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優しき巨大海獣ステラーダイカイギュウ あまりに残酷な絶滅の物語

体長最大9メートル、ベーリング海にかつて生息していた『ステラーダイカイギュウ』。嵐に遭い座礁したロシアの探検隊によって発見され、そのわずか27年後には絶滅してしまった心優しい巨大海獣たちに起こった悲劇についてのまとめ。

更新日: 2016年04月24日

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体長最大9メートル!ステラーダイカイギュウとは

学名:Hydrodamalis gigas
1741年代に太平洋ベーリング島で発見され、わずか27年で絶滅に至った巨大な海棲哺乳類。
「ステラーカイギュウ」とも。

ステラーカイギュウ(Hydrodamalis gigas)は、絶滅した海棲哺乳類の一種

英名は"Steller's Sea Cow"
かつて北太平洋のベーリング海に生息していた大型の哺乳類です。

ジュゴンの体長は3mほど、マナティーは3.5mほど、ステラーカイギュウは7~9mとはるかに大きい体をもっていました

同じジュゴン目の仲間である現生のジュゴンやアメリカマナティーと比較しても、倍以上の大きな身体を持つ海棲哺乳類です。

ほとんど潜水できず、背中の上部を水の外にのぞかせた状態で漂っていたと言われている

泳ぎが苦手で、背を海面に出してぷかぷかと浮かんで暮らしていたようです。

▷ 海面に浮かぶその巨大な背中は、海鳥たちの丁度いい休憩場だったのかもしれない。

歯が退化してなくなり、手のようなヒレには指の骨がありません

アザラシやクジラでさえ、5本並んだ指の骨がありますが、ステラーダイカイギュウには指の骨が退化しありませんでした。
歯もなく、突起が並んだ板状の角質で海藻をすりつぶして食べていたようです。

以前はジュゴン科だったが、その後の研究で現在ダイカイギュウ科に分類されている

ジュゴン目に属する現生の二科(ジュゴン科、マナティー科)のうち、どちらにも属さない特徴を持っているため、ダイカイギュウ科として分類されています。

ステラーカイギュウは、寒冷適応型のカイギュウ類(ステラーカイギュウ亜科)の、最後の生き残りだった

寒冷地に適応し脂肪を蓄える為に身体を巨大化させたカイギュウ類として、ステラーダイカイギュウ以外の種は有史以前に絶滅しており、ステラーダイカイギュウは唯一の生存種でした。

出典ameblo.jp

▷ 現生のジュゴン、アメリカマナティーとの大きさの比較。

遭難した探検隊による偶然の発見

1741年、デンマーク人ベーリングのひきいる探検隊が北太平洋、現在のコマンドル諸島のベーリング島付近で遭難

8年にも及ぶ北アメリカ沿岸の調査を行っていたベーリング船長率いるセント・ピョートル号は、乗員たちが壊血病にかかったため、カムチャツカ半島のペトロパブロフスク港へ帰ろうとしていたところ、コマンドル諸島付近で嵐に遭い、無人島(今のベーリング島)で座礁してしまいました。

座礁した探検船「セントピョートル号」
偶然にもそこに誰もみたことのない巨大な生き物がいた。
体長は9mそして胴回りは6mを超えるクジラサイズの巨大な海牛だった。

座礁したベーリング島周囲の浅瀬には、見た事もない巨大な海獣が生息していたのです。

その存在を発見したのは、ロシア帝国によって結成された第2次カムチャツカ探検隊の医師であるゲオルク・ヴィルヘルム・シュテラー(ステラー)

この海獣の名はベーリング船長の探検隊に同行していた医師、ステラーにちなんでいます。

遭難者たちの食料として…

ステラーカイギュウはカムチャツカ探検隊にとって神の助けと言っても過言ではなかった。
その肉は子牛に似た味と食感をもっており、比較的長い時間保存することができた

越冬期間、また帰還する際の保存食としても非常に有用な食糧となりました。

脂肪は甘いアーモンド・オイルのような味がし、ランプの明かりにも使われた

ステラーカイギュウ1頭から、3トンあまりの肉と脂肪を手に入れることができたと言われています。

皮は靴やベルト、ボートを波から守るカバーに利用され、ミルクは直接飲まれたほか、バターにも加工された

探検隊77名のうち、半数以上の45名が生還できたのも、まさにこの遭難者にとっての“神の恵み”ともいえるステラーダイカイギュウのお陰だったといえます。

そして絶滅まで多くの時間は要さなかった…

▷ 警戒心の薄いステラーダイカイギュウを、ハンターたちは次々と殺していった…。

生き残った者は医師兼動物担当者G・ステラー(1709~1746)の指揮のもと新たにボートを作り、10ヶ月かけてペトロパブロフスク港へ帰りついた

島でベーリング船長も壊血病に罹り亡くなってしまいますが、生き残った探検隊の人々は遭難の翌年、なんとかロシアに生還を果たします。

ステラーカイギュウと名づけられたこの海獣の話はすぐに広まり、その肉や脂肪、毛皮を求めて、カムチャツカの毛皮商人やハンターたちが、数多くコマンドル諸島へと向かい、乱獲が始まった

生還したステラーは、のちに著書でこの海獣の存在、そしてその肉がとても美味であること、毛皮がとても高品質であり有用であることなどを伝えます。遭難から帰還した“英雄”によるこの話はすぐに広まり、多くのハンターが生息地へと赴いたといわれています。

ステラーダイカイギュウは敵に対して無防備で、ハンターに襲われてもただ海底にうずくまるだけだったという。それどころか仲間が殺されると、それを助けようと集まってくる習性があったといわれる

彼らには傷ついた仲間をかばう習性があり、一頭が傷つくと助けようと集まってきたそうです。
動作も鈍く、ハンターたちにとって彼らを殺害することは簡単でした。

特にメスが襲われた時はオスが何頭も集まってきた。そして突き刺さったモリやロープをとろうとした

このような優しい習性すら、ハンターたちには好都合以外のなにものでもなかったようです。

このような動物を銛やライフルで殺すことは容易だったが、何トンにもなる巨体を陸まで運ぶことは難しいため、ハンターたちはカイギュウをモリなどで傷つけておいて、海上に放置した

傷つけられたステラーダイカイギュウはやがて出血多量で死亡し、岸に打ち上げられ、ハンターはそこで捕獲するのを狙いましたが、実際に岸まで運ばれる死骸は死亡した中の20%程度で、他はそのまま海の藻屑となってしまったようです。

▷ ステラーダイカイギュウの骨格。指の骨が退化しなくなっているのが分かる。

1768年、シュテラーの昔の仲間であったイワン・ポポフという者(マーチンの説もあり)が島へ渡り、「まだダイカイギュウが2、3頭残っていたので、殺した」と報告しているが、これがステラーカイギュウの最後の記録となった

発見から27年後ステラーダイカイギュウは姿を消した

ハンターたちによる非情な乱獲により、発見からわずか27年でこの巨大な海獣は地球上から永遠に姿を消しました。

もともと生息数が少なかったところに人間が追い討ちをかけ、絶滅に至ったものと考えられている

発見当初の生息数はベーリング船長の記録によるとわずか約2,000頭だったようです。

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