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レントゲン写真製!冷戦時に作られた幻の”肋骨レコード”が美しい【旧ソ連】

冷戦中、旧ソ連のロシアでは、西側諸国の音楽、特にロックやジャズの演奏やレコード販売が禁止されていました。ロシアの若者たちは強制収容所送りや投獄の危険を承知で、使用済みのレントゲン写真を丸く切って、中央に穴をあけて録音したのです。戦争を超えた音楽、その美しいレコードの数々をご覧下さい。

更新日: 2014年08月01日

easeMeさん

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■肋骨レコードは、レントゲン写真を再利用したレコードのこと。

【収録曲】ロズナー:セントルイス・ブルース

材料がなかったため、使用済みレントゲンフィルムを再利用して作られた。ソノシート程の薄さ。円形にカットされているが骨の写真もそのまま映っている。

前線で聞いた西側のジャズに惹かれた兵士らが、密かに音源を入手し、使用済みのレントゲンフィルムに音源を焼き付けて海賊盤を作り流通させた。スターリン独裁下では禁制品扱いで、製作者購入者ともに処罰された。

まずは、とにかくかっこいい肋骨レコードの数々をご覧下さい。

出典amass.jp

収録曲は読める物もあれば、読めない物もあります。向こう側が透けて見える、美しいレコードですね。

当時、病院ではレントゲンフィルムの処理に困っていたので、入手しやすかったそうです。

まるで、大切にレコードを作った人の手形が残っているような、美しいレコードですね。

旧ソ連で、ジャズやロックのほか、音楽全般が規制されたのはなぜ?

スターリンによる思想統制の下で、音楽は政府によって厳重に管理されます。外国の歌やジャズ、亡命した音楽家の曲さえも"社会主義にとって非建設的である" とされ、製造や販売は勿論、演奏することも聴くことも禁止されました。

1950年代のソ連、ジャズといえば、アメリカのロックであり、ポピュラーソングであった。スウィングでもなければ、ビバップでもない。その前段階。禁じられているアメリカの音楽がジャズだった。

音楽のなかでも、ジャズ(後にロックへ枝分かれするものも含めて)は楽譜どおりにやらなくてもいいし、アレンジしたって良い自由なものです。決められたように動くだけ社会主義の中では許されないものでした。

営業時間が終わり、店を閉める。それからが本当の仕事の始まりだった。真夜中、時には朝まで、音楽のコピーレコードをとにかく作りまくった。殆どのレコードには、どこかの誰かさんの骨が写っていたもんだよ・・・

※資料があまりないのではっきりしませんが、レコードを流通させたのは、戦意を落としたり、革命を起こさせる為の西側の策略だったという噂もあるようです。

この肋骨レコードの歴史を伝えるべく、ベルリンではワークショップも行われました。

こちらは、当時使われていたもの。ダイヤモンドの針で削っていきます。

東西に分断されたドイツも、冷戦時代のソ連と同じように、自由な音楽を求める心は弾圧されていました。

すばらしいワークショップだと思います。ベルリンで行われた意味も重要ですが、日本でも是非やってほしいです。

それでは、肋骨レコードの貴重な音をお聞き下さい。

大分すり切れていて音質はなんとも…ですが、貴重な貴重な映像と音です。

そのレコードが現在の新しい機械では再生不可能と知り、のみの市で古いプレーヤーを入手してレコードを再生させるのだが、苦心の末、遂に『ベサ・メ・ムーチョ』が流れて来た時はこちらまでドキドキ。

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バカを休み休み言う。それがモットーです。デザインなど。



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