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りえママ光子さんが肝腫瘍で死去…宮沢りえが母と歩んだこれまで

女優の宮沢りえさんの母親で「りえママ」としても知られた光子さんが、2014年9月23日、肝腫瘍で死去。享年65歳。ステージママとしてりえさんをサポートした光子さんと、宮沢りえさんが親子で歩んだこれまでをまとめました。ご冥福をお祈りします。

更新日: 2014年09月25日

monet333さん

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・女優の宮沢りえさんの母親の光子さんが、2014年9月23日に死去

宮沢りえさんの母、光子さんが死去

女優の宮沢りえさん(41)の母で、所属している「エム・ツー企画」の代表取締役を務める宮沢光子さん(65)が9月23日に死去した

9月24日夜、りえが事務所「エム・ツー企画」を通じ、直筆署名入りのファクスで報告した

・肝腫瘍の診断を受けるも自宅療養していた光子さん

肝腫瘍の診断を受けていた光子さん

事務所によると、光子さんは肝腫瘍の診断を受けたが、本人の意思で自宅療養をしていた

・りえさんも母の死にコメントを出す

りえさんも、母への思いをコメント

「最期に、生きるということの美しさと、凄まじさと、その価値を教えてもらいました」

「そういった全ての宝物を胸に、私は、役者として、母として、女として、惜しみなく生きようと思います。」と最愛の母への思いを書面にしたためた

・ステージママとしてりえさんを世に出し「りえママ」と呼ばれた光子さん

「りえママ」としてりえさんのデビュー直後から敏腕をふるった光子さん

少女時代から活躍したりえさんに付き添い、芸能活動を支えた光子さん

光子さんは、女手一つでりえを育て、芸能界の実力者が集まる東京・六本木の飲食店に出入りし、りえを芸能界に売り込んだ

光子さんは、りえさんの少女時代から芸能活動を支え、「りえママ」の愛称でも知られた

りえは11歳で芸能界デビュー後、光子さんのプロデュースのもと、めきめきと頭角を現した。仕事は全て光子さんが決め、人間関係もプロデュースしてきた

・二人三脚での芸能活動をしてきたりえさんと光子さんは一卵性母子ともされた

その仲のよさから、一卵性母子とも言われた2人

りえと光子さんは“一卵性母子”とも言われた。オランダ人の父親が母子の元を去ってからは、母1人娘1人、固い絆で生きてきた

所属事務所・エムツー企画代表取締役でもあった光子さんは“一卵性母娘”と言われるほど、娘を愛し、宮沢の女優としての成功に尽力

・光子さんプロデュースの、ふんどしカレンダーやヌード写真集は大きな話題に

当時、大きな話題となったカレンダーや写真集も光子さんのプロデュースによるもの

アイドル絶頂期だった1991年、18歳で、前代未聞のヘアヌード写真集「Santa Fe」を発売し、世間をアッと言わせたりえさん

10代の時に話題を集めた「ふんどしカレンダー」や、人気絶頂だった1991年、18歳の時に出版し衝撃を呼んだヘアヌード写真集「サンタフェ」などはすべて光子さんのプロデュースによるもの

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monet333さん

気になったことをいろいろまとめてます。よろしくお願いします。



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