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【1936ベルリン五輪】華やかさの陰に人々の涙が…。「ヒトラーのオリンピック」にみる五輪の光と影。

ドイツのヒトラーといえば、今では世界史的にみて最もひどい指導者として有名です。そのヒトラーの時代のドイツで、1936年のベルリン五輪が開催された事は、プロパガンダという負の側面を背負ったオリンピックでした。後に「ヒトラーのオリンピック」と呼ばれる大会についてまとめました。

更新日: 2014年02月11日

shiro05さん

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「ヒトラーのオリンピック」

・ドイツのヒトラーといえば、今では世界史的にみて最もひどい指導者として有名です。そのヒトラーの時代のドイツで、1936年のベルリン五輪が開催された事は、プロパガンダという負の側面を背負ったオリンピックでした。後に「ヒトラーのオリンピック」と呼ばれる五輪大会についてまとめました。

ベルリンオリンピックは、1936年8月1日から8月16日にかけてドイツのベルリンで行われた夏季オリンピック大会。

・誘致合戦では、バルセロナを破ってベルリンが当選した経緯がある。

ヴァイマル共和政時代のドイツ経済は、一時好調であったものの1929年の世界恐慌と1931年の金融恐慌によって壊滅的な状況に陥った。失業率は40%に達し、社会情勢も不安定となった。この情勢下で政権を握ったのがアドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)であった。

・1930年代のドイツの経済情勢は、2010年代のどこかの国の情勢と似てる気がするのは気のせいなのだろうか。

1933年にアドルフ・ヒトラー率いるナチスがドイツの政権を奪取し、その3年後の1936年にはベルリンで夏季オリンピックを開催しました。

・五輪開催は「景気対策の一環」でもあったのだろう。

・ちなみに、次の開催地として予定されていたのは、ドイツと同じ枢軸国だった日本の東京でしたが、1940年の東京五輪は「戦争への専念」のために中止され、実際の東京での開催については1964年まで待つ事になるわけです。

ナチ党のプロパガンダの一環だった

当初オリンピックを「ユダヤ人の祭典」であるとして開催に難色を示したが、側近から大きなプロパガンダ効果が期待できるとの説得を受けて、開催することに同意

・どこまでも民族差別の感情が根強いヒトラー。開催に同意した理由が酷すぎる。

アーリア民族の優秀性とヒトラーの権力を誇示するプロパガンダとして大いに利用された

・プロパガンダで国民からの支持を集めたナチ党だったが、その陰で、ユダヤの人々はナチスから理不尽な弾圧を受けていた歴史もある。

「聖火リレー」の起源も実は・・・

プロパガンダ効果を高めることを目的に古代オリンピックの発祥地であるギリシアのオリンピアで聖火を採火し、松明で開会式のオリンピアシュタディオンまで運ぶ「聖火リレー」が初めて実施された。

・「聖火リレー」の起源には、実はこのような歴史がある。

五輪で初めて聖火リレーが行われたのは、1936年ベルリン大会。ヒトラー政権下、ギリシャのオリンピアからブルガリア→ユーゴ→ハンガリー→オーストリア→チェコと回り、ベルリンまで3075人のランナーが1人1キロずつリレーした。

・当時のドイツの政権の影響が少なからず存在した地域において聖火リレーが・・・。

ドイツ政府は聖火リレーのルート調査のためにルート途上の各国の道路事情を綿密に調査したが、1939年に勃発した第二次世界大戦においてドイツ軍がこの調査結果を活用し、後日ドイツ軍がルートを逆進する形で侵攻を行った

・聖火リレーの調査の結果は、後に第二次大戦の時に周辺国に侵攻するために「悪用」されたらしい。酷い話です。

韓国出身の孫基禎さんが「日本代表」として参加した五輪でもあった

・ナチスの台頭が感じられ、戦争の陰が見られたベルリン五輪。実は日本選手団の状況を見ても、やはり後の第二次大戦の「入り口」を感じさせる出来事が記録されている。後に第二次大戦前の最後のオリンピックと称されるベルリン五輪の「悲劇」でもあります。

スポーツで韓日両国の不幸だった過去を代表する人物がいる。ベルリンオリンピック(五輪)の英雄、孫基禎(ソン・ギジョン)だ。1936年8月9日、30度を超える猛暑の中で韓国マラソンの偉大な歴史を作った。

・ドイツと同じく枢軸国だった日本。そして日本統治下の朝鮮半島。色々と考えさせられる出来事です。

孫自身は当時より民族意識が強く、世界最高記録樹立時の表彰式でも「なぜ君が代が自分にとっての国歌なのか」と涙ぐんだり、ベルリン滞在時には外国人へのサインに「KOREA」と記したりしていた。

・日本による植民地支配の負の側面が、こんなところにも現れていた。戦争というものが、韓日両方にとって、悲しい歴史であることの象徴的出来事ともいえるでしょう。

「あのマラソンで日本は勝った。でも日本人が勝ったわけじゃない。それがどういう意味なのかを考えてほしい」

・ちなみに、孫さんは、52年後の1988年に行われたソウル五輪の聖火ランナーとして、聖火をスタジアムに持って登場する役目を果たした。52年の時を経て、孫さんにとって、ようやく「韓国人ランナー」としての五輪参加が実現した形になる。

解放後は韓国陸上競技連盟会長などを歴任。1988年ソウル五輪で聖火ランナーをつとめた。

・52年後に行われたソウル五輪で、ようやく「韓国人ランナー」としての五輪参加が実現した孫さん。どのような思いで、ソウルの街を駆け抜けたのだろう・・・。

・また、聖火リレーという慣習も、1936年当時はナチスのプロパガンダとして「悪用」されてしまう歴史を持っていたが、52年の歴史を経て、本当に平和的な理念に基づいて行われることが定着したのかもしれない。

・ベルリン大会当時と、戦後の聖火リレーは、同じもののように見えても、その趣旨は大きく変わっている。

戦争の陰が随所に見られたベルリン大会。その終了後、実は夏季五輪は2回中断されている

この大会の3年後、1939年9月にドイツによるポーランド侵攻を機に第二次世界大戦が勃発し、第12回東京大会と第13回ロンドン大会が中止されたため、この大会が大戦前最後の大会となる。

・1940年の日本・東京五輪も当時は中止。後に東京は1964年と2020年の開催地となる。

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shiro05さん



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