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なぜ「生類憐れみの令」は誤解されているのか

様々な俗説が飛び交い、誤解されることの多い「生類憐れみの令」。歴史上でも名高い悪法として知られていますが、実際の内容は殆ど理解されていないのが実情であり、その法令が幕府終焉まで効力があったという事実は歴史上から忘れ去られています。

更新日: 2014年10月28日

forestaiさん

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『生類憐れみの令』は歴史上でも名高い悪法として知られていますが、実際の内容は殆ど理解されていないのが実情です。

生類憐みの令を「天下の悪法」と決めてかかっていませんか?

よくある誤解

・「生類憐れみの令」の被害者は何千、何万、何十万といる。民衆は苦しめられた
→実際は、重罪扱いだったのはせいぜい一年に数人で、武士階級中心でした。しかも、それらの多くは生類憐みの令に違反したためというよりは、お触れに違反したためという、いわば「反逆罪」的な要素をもっての厳罰でした。

・生類憐れみの令で殺生は全国で厳しく取り締まられた
→実際の摘発者はほとんどいません。地方においてはほとんど無視されていたという見解もあります。たとえば名古屋の武士の日記では、生類憐れみの令に配慮しておおっぴらにせず魚釣りをしていて、その程度の配慮だけで特に問題にならず、他の処罰者の話も皆無です。当時の処罰記録でも、ごく少数の武家階級に対して厳罰が下された事例しか発見できません。

・生類憐れみの令で民衆は皆おびえていた
→法令を皮肉る行動をしたり、犬を殺して見せしめにしたりと、法律に反抗する動きが減らないため、その後、法令が複雑化していくことになりました。

・生類憐れみの令の目的は、綱吉の跡継ぎ誕生のための願掛け
→薦めたという僧侶隆光がそのころ江戸にいないし、全くのデマなのはほぼ確実です。また、他の当時の記録で何箇所も綱吉本人が、国民のモラル向上のためという目的を語っています。

・法令に嫌悪感を抱いた水戸藩主の徳川光圀は、綱吉に上質な犬の皮を送りつけるという皮肉を実行した。
→明確な出典が確認されず後世の創作の可能性が高いです。

まずは『生類憐れみの令』の本筋は何であったかと言う事ですが、これは犬を始めとする動物の保護などではなく本当の憐れみは捨て子にかけれれたモノでした。 つまり本筋は「捨て子保護政策」であり、動物保護はその“おまけ”でしかなかったのです。

生類憐れみの例といえば犬のイメージが目立ちますが、実際には「人間の子供、老人、病人などの保護」の方が全国的にはより重要な扱いでした。なお綱吉本人は特に犬好きではなかったようです。犬関連の法令が増えたのは、江戸などの都市部で、野犬や飼い犬に関する問題が多かったための模様。

六代将軍家宣が将軍職を引き継いだ時に廃止をしたのはこの“おまけ”の方であり本筋の「捨て子保護」は継続され続けた。

継続された結果、その後「当たり前」になったため、生類憐みの令の一環と意識されなくなってしまいました。

綱吉は、戦国以来の殺伐とした社会風潮を、このへんで改めて「文治国家」に変えていきたいと願っていたのです。大名も庶民も力ずくで押さえ込もうとしたのが、父・家光時代の政策です。これを転換し、学問を奨励し、人の心を優しくしようと努力します。何事も「力づく」が横行し武士も町人も何かと言うと喧嘩で殺しあうような気風を、改めようとしていたのです。

この時より人々から戦国期のような猛々しさがなくなり、「江戸期全体で起こった事件の数より今の東京で一年間に起こる事件の方が断然多い」と史家に言わせる超安全国家が出来上がったのです。

綱吉の時代に江戸の治安は劇的によくなったというのは紛れもない事実です

「人を殺すなんてとんでもない」という風潮ができたのは、この法律ができたあとのことです。人を殺すのはとんでもない悪事であるという意識の中に、われわれ現代人は生きています。我々の日常的な倫理の中に、そうした意識は深く根を下ろしています。ところが戦国時代は、人を殺すことが功名だという意識をもって、世の中は動いていました。日本人の意識の大転換が起こったのは、実は綱吉の時代なのです。

なぜ偏った解釈が広まったのか?

当時の「荒々しい」人々は、この意外性の強いお触れに対し、次々に裏をかいておちょくり、そのため幕府側も次々に詳細なお触れで対抗するという、ある意味で不幸なループに陥り、そのため事実をはるかに上回る「面白い話」として後世に伝えられてしまったのではないか

今の動物愛護法の原点とも言われていますが、当時の庶民には受け入れがたい価値観だったため、反発も大きかったようです。

また、綱吉の後に政権を握った新井白石が、自分の政権を自画自賛するために、綱吉時代を過剰に貶めて、生類憐れみの令についても害悪を誇張しまくったことにもよります。

色々な不運が重なった結果、東スポなみの珍説やデマが真実のように広まってしまったようです。

「生類憐みの令」の原文

覚え

一、捨て子これ有り候はば、早速届けるに及ばず、その所の者いたはり置き、直(じき)に養ひ候(そうろう)か、または望みの者これ有り候はば、遣はすべく候。急度(きっと)付け届けるに及ばず候事。

一、鳥類・畜類、人の疵(きず)付け候やう成るは、唯今(ただいま)までの通り相届けるべく候。その外友くひ、またはおのれと痛め煩ひ候ばかりにては届けるに及ばず候。随分養育致し、主(あるじ)これ有り候はば、返し申すべき事。

一、主無き犬、頃日(けいじつ)は食物給(たべ)させ申さず候やうに相聞こえ候。畢竟(ひっきょう)食物給させ候えば、その人の犬のやうに罷(まか)り成り、以後まで六ケ敷(むつかしき)事と存じ、いたはり申さずと相聞こえ、不届きに候。向後左様これ無きやう相心得るべき事。

一、飼ひ置き候犬死に候えば、支配方え届け候よう相聞こえ候。別条無きに於ては、向後ケ様(かよう)の届け無用の事。

一、犬ばかりに限らず、惣じて生類、人々慈悲の心を本といたし、あはれみ候儀肝要の事。

 以上

 卯四月 日

現代語訳

覚え

一、捨て子があればすぐさま届け出ようとせず、その場所の者がいたわり、みずから養うか、またはのぞむ者がいればその養子とせよ。よいか、届け出なくてかまわない。

一、鳥類・畜類で、人が傷つけたと思われるものは今までのように届け出よ。共食いやみずから傷つけたと思われるものは届け出なくてよい。それらを養育し、持ち主があればかえすようにせよ。

一、飼い主がいない犬に日ごろ食べ物をあたえないようにしているという。それは要するに食べ物をあたえれば、その人の飼い犬のようになって面倒なことがおこると考え、いたわらないでいるらしいが、けしからん。これからはそのようなことがないように心得よ。

一、飼い犬が死ぬと、飼い主は上司へ届けでているという。その死に異常がなければ、これからはそのような届け出は無用である。

一、犬ばかりにかぎらず、人々はすべて生類へ慈悲の心からでるあわれみをほどこすことが肝要なのである。

 以上

 四月 日

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forestaiさん

初心者ですが良いまとめを作れるよう頑張ります。

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