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北海道の道(どう)ってどう違うの?知らなかった都道府県の違い

1都1道2府43県の内の4つの「都」「道」「府」は他多数の「県」とどう違うのか気になったので調べてまとめました。

更新日: 2014年04月26日

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1都1道2府43県。なんで全部県じゃないの?

自治体としては完全に同等のもの。歴史的な呼び方の違いだけ

現行の「地方自治法」ではそれぞれに全く違いはなく,完全に“同格”の存在です

法律上「都」「道」「府」「県」は呼び方の違いがあるだけで同格の役所です。

「〇〇県」とか「××府」などといっているのは,それぞれの自治体が“歴史的な呼称”を使用しているにすぎない,と解釈できます

戦後にできた「地方自治法」の第3条第1項の「地方公共団体の名称は、従来の名称による」という規定に基づいて、昔のままの名前を引き継いでいます。

明治時代は、もともと「府」と「県」だけだった

「県」は訓読みでは「あがた」と読み、単に「地方」を意味する言葉ですが、「府」と言う言葉は古代から「役所」の意味で使われてきました

明治元年、新政府は「府藩県三治制」を敷き、旧幕府の直轄地の城代・京都所司代・奉行の支配地(幕府にとっての重要地)を「府」、それ以外を「県」としました。その時は北海道は「函館府」、東京都は「江戸府(後に東京府)」で、他にも「長崎府」「神奈川府」「奈良府」などがありました。

明治政府にとって特に重要な東京・大阪・京都だけは「府」とし、 他は「県」と呼ぶことになったようです

1871年の廃藩置県によって「府」は特に重要な3つに絞られ、その他の「藩」や「府」は県に置き換わりました。この頃は3つの「府」と302もの「県」がありました。その後何度か「県」の統合と分立があり、現在と同じ43県になりました。

東京は府と市の二重行政を解消するために「都」として一本化

東京には明治22(1889)年以来、東京府と東京市が存在したが、首都であることを理由に都心部における二重行政が早くから問題視された

東京府の中でも府税収入の多い地域を選んで現在の23区にあたる地域を東京市としていました。

昭和18年には戦時体制の強化策で、東京府と35区からなる東京市が統合。二重行政を解消し首都行政の一元化を行った

太平洋戦争に突入。戦時体制によって、国家のあらゆる物的・人的資源を最大限に動員し、活用する必要があったため二重行政が問題とされていた「府」と「市」を効率化のため市の権限を府に委譲するかたちで「都」として一本化(東京府と東京市を廃し、東京府のあった地域を東京都とした)しました。

東京市は東京府と合併され「東京都」となり、市制と自治権を剥奪された

東京都がほかの道府県と違ったのは、昔は現在の23区(旧東京市)の権限を上位の「都」が持っていたということです。

未開の地の「蝦夷地」を「北海道」と命名。なんだかんだで自治体名として現在へ

当時、蝦夷地が未開拓だったことがうかがえます。蝦夷とは先住民族のアイヌ人を指す言葉で、蝦夷地はアイヌ人の住む土地と言う意味です。北海道の海の字はもともと「加伊(カイ)」で、アイヌ語で「この地に生まれし者」という意味の言葉だそうです。

日本には、北の境の概念が希薄だったのですが、江戸時代後期以降、ロシアの進出に伴って意識せざるをえなくなりました

北海道はかつて「蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていました。それまでは幕府の支配体制もあやふや(南に松前藩があったが統治は部分的)なものでした。

いつまでも「蝦夷地」ではいけないので、新名称をつけるべきであるという意見は、江戸時代末期から多かった

実際に北海道と命名されるのは明治になるまでおあずけでした。

「道」の名称は、律令制時代に地域区分として存在した「道」を明治初期に応用して作った「北海道」を、そのまま自治体名に変換して使用したもの

探検家の松浦武四郎が北海道の名づけ親です。政府に提出した6つの案の内の一つ「北加伊(カイの字を海に変更)」に広域の地域区分を表す「道」をつけたものが採用されました。

一時は「函館」「札幌」「根室」の3県が設置されたりもしたのですが、結局は1886(明治19)年に全体を1つの地方機関で管轄するのが良いということになり、それが現在まで続いているわけです

もともと北海道は「函館県」「札幌県」「根室県」の3県に分かれる予定で、一時期は3県が存在していたのですが、「公務員の数ばかりが増えて非効率だ」「開発の成果が上がっていない」との批判があったため、再び北海道全域を1つとした行政機関(北海道庁)に再編されました。

「県」にしちゃでかすぎる。なのでより広域を示す「道」が使われている

北海道だけが、「道(どう)」でひとつの行政単位になっている

「道(どう)」というのは、律令国家の地方行政の基本区分です。起源は古代中国で、それにならって日本でも天武朝(7世紀後半)に成立しました

都(平安京・平城京)を中心に放射状に敷かれた広域行政区画で「五畿七道(5つの都と7つの道)」がつくられました。

四国四県は南海道、九州七県は西海道、などという感じでしょうか

道は県の集合体のようなものです。

広さ的に考えると、九州(西海道)よりも大きいわけですから、妥当だったのでしょう

北加伊道から北海道に漢字が変更されたのは、昔からある行政区分の「東海道」や「南海道」に倣ったもの。都道府県の上に広域の行政区分を設ける「道州制」が議論されるときも北海道はそのまま1つの「道」とされる意見が多いです。

北海道を加え現在では五畿八道と呼ばれています。現在ではこの行政区画はすたれてしまいましたが、東海道を通る東海道新幹線、南海道で起こると予想される南海地震などの日本の特定の広域を示す区画名として残っています。

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