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金沢人がお薦めする!風情溢れる主計町茶屋街観光ガイド

金沢へ観光で訪れる方の多くは「ひがし茶屋街」を見て、その後に主計町(かずえまち)を訪れるかも知れませんが、このまとめは主計町を中心に金沢を楽しむ為のガイドとして作りました。世帯数僅か30軒の小さな町ですが、そこには古き良き時代のエッセンスを凝縮したテーマパークさながらの魅力があります。

更新日: 2014年03月30日

storeさん

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主計町は「かずえまち」

私の知人に昔、主計町に別邸として町家を持っていた方がいたので何度も寄らせて頂きました。冬が来る度、静かな河畔の町家の二階でコタツにあたりながら窓から見た雪が散らつく日の雪桜を今でも思い出します。金沢らしさが色濃く残る主計町で金沢の風情を心ゆくまで楽しんで下さい。

藩政中期、後期に小松城代や算用場奉行をつとめた加賀藩士で郷土史家の富田景周(とだかげちか)が著した「越登加三州志」に富田主計重家(とだかずえしげいえ)の上屋敷があったことにちなむと記されている。

主計町は地元では「かぞえちょう」「かずえちょう」とも呼ぶ人もいるが、金沢市観光課のWEB上の表記も「かずえまち」で現在は統一されている。

この界隈は昔ながらの料亭や茶屋が建ち並び、夕暮れ刻になると三味線の音が聞こえることがある。尾張町2丁目の一部から‘99年10月1日に全国で初めて旧町名が復活し正式に主計町となった。

Street View http://goo.gl/7iTyVp

主計町 町名復活の経緯

1963年 金沢市が国から「住居表示に関する法律」のモデル都市の指定を受ける。
1970年 尾張町2丁目の一部となり、「主計町」の地名消滅。
1996年 旧町名復活委員会結成。
1999年 10月1日に全国初の町名復活 約30世帯(尾張町2丁目の一部)
2003年 4月1日...主計町が金沢市の都市計画により伝統的建造物群保存地区に決定。
2004年 3月25日 「金沢市旧町名復活の推進に関する条例」制定。
2004年 5月1日区域拡大 1世帯(尾張町2丁目の一部)が追加された。
2008年 6月9日…重要伝統的建造物群保存地区として選定。

主計町の魅力

主計町はにし茶屋街、ひがし茶屋街と並ぶ、金沢の三大茶屋街として知られる茶屋街。

ひがし茶屋街から浅野川大橋を渡った向こう岸すぐの場所に位置する為、金沢の風情ある散策を楽しめるコースとして、金沢市民、観光客ともに親しまれている。

主計町はどこにある?

主計町のお店

主計町にある創業60年の鍋の老舗として古くから金沢の人々と観光に訪れる人々に親しまれる魚介系寄せ鍋専門店。鍋は5000円~。

なべ・割烹「太郎」
http://www.nabe-no-tarou.com/
パソコン修理屋の店長日記
http://goo.gl/r5yv8n

昭和15年懐石料理屋として創業した「みふく」。土鍋を始めたのは平成に入ってからとまだ短いが、能登中島の新鮮な牡蠣を取り寄せた拘りの味が金沢の人々、遠方から訪れる人々を楽しませている。

牡蠣の季節の予約は難しいのですが、早めのご予約を。牛鍋も美味。鍋は4500円~。

主計町の茶屋「一葉」は2010年頃オープンした比較的新しいお店。新鮮な食材で作られるお通しで一献。金沢に隠れ家を作っておくのも悪くない。店にはテーブル席もあるので団体も可。

中ちゃんの蔵ブログ編
http://goo.gl/DMvKRf

ギャラリー鏡花は石川県の良質な伝統工芸品を中心としたセレクトショップ。金沢漆器を目当てに訪れる人も多い。

元お茶屋さん「照乃家」を改装した店内の雰囲気を味わいながらの蒔絵体験(60分1000円)は金沢ならではの楽しみ。

主計町の喫茶店。お茶屋として使われていた建物を利用し、格子戸の外観を活かしながらこだわりの趣向の凝らされた空間。一階は重厚な神代杉のテーブル席です。

主計町の小道の桜を楽しんだ後「季なり」でくつろぐ、そんな金沢での春の一日をお楽しみ下さい。

大正6年創業の主計町「和菓子処 はやし」。添加物を一切使用しないすべて手作りの昔ながらの金沢の和菓子をぜひお土産に。このお店のレポートをFM石川の松岡理恵さんがブログで掲載しています。ぜひご覧下さい。

