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【閲覧注意】三島由紀夫 割腹自殺の全容

日本の作家、三島由紀夫が、憲法改正のため自衛隊の決起(クーデター)を呼びかけた後に割腹自殺をした事件である。この事件は日本社会に大きな衝撃をもたらしたけではなく、海外でも、国際的な名声を持つ作家の起こした異常な行動に一様に驚きを示した。

更新日: 2014年08月14日

romonさん

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自衛隊突入決行

戦後の日本文学界を代表する作家の一人である。代表作は小説に『仮面の告白』、『潮騒』、『金閣寺』、『鏡子の家』、『憂国』、『豊饒の海』四部作など、戯曲に『鹿鳴館』、『近代能楽集』、『サド侯爵夫人』などがある。人工性・構築性にあふれる唯美的な作風が特徴。

1970年(昭和45年)11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室を森田必勝ら楯の会メンバー4名とともに訪れ、面談中に突如益田兼利総監を、人質にして籠城。

楯の会

三島由紀夫による「民兵」(ミリシア)を模した組織。「楯の会」の名称は、万葉集防人歌の、「今日よりは 顧みなくて 大君の 醜の御楯と 出で立つ吾は」(詠み人:今奉部與曾布―いままつりべのよそふ)と、江戸末期の歌人・橘曙覧の、「大皇の 醜の御楯と いふ物は 如此る物ぞと 進め真前に」に2首に由来する。

三島に同行した楯の会メンバー

私兵である「楯の会」会員から、計画に参加する数名を慎重に選んで準備した。この特別班は、滞りなく事が運ぶようにリハーサルさえ行った。

楯の会の制服を揃って着込んだ三島と若い部下たちは、車で市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に向った。三島は東部方面総監益田兼利陸将に午前十一時に面会を申し込んでいたので、一行は到着すると直ちに総監室に通された。二、三分雑談したあと、前もって打合わせておいた合図に従って、三島の若い部下たちは、なんの疑念も持っていなかった益田総監に飛び掛って縛りあげ、机や椅子などで部屋の入口を塞いだ。
そして、外で唖然としている幕僚らに対して、四つの要求を書いた紙を、ドアの隙間から滑り出させた。三島は、これらの要求が入れられなければ総監を殺し、自分も切腹すると脅迫していた。混乱した幕僚たちは武器も持たずに二回、室内の様子を見に押し入ろうとしたが、三島はまず彼らを威しつけ、刀を振り回して数人に怪我を負わせて、追い出した。暴漢となった作家の一行が本気であることを知った責任者は、捕われた総監の生命を気遣って、要求を受け入れた。彼は三島の演説を聞くために市ヶ谷駐屯地の全隊員を正午前に集合させること、午後一時十分までは何が起こっても妨害しないことに合意した。
http://www.geocities.jp/kyoketu/6105.html

演説

隊員たちに向ってマイク無しの肉声で、興奮した身ぶりをまじえつつ、真の「国軍」として目覚め、われわれの決起に参加せよ、と訴えた。

演説全文(「………」は聞き取り不能部分)

