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えっ…あの任天堂がラブホを経営!? 任天堂の意外な歴史

子供達の憧れ、信頼のゲームメーカー、任天堂。1889年創業のこの老舗企業には、迷走していた時代もあったようです。

更新日: 2014年09月15日

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日本が世界に誇る優良企業=任天堂…だけど…

任天堂は1889年創業の、日本を代表するエンタメ企業

元々は花札のシェアNo.1、現在では世界中に多大な影響力をもつゲーム会社として知らない人はいない企業です。

「子供が遊ぶゲーム機」から「家族で遊ぶゲーム機」に需要を進化させた

一部のマニアのものだった「TVゲーム」を、老若男女に浸透させました。

任天堂は、今では、子供が憧れる、日本の超優良企業

業績不振などが騒がれていますが、その実績や信用を見ればまだまだ憧れの企業です。

ファミリー向けの比較的健全なゲームメーカー、というイメージの強い任天堂だが、ときたま色々とやらかすときがある

このまとめでは、そんな任天堂の「黒歴史」を調べてみました。

ゲーム事業参入前、迷走した任天堂の多角経営

1949年から2002年まで任天堂の社長を務めた。

1964年頃、ディズニートランプの成功に気をよくしていた山内社長(当時)が、アメリカのカード(トランプ)業界を視察した際、そのトップ企業があまりにもショボかったため、業界の限界を悟った

元々花札やトランプで成功を収めた企業ということは良く知られていますが、この市場は流行り廃りも激しく、当時の山内社長は安定した業種への進出を考えていたようです。

1960年代に入ってから多角経営(1960年にダイヤ交通、1961年に三近食品を設立)を行ったが、その全てがノウハウ不足などにより失敗

山内の他業種への進出の夢は1970年初頭まで続き、事務機器業界や育児関連用具業界、ラブホテル経営などへ進出したが、その全てが失敗に終わった。

任天堂はゲームウォッチが発売されるまで、迷走を続けていた。

横井軍平氏が開発した「ゲーム&ウォッチ」が1980年に発売され成功を収めるまで、任天堂は迷走を続けていたようです。

任天堂のベビーカー「ママベリカ」

任天堂が昭和40年代に発売していたB型ベビーカー。

任天堂は玩具を作りつつ、安定して利益を得ることが出来る実用品の販売を始めた。そのうちの一つがこのベビーカー

しかし、部材が折れるなどのクレームが寄せられ、問屋や販売店から回収する事態となった

すでに当時からアップリカやコンビといった育児用品の専業メーカーが市場を形成しており、「ママベリカ」は苦戦をしいられたようで、残念ながら成功をおさめることなく撤退

ちゃんと「Nintendo」って書いてあるー!!

任天堂のタクシー会社「ダイヤタクシー」

USプレイングカードゲーム社の視察後に任天堂が展開していた、脱カード事業の内の一つ

カード会社であった任天堂と若き経営者であった当時の山内 溥にはタクシー会社の経営ノウハウはなく、経営不振に陥った

後に任天堂から分離。京都名鉄タクシーを経て南ヤサカ交通として事業を継続している

画像が小さくてごめんなさい。

任天堂の食品会社「三近食品」のインスタントライス

調理法は現在の包装米飯とは異なり、お湯を注いで3分待つものだった

お粥のようでとても不味く、山内溥も落胆したが、それでも強行発売して失敗した

巨額な投資を行い大学施設で研究を重ね、「三近食品」という食品系子会社までつくり発売したものの、ドロドロですげえまずかったらしい。

60年代に任天堂は三近食品(サンオー食品)という子会社を作り、ポパイラーメン、カップライスといったインスタント食品を開発していたが、ノウハウ不足でコケた

「インスタントライス」の他にもインスタント食品をいくつか販売していたようです。

任天堂のラブホテル

(※画像はイメージです)

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