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知られざる日本のミイラ信仰…永き苦行の末の『即身仏』という驚異

わずかな木の皮や木の実を食べ最大限肉体をミイラに近づける「木食修行」、そして生きたまま地下の石室に入り読経をしながら悟りの時を待つ「土中入定」──。想像を絶する苦行の末、即身仏となった人物たちをまとめました。

更新日: 2015年03月02日

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即身仏とは

山形県朝日村に生まれ、青年時代より仏門に帰依出家し、世の中に慈悲を尽くし生き仏として多くの人々より尊ばれた。
20代で即身仏を志し、70年にもおよぶ苦行を経て96歳で即身仏になった。

即身仏とは衆生救済を願い、厳しい修行のすえ自らの肉体をミイラにして残したお坊さんのこと