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エボラ流行地への入国制限開始、感染国孤立化へ

南アフリカやケニア、セネガルなどアフリカの主要国が相次いで、ギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国からの入国を制限し始めた。この動きはアフリカ全土に広がりつつある。

リベリア当局者は22日、国内のエボラ無感染地域が消滅し、全土が感染地域となったと発表。またシエラレオネでは同日、エボラ患者を隠した者に最長2年の禁錮刑を科す法律が国会を通過した。

少しづつ、じわじわと会話に上り始めたある名前

てかエボラ感染してる看護師がいろんなとこ立ち寄ったせいで首都以外にも広がりそうとかやべえな。チフスのメアリーとかみてえ

メアリーは19世紀から20世紀を生きた、一人のアメリカ人女性

1863年に生まれたメアリー・マローンは、「死の先導者」、あるいは「アメリカで最も危険な女」と呼ばれた女性。

1884年にアイルランドから米国に移住したといわれ、ニューヨークで善良な料理人として働いていたメアリーは、その特異的な体質から、健康体でありながら生涯の約半分に当たる期間を隔離病院のガラスの中に収容されることになった。

出典メアリー・マローン - Wikipedia

メアリーが合計30年隔離され、そのまま生涯を終えることになった、ニューヨーク、ノース・ブラザー島の隔離病院

20世紀初頭、ニューヨークを襲った腸チフスの流行

腸チフスは、細菌感染症のひとつ。病人や保菌者の大小便にまじって出た腸チフス菌が、飲食物に入って経口感染する。感染力が高く全身衰弱をおこす重い病気で、現在の日本では感染症予防法の2類感染症に指定されている。

メアリーを雇用していた最初の家族は8人中7人が、次は11人中6人が腸チフスを発症し、一部は死亡。同じようなことが彼女を雇用した先々で起こり、彼女の後を追うようにニューヨークで腸チフスが流行していった

1906年、腸チフス研究者ジョージ・ソーパーは、この「背の高いアイルランドの女性」が感染源であると確信し、1907年6月15日にその研究結果を米国医師会雑誌に発表した。

メアリーの特異点―健康な保菌者「無症候性キャリア」という存在

病原体による感染が起こっていながら、明瞭な症状が顕れないまま、他の宿主(ヒトや動物など)にその感染症を伝染させる可能性のある宿主のこと。

腸チフスをまき散らす死の料理人という存在は、はそのセンセーショナルな内容から、「チフスのメアリー」として新聞紙面に紹介された

【腸チフスのメアリー】普通であればサルモネラ・ティフィが消化管に侵入すると腹痛や高熱などの症状に悩まされることになる。しかし極稀に健康な保菌者になる人間がいる、彼女の場合、仕事が料理人であったのも不幸であった、図らずも多くの患者を出してしまった悲劇の女性は隔離病院で生涯を閉じた。

隔離、裁判、逃亡、そして死に続く強制収容まで

メアリーは納得しなかった。メアリー自身はそれまで腸チフスを発症したことがない健康体で、「いわれのない不当な扱いを受けている」と感じたのだ

隔離病院の中からメアリーは裁判を起こし、一度は勝利と自由を手にしたが、偽名を使って潜伏。1915年に再びチフスの感染源として発見されると、拘束、強制的に隔離され、そのまま69歳で亡くなるまでノース・ブラザー島の隔離病院から出されることはなかったという。

1963年に島ごと放棄されたノースブラザー島は、性病やヘロイン中毒、天然痘やハンセン病まですべてを受け入れていた隔離施設で、いまでは廃墟になっている

―防疫か? ―人権か?

メアリーの境遇は、公衆衛生と個人の人権という二つの観点から議論され、公衆衛生の意識を高めるための教材として語られている

※『The Last of Us』プレイ画面
「見た目健康だが、もう手遅れ」な感染者をどう扱うべきなのかは、文学やゲームの素材としても延々と取り上げられ続けているテーマ。

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えび天国さん

今年もまた好きなこと、調べたことをマイペースにまとめていきます。

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