松岡ワールド
http://goo.gl/XS0Fny

主計町の宿泊施設

主計町という絶好金沢観光の場所にありながら、片泊まり(朝ご飯付)か素泊まりで約6000円というリーズナブルな宿泊料金。料亭旅館の様なサービスでは無く、田舎の民宿の様な旅館。

知っている人は知っている人気旅館です。春はこの小道に見事な桜並木が出来上がります。

出典hotel.jp

書斎デスク、 エアコン、WiFiインターネットi、共同バスルーム等のアメニティ設備を重視して現代的に改築された町屋1軒を貸し切る宿泊となっている新しいタイプの施設。イベントの開催にも利用されている。

町屋 菊乃や
http://www.machiya-kanazawa.jp/

主計町の見どころ

二代藩主前田利長が金沢城防備の目的で高山右近に命じて堀らせた金沢城の内堀である西内惣溝掘を生かし、金沢市が整備した池泉回遊式庭園。

主計町緑水苑 Street View
http://goo.gl/W6yfWr

泉鏡花の「化鳥」「照葉狂言」の舞台。橋を渡るごとに一文支払ったことから別名「一文橋」とも呼ばれました。

平安時代の初め「乙剣大明神」と称し、加賀国小坂荘久保市村の産土神として創建されたと伝えられる。昔ながらの商店街の一角に位置する。

生家が近くにあったことから泉鏡花が幼い頃、よく遊んだといわれ、鏡花の「うつくしや鶯あけの明星に」と刻まれた句碑が立っている。

主計町茶屋街にある真言宗のお寺、源法院は弘法大師によって約1200年前に建てられたという言い伝えがあります。春には枝垂れ桜の花が咲く。

源法院の伝説と昭和そして今
http://goo.gl/rTp2AT

主計町 路地裏

尾張町の旦那衆が人目を避けて主計町に通うために通ったとされる坂。

江戸文芸の影響を深くうけた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで知られる金沢の文豪、泉鏡花もこの坂をよく通ったと言う。

日中でも薄暗く、ジグザグの石段が続いているがその先には久保市乙剣宮に続いている。「くらがり」は「暗がり」であり、その名の通りの坂。

「ギャラリー鏡花」の脇の小路を入り「主計町事務所」を過ぎると「くらがり坂」の階段にたどり着く。

久保市乙剣宮の裏から主計町に通じる暗がり坂に対し、あかり坂は二十メートル東を料 理屋「一葉」の前から茶屋街に下りる坂。

無名坂だったこの坂の命名を地元住民から依頼を受けていた作家の五木寛之氏が「金沢ものがたり主計町あかり坂」の中で2008年に命名した。

五木寛之氏が命名「あかり坂」- 北国新聞
http://goo.gl/PYYUIf

くらがり坂とあかり坂を回る散歩ルートを地図で作成しました。泉鏡花記念館、久保市乙剣宮、そば処くら、あすなろ細工 かみや、山畜 蓄音機記念館を散策できます。
http://goo.gl/aKmMfQ

金沢市が抱える町家保存の問題

主計町は幸い住民たちの意識が強く、町家が昭和と変わらず保存されているが、金沢市では年間数百軒の町家が取り壊されて来た。十年以上前になるが、金沢市中心街の駐車場不足を補う目的として、駐車場にする為に解体費用を負担し、山出保 前市長時代、金沢市の支援の元、数多くの町家を取り壊し駐車場にする事業を推進した。

金沢駅前に流動人口が移り、町家を取り壊した後の駐車場も過剰供給気味であり、経営的にも芳しく無い。防火、防災、耐震性の問題、気密性に劣る町家を維持するのは家主にすれば苦労が耐えないのも現実だが、近年、町家取り壊しに反対する声は市民の間でも大きくなっている。

金澤町家継承・利用活性化基本計画
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11107/machiya/keikaku.html

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金沢とハワイに関するまとめを趣味で作っています。
金沢新聞:http://twitter.com/CityKanazawa
松田春人:http://twitter.com/MazdaHaruto

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