップされているが、これは副次的な問題。A級戦犯合祀について、また靖国神社が歴史的に果たした役割について、日本の有権者がどう考えるのかが本質的な問題。

対外的にはA級戦犯合祀が一番のネックだけど、国内的には何より一宗教法人で首相が戦歿者追悼を行うことだと思いますよ。遺族の中には(いくら無理やり合祀されていても)魂はそこに無いと思っている人たちがいるわけです。それは戦歿者追悼として相応しいのかという問題ではないでしょうか。

公文書管理法制定に靖国に替わる国立追悼施設の設立を目指した福田康夫内閣の貴重さを思う2013年冬。

安倍→福田→麻生→政権交代だったんですよね。このままループしたりして (^^;)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E7%94%B0%E5%BA%B7%E5%A4%AB

神社は神社に戻すべき。追悼施設ではない。そのことを忘れて、「もっとよいものにできる」的に、既成事実化して、それを疑わないことが何より不気味だし、不気味以前に単に不誠実じゃないか。

マスコミ様が「靖国問題」という四字熟語に仕立て上げて、「問題」とは「近隣国が"騒ぐ"こと」だと方向づけたことの罪は大きいよ。それともマスコミ様は一宗教法人のサポなの?

▼靖国問題が「政治問題化」したのは……

靖国問題基礎の基礎。国内的にこの問題には二つの論点がある。一つは「政教分離」に関る論点、もう一つはA級戦犯合祀。合祀自身が78年(一般に知られたのは79年)なので、それ以前の論点は一つ目に関するもの。(続く)

承前)両者の間を繋ぐのは70年代の靖国神社法案(靖国を国家管理に置く法案)の議論。この問題が出て靖国が大きく注目を浴びて、論争が激しくなる中、A級戦犯合祀が行われて話が酷くややこしくなる、という展開。因みに靖国神社法案の主な主唱者が中曽根でその流れで85年「公式参拝」。

@kankimura 要するに靖国問題は1985年に朝日新聞が創り出したプロパガンダということですね。慰安婦問題、南京大虐殺と同じです。

@kwbtk333 違います。首相の靖国参拝に対する批判の端緒は三木政権です。

木村先生 @kankimura がご指摘しているように、靖国問題が「政治問題化」したのは1975年に三木武夫首相が「私人」と断って8月15日に参拝してから。 その背景にあったのは、60年代後半から、自民党が5回にわたって「靖国神社国家護持法案」を提出したものの成立に至らず、①

1974年に成立を断念したという国内の政治情勢の変化。自民党内の保守派は法案断念にかわって、8月15日に首相の靖国参拝を望んだ。 国際問題化の端緒も実は同じ年の5月。エリザベス2世女王の来日が契機。イギリス王室と外務省から、女王は日本の戦没者追悼施設に県花する用意があると提案。②

誤変換修正:
「県花」→「献花」
http://twitter.com/nobuko_kosuge/status/416917321802723328

※あの、反応下さる方、みなさんスルーしてらっしゃいますけど、これが重要なポストですよ……「国際問題化の端緒も実は同じ年の5月。エリザベス2世女王の来日が契機。イギリス王室と外務省から、女王は日本の戦没者追悼施設に献花する用意があると提案」があり、受け入れ側(日本)で「靖国か千鳥ヶ淵かで大論争になった」。その結論は……

日本側で靖国神社か千鳥ヶ淵戦没者墓苑かで大論争になり、結論は、、、、 拙著『戦後和解』を参照してください。③

※この「まとめ」だけ読んで「勉強になった」と満足せず、すでに小菅先生が世に出されている本を読みましょう。仮に書店に在庫がなくてもamazonならクリックするだけで買えるし、定番の本ですから、近隣の図書館にもあると思います。

版元のページ:
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2005/07/101804.html

終戦記念日の首相参拝問題が再燃するのは、78年福田赳夫首相の参拝。いわゆる「三木4原則(①玉ぐし料は公費で出さない、②記帳のさい公職名を書かない、③公用車をつかわない、④公職者は随行しない=私的参拝)」を放棄したから。 ④

福田赳夫首相は、官房長官と官房副長官とともに、公用車をつかって、「内閣総理大臣」と記帳した。玉ぐし料は私費で払った。これについて衆院内閣委で釈明。 その後、鈴木善幸首相の時、閣僚の「集団参拝」問題が出た。政府は首相の「公式参拝」は「違憲の疑いをなお否定できない」と統一見解発表。⑤

鈴木善幸(ぜんこう) (1911 - 2004)
第70代の総理大臣(在1980 - 82)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%96%84%E5%B9%B8

※福田、鈴木の間の第68代、69代は大平正芳。

鈴木首相は80・81・82年と8月15日に参拝したが、「私人」参拝に遺族会等から不満が表明され、「参拝は心の問題で、公人、私人の区別はしない」と強調。 続く中曽根首相は参拝が「違憲」にならぬよう有識者懇談会を設置、83・84年参拝を経て、85年に「公式参拝」を行なった。⑥

「A級戦犯に対して礼拝したのではないかとの批判」「近隣諸国の国民感情にも適切に配慮し」て、「首相は公式参拝を差し控える」と後藤田正晴官房長官が談話をだしたのが、翌86年。中曽根首相は参拝しなかった。⑦

1975年以降、首相の靖国参拝は、公人・私人、参拝の仕方(方式)、日本政府の見解の三点から見ていくことができる、と。 以上、朝日新聞や毎日新聞のスクラップなどから。 ⑧

※「(9)」はここでは欠番(前の項目の訂正のツイート)

@nobuko_kosuge 中曽根首相の85年公式参拝は玉串料ではなく献花料の支出、手水をしない、祓いを受けない、本殿に入らないなどの形を取ったもののようですが、これは有識者懇談会を設置したことによるものでしょうか。

@totototo26 私の知る限り、そのようです。神道儀礼ではなく本殿で一礼する、(玉ぐし料ではなく)献花料を公費で出すなどは、官房長官のもとに設置された有識者懇談会による検討結果のようです。

(うーん…神道色を薄めれば批判をかわせる、と検討の結果考えていたということかな…。賛否どちらの立場で見ても色々な意味で視点がズレているような。

.@totototo26 80年11月(鈴木内閣)のさいの政府統一見解は「首相、閣僚の資格で靖国神社に参拝することは憲法20条3項との関係で違憲との疑いをなお否定できない」というものでした。したがって、政教分離の原則に反さないように8月15日の首相公式参拝を可能にしようとした、と

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作った「まとめ」の一覧は:
http://matome.naver.jp/odai/2133787881446274501

※基本的に、ログを取ってるのであって、「まとめている」のではありません。



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