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酒と女に溺れた世紀のカリスマ、セルジュ・ゲンスブールの音楽と伝説

数々の浮き名、そして今なお愛されるフレンチポップの名曲。フランスが生んだ世紀のカリスマ、セルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)の人生と音楽をまとめます。

更新日: 2016年05月27日

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セルジュ・ゲンスブールという男

1928年4月2日 - 1991年3月2日
フランスの作曲家、作詞家、歌手、映画監督、俳優。

1928年4月2日、ユダヤ系ロシア人の両親のもとに生まれたセルジュ・ゲンズブール、本名ルシアン・ギンズブルグ

1950年代にバーのピアニストから出発し数々の成功を収めた、フランスが世界に誇るアーティスト。

1958年にLe Poinçonneur des Lilas(『リラの門の切符切り』)でデビューして以来、反体制的な作風で人気を博し1960年代の特に後半から1970年代にかけてフランスのポピュラー音楽において中心的な役割を果たした

デビュー曲「リラの門の切符切り」は、彼があるとき改札係に「なにか望みは」と尋ねたところ、「空が見たい」と答えたことから生まれました。
パリのモンパルナス墓地にある彼の墓の周りにはこのデビュー曲にちなんで地下鉄の切符を供えるため、切符が散乱しています

いまさら論じるまでもないモテ男であると同時に、忘れられない名曲の数々を世に送り出し、ブリジットやジェーン、ヴァネッサ・パラディに至るまで多くの女性たちに自らの楽曲を提供し続けた

自らコンプレックスを抱いていたというその容姿とは裏腹に、数多の著名女性と浮き名を流しスキャンダルには事欠かない人生を送りました。

作詞に特徴が強く、ダブル・ミーニングなどの言葉遊びを多用する。また、ときにはメタファーを使って、ときには露骨に性的な内容を語った歌詞が多い

性的な内容の歌詞が多く、フランス・ギャルに提供した楽曲「アニーとボンボン」などは後にギャルがその曲の本当の意味を知り、ショックを受けてしばらく引きこもってしまいました。

1991年に亡くなってからも、音楽やファッション、その存在自体が影響力を放って止まない男

女性関係

セルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキン。

彼の名声はそのミュージシャンとしての才能よりも数々の女性と浮名を流した面での方が大きいかもしれない

様々な著名女性と浮き名を流し、スキャンダラスな生涯を送った人物。

実際、ゲンズブールの人生に色を添えた女性は
フランス・ギャル、アンナ・カリーナ、ペトゥラ・クラーク、マリアンヌ・フェイスフル、ブリジット・バルドー、ジェーン・バーキン、カトリーヌ・ドヌーヴ、バネッサ・パラディ・・・
とざっと挙げただけでも錚々たるもの

学生時代のロマンスの、最初のエピソードが、あのサルヴァドーレ・ダリの愛人と付き合ったこと

学生時代にはシュルレアリスムの旗手、画家サルヴァドール・ダリの愛人と一夜を過ごし、そのまま結婚。最初の妻に。

人気絶頂のブリジット・バルドーと恋に落ちるが、バルドーの夫の怒りを買って収束

ジェーン・バーキンとのデュエットで有名な、エロティックな名曲「Je t'aime... moi non plus」は最初ブリジット・バルドーのために書かれましたが、バルドーの夫の怒りを買って当時発表されることはありませんでした。

コンプレックスって、創造の源なのです。そしてコンプレックスを抱えている人間はとてもセクシーだから、魅力的

セルジュ・ゲンスブールの一生を綴った2010年の映画。
破天荒な生涯、数々の名曲、華やかな女性遍歴。
ゲンスブールの魅力が存分に詰め込まれています。

伝説

TV番組「セット・シュル・セット」の生放送、いったん所得に税金がかけられると手元にはわずかしか残らないということへのデモンストレーションとして、セルジュは500フラン札を燃やして見せた

違法と知りながら、テレビの生放送で紙幣をライターで燃やしました。結果、この行為は金持ちのやる挑発にしかとらえられず、フランス国内で激しい非難、怒り、不快感、反感を巻き起こしました。

仏国歌「ラ・マルセイエーズ」のレゲエ版を作ってライブ会場を右翼に包囲され、ライブが中止に追い込まれた

日本でも似たようなことをやった人がいましたね…。

「ジュテーム・モア・ノン・プリュ」が世に出たときは猥褻かどうか大変問題になった

「Je t'aime... moi non plus」はフランス国内でも夜23時より前は放送禁止に指定されたようです。

「ジェーン・バーキンのどこが好きか?」と質問した時ゲンズブールはこう答えた
「彼女の心の中にいる俺」

これがエスプリなのか…!?

晩年、テレビに出演する機会は多かったが髭も剃らずしばしば酔ったままで現れた。ホイットニー・ヒューストンと共演したときには"I want to fuck you"と発言した

動画

フレンチポップのもっとも代表的な名曲「ジュテーム・モワ・ノン・プリュ」。
ジェーン・バーキンの喘ぎ声も衝撃的な、親密すぎるデュオ。
ヴァチカンなどでは放送・発売禁止を引き起こすも、全世界で600万枚以上を売り上げた。

ショパンの「別れの曲」を題材にアレンジし、ジェーン・バーキンとの間に生まれた何も知らない無垢な娘、シャルロット・ゲンズブール(当時13歳)と「近親相姦」をテーマに歌った問題作。
シャルロットは「この曲は父と娘の純粋な愛についての歌」と語っている。

セルジュが監督を務めた、ジェーン・バーキン主演映画「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」中で使用された名曲「ジョニー・ジェーンのバラード」。ピアノの旋律が印象的です。

セルジュがフランス・ギャルに提供した「夢見るシャンソン人形」。
1965年にイタリアで行われた第10回ユーロビジョン・ソング・コンテスト優勝曲。
聴くに耐えない音痴っぷりですが、アイドルなので大目に見てあげて。

同じくフランス・ギャルに提供した邦題「アニーとボンボン」。棒付きキャンディが大好きな女の子の歌ですが、セルジュはこの歌詞に卑猥な意味も込めてしまいました。
何も知らないフランス・ギャルは、後にその隠された意味を知って大きなショックを受けることに…。

1963年にセルジュがジュリエット・グレコに捧げ、今やシャンソンのスタンダードにもなっている「ラ・ジャヴァネーズ」。
グレコとは関係をもとうとしたところを、ロシア貴族の娘だった2人目の奥様に止められたというエピソードがある。

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