私は、自衛隊に、このような状況で話すのは空しい。しかしながら私は、自衛隊というものを、この自衛隊を頼もしく思ったからだ。こういうことを考えたんだ。しかし日本は、経済的繁栄にうつつを抜かして、ついには精神的にカラッポに陥って、政治はただ謀略・欺傲心だけ………。これは日本でだ。ただ一つ、日本の魂を持っているのは、自衛隊であるべきだ。われわれは、自衛隊に対して、日本人の………。しかるにだ、我々は自衛隊というものに心から………。
 静聴せよ、静聴。静聴せい。
 自衛隊が日本の………の裏に、日本の大本を正していいことはないぞ。
 以上をわれわれが感じたからだ。それは日本の根本が歪んでいるんだ。それを誰も気がつかないんだ。日本の根源の歪みを気がつかない、それでだ、その日本の歪みを正すのが自衞隊、それが………。
 静聴せい。静聴せい。
 それだけに、我々は自衛隊を支援したんだ。
 静聴せいと言ったら分からんのか。静聴せい。
 それでだ、去年の十月の二十一日だ。何が起こったか。去年の十月二十一日に何が起こったか。去年の十月二十一日にはだ、新宿で、反戦デーのデモが行われて、これが完全に警察力で制圧されたんだ。俺はあれを見た日に、これはいかんぞ、これは憲法が改正されないと感じたんだ。
 なぜか。その日をなぜか。それはだ、自民党というものはだ、自民党というものはだ、警察権力をもっていかなるデモも鎮圧できるという自信をもったからだ。
 治安出動はいらなくなったんだ。治安出動はいらなくなったんだ。治安出動がいらなくなったのが、すでに憲法改正が不可能になったのだ。分かるか、この理屈が………。
 諸君は、去年の一〇・二一からあとだ、もはや憲法を守る軍隊になってしまったんだよ。自衛隊が二十年間、血と涙で待った憲法改正ってものの機会はないんだ。もうそれは政治的プログラムからはずされたんだ。ついにはずされたんだ、それは。どうしてそれに気がついてくれなかったんだ。
 去年の一〇・二一から一年間、俺は自衛隊が怒るのを待ってた。もうこれで憲法改正のチャンスはない!自衛隊が国軍になる日はない!建軍の本義はない!それを私は最もなげいていたんだ。自衛隊にとって建軍の本義とはなんだ。日本を守ること。日本を守るとはなんだ。日本を守るとは、天皇を中心とする歴史と文化の伝統を守ることである。
おまえら聞けぇ、聞けぇ!静かにせい、静かにせい!話を聞けっ!男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんだぞ。いいか。いいか。
 それがだ、いま日本人がだ、ここでもってたちあがらなければ、自衛隊がたちあがらなきゃ、憲法改正ってものはないんだよ。諸君は永久にだねえ、ただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ。諸君と日本の………アメリカからしかこないんだ。
シビリアン・コントロール………シビリアン・コントロールに毒されてんだ。シビリアン・コントロールというのはだな、新憲法下でこらえるのが、シビリアン・コントロールじゃないぞ。
 ………そこでだ、俺は四年待ったんだよ。俺は四年待ったんだ。自衛隊が立ちあがる日を。………そうした自衛隊の………最後の三十分に、最後の三十分に………待ってるんだよ。
 諸君は武士だろう。諸君は武士だろう。武士ならば、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ。どうして自分の否定する憲法のため、自分らを否定する憲法というものにペコペコするんだ。これがある限り、諸君てものは永久に救われんのだぞ。
 諸君は永久にだね、今の憲法は政治的謀略に、諸君が合憲だかのごとく装っているが、自衛隊は違憲なんだよ。自衛隊は違憲なんだ。きさまたちも違憲だ。憲法というものは、ついに自衛隊というものは、憲法を守る軍隊になったのだということに、どうして気がつかんのだ!俺は諸君がそれを断つ日を、待ちに待ってたんだ。諸君はその中でも、ただ小さい根性ばっかりにまどわされて、本当に日本のためにたちあがるときはないんだ。
 そのために、われわれの総監を傷つけたのはどういうわけだ
 抵抗したからだ。憲法のために、日本を骨なしにした憲法に従ってきた、という、ことを知らないのか。諸君の中に、一人でも俺といっしょに立つ奴はいないのか。
 一人もいないんだな。よし!武というものはだ、刀というものはなんだ。自分の使命………。
 それでも武士かぁ!それでも武士かぁ!
 まだ諸君は憲法改正のために立ちあがらないと、見極めがついた。これで、俺の自衛隊に対する夢はなくなったんだ。それではここで、俺は、天皇陛下万歳を叫ぶ。
 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳! 天皇陛下万歳!
http://www.geocities.jp/kyoketu/61051.html

