1. まとめトップ

中森明菜 自殺未遂騒動の真相

当時交際をしていた恋人の自宅マンションにて自殺未遂事件を起こした。芸能活動を1年間ほど休止した騒動の真相とは。

更新日: 2016年01月23日

satou333さん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
13 お気に入り 529085 view
お気に入り追加

1965年7月13日生まれ
東京都大田区出身
本名で活動している

16歳の時に出場した日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』合格。

1985年の「ミ・アモーレ」と1986年の「DESIRE -情熱-」で2年連続となる日本レコード大賞を受賞。

低音とビブラート(明菜ビブラート)、ウィスパーボイスを始めとしたアダルティな歌唱が特徴。

1992年には連続テレビドラマ『素顔のままで』に安田成美とw主演し、その後も1998年の連続テレビドラマ『冷たい月』で永作博美と共にw主演など女優としても活動。

自殺未遂事件

当時交際していた近藤真彦の自宅マンションで肘の内側をかなり深く切って自殺未遂を起こした。

奥まで達していた傷

その日、明菜は近藤のマンションで、浴室で血を流して倒れていた。近藤が帰宅すると、明菜は「ごめんなさい」と泣きじゃくるばかりである。

「担当医から左ひじの内側を真一文字に切った写真を見せてもらって、これは大変なことだと思ったし、傷跡(深さ2cm長さ8cm)が残ることも考えられたね」

研音の社長として対応に追われた花見は、あまりの傷の深さに愕然となった。切れた血管や神経をつなぐために、実に6時間もの大手術が必要であった。
http://www.asagei.com/25542

理由は

「明菜はマッチとの結婚を望んでいたが、マッチに本気で結婚する気があったかは疑問。思いつめた明菜が自殺を図ったのだろう」(芸能関係者)

自殺未遂の理由は、1988年に近藤真彦と松田聖子のNYでの密会が報道されこれにショックを受けたとも言われている。

多額の金を貢いだ?

「明菜は結婚した時の新居の資金としてマッチに8000万円渡していた」という話まで真しやかに伝わっている。

金屏風会見

半年後の大晦日に中森と近藤は揃って謝罪会見をした。

出典 dailymotion

ジャニーズ事務所に呼び出された明菜は、ジャニーズ事務所から「婚約会見をするのできてください」と言われ、それを信じていた。実際に会見会場には、おめでたい席で通常使用される金屏風が設置されていた。
しかし、そこで行われたのは明菜の自殺未遂の謝罪会見であり、自殺未遂に関しては近藤真彦と全く関係がないと言わされた。近藤真彦は会見途中で明菜を残して退席している。いわゆる「中森明菜金屏風事件」である。

2014年紅白歌合戦で復帰

2010年10月、体調不良により芸能活動の無期限休止を発表。

2014年、第65回NHK紅白歌合戦に出演。

明菜は昨年までは入退院を繰り返していたが、今年からレコーディングを開始。紅白で披露する「Rojo-Tierra-」は、明菜にとって約5年4カ月ぶりのシングル曲になる。紅白でリリース前のシングル曲が披露された例はない。

「気持ちは体と一緒に動くので、体がついてこないと無理。気持ちはずっとあったが『早く早く』と思っても体は無理なので…」と休止期間を振り返った。現在の体調は「大丈夫」と強くうなずいた。

1





satou333さん



  • 話題の動画をまとめよう