1. まとめトップ

【現役最高齢プロデューサー】牧村憲一の歴史がすごい!【音楽界の生き字引】

加藤和彦や竹内まりや、大貫妙子、フリッパーズ・ギター、トラットリア・レーベル、あるいは忌野清志郎+坂本龍一の「い・け・な・い ルージュ・マジック」などに関わってきた現役最高齢プロデューサー!

更新日: 2015年11月29日

CONTORTIONSさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
5 お気に入り 16621 view
お気に入り追加

牧村憲一とは?

牧村は当時、日本では存在自体が珍しかった、フリーランスの音楽プロデューサーの草分けのひとりとして、今日まで40年にわたる経験をもつ人物。トラットリアも牧村にとっては数多くかかわったレーベルのひとつにすぎず、加藤和彦や竹内まりや、大貫妙子、フリッパーズ・ギター、あるいは忌野清志郎+坂本龍一の「い・け・な・い ルージュ・マジック」など数々の大物ミュージシャンの作品を制作、同時に多くのレーベルを立ち上げてきた。日本音楽史に残る、まさに音楽界の生き字引的存在だ。

◆その歴史を見てみましょう。

小室等、六文銭のマネージャーを経て小室等、吉田拓郎、南こうせつとかぐや姫、イルカ、山本コータロー&少年探偵団たちを擁するユイ音楽工房、ユイ音楽出版の設立に参加する。

CM制作会社オン・アソシエイツに移籍後、プロデューサー大森昭男氏のもとで、大瀧詠一の「サイダー73」、山下達郎「不二家ハートチョコレート」などのCM制作を担当する。

1975年、シュガー・ベイブ、センチメンタル・シティ・ロマンスの制作宣伝を目的としたレーベル会社アワ・ハウスを設立。シュガー・ベイブ解散後は、新規設立されたロフトレーベルにプロデューサーとして参加し、企画アルバム「ロフトセッションズ」などを制作。新たにマネージメント部門を加えたアワ・ハウスには、大貫妙子、竹内まりや、加藤和彦たちが所属した。

並行して企画制作会社セカンドを興し、加藤和彦と共にピエール・バルーのコンサート、「不思議な国のつかさ」(伊藤つかさ)などのミュージカル作品、SPY、Ex、「大阪で生まれた女」(BORO)、「Do you remember me」(YUKI)などを共同プロデュース。同時期、資生堂のCMソングを多く手がけ「不思議なピーチパイ」(竹内まりや)、「お帰りなさい秋のテーマ」(加藤和彦)、「い・け・な・いルージュマジック」(忌野清志郎+坂本龍一)がヒット。他にも「子供たちを責めないで」(伊武雅刀)など数々のヒット作品に関わっている。

1984年、Yellow Magic Orchestraを散開した細野晴臣が主宰するレーベル「ノン・スタンダード」に制作担当プロデューサーとして参加。同レーベルには細野晴臣を筆頭に、その後YOUを迎えたFAIRCHILDの前身SHI-SHONEN、田島貴男、野宮真紀を迎えたピチカート・ファイブ、プロデューサーに転じた成田忍のアーバンダンスやワールド・スタンダード、海外よりMIKADOが所属していた。

ノンスタンダード」解散後、プロデュースの仕事の基盤をレコード会社に移転、ポリスターレコード内に牧村制作室を作る。その最初のアーティストがフリッパーズ・ギターとなる。

1 2 3





CONTORTIONSさん

このまとめに参加する



  • 話題の動画をまとめよう