切腹

自衛隊の決起・クーデターを促す演説をした直後に割腹自決した。45歳没。

続いて森田も切腹した。

演説を終えた三島は、側らにいた森田と共に「天皇陛下万歳」を三唱したのち、総監室に戻った。なお、演説前か演説後に三島が恩賜煙草を吸ったかどうかは不明であるが、この現場に恩賜煙草は持参している。三島は、「20分くらい話したんだな、あれでは聞こえなかったな」とつぶやいた。そして、「益田総監には、恨みはありません。自衛隊を天皇にお返しするためです。こうするより仕方なかったのです」と総監に話しかけた。三島はその後、上半身裸になり、バルコニーに向かうように正座して短刀を両手に持ち、背後の森田を見上げ、「君はやめろ」と三言ばかり殉死を思いとどまらせようとした。また、割腹した血で“武”と指で色紙に書くことになっていたので、小賀が三島に色紙を差し出すと、「もう、いいよ」と言って淋しく笑い、右腕につけていた腕時計を、「小賀、これをお前にやるよ」と渡した。
そして、「うーん」という気合いを入れ、「ヤァ」と叫び、自身の左脇腹に短刀を突き立てた。総監が、「やめなさい」、「介錯するな、とどめを刺すな」と叫んだ。介錯人の森田は自身の切腹を控えていたためか、この時、介錯を三度失敗し(刀先がS字型に曲がってしまったのは、この時の衝撃ともいわれる)、剣道有段者の古賀浩靖が代わって、一太刀振るって頸部の皮一枚残すという古式に則って切断する。最後に小賀が短刀で首の皮を胴体から切り離した。続いて森田も切腹し、古賀が一太刀で介錯した。そして、小賀、小川、古賀の3名は、三島、森田の両遺体を仰向けに直して制服をかけ、両名の首を並べて合掌し、総監の拘束を解いた。3名の涙を見て総監は、「もっと思いきり泣け…」と言い、「私にも冥福を祈らせてくれ」と正座して瞑目合掌した。午後0時20分過ぎ、3名は総監室正面入口から総監を連れ出て、日本刀を自衛官に渡し、警察に逮捕された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E4%BA%8B%E4%BB%B6#.E6.B1.BA.E8.B5.B7.E3.81.AB.E8.87.B3.E3.81.A3.E3.81.9F.E7.90.86.E7.94.B1

腹の傷

十一月二十六日付「朝日新聞」の報道によると、牛込署捜査本部は二十五日同夜二人の遺体を同署で検視し、結果を次のように発表した。  
三島の短刀による傷はへソの下四㌢ぐらいで、左から右へ十三㌢も真一文字に切っていた。深さは約五㌢。腸が傷口から外へ飛び出していた。日本刀での介錯による傷は、首のあたりに三か所、右肩に一か所あった。  
森田は腹に十㌢の浅い傷があったが、出血はほとんどなかった。首は一刀のもとに切られていた。三島と森田は「楯の会」の制服の下には下着をつけず、二人ともさらしの新しい〝六尺″ふんどしをつけていた。
検視に立会った東京大学医学部講師・内藤道興氏は、「三島氏の切腹の傷は深く文字通り真一文字、という状態で、森田の傷がかすり傷程度だったのに比べるとその意気込みのすさまじさがにじみでている」と話した。
http://www.geocities.jp/kyoketu/6105.html

事件後

小賀正義、小川正洋、古賀浩靖に懲役4年の実刑判決が下された。

嘱託殺人、傷害、監禁致傷、暴力行為、職務強要の5つの罪で起訴。

著名人の反応

川端康成

ただ驚くばかりです。こんなこととは想像もしなかった。もったいない死に方をしたものです。

開高 健

三島さんは本気だったんだな。

五木寛之

もし三島由紀夫がロックに興味を持っていたなら、ああいうことにはならなかったろうと思う。

中曽根康弘

常軌を逸した行動というほかなく、せっかく日本国民が築きあげてきた民主的な秩序を崩すものだ。徹底的に糾弾しなければいけない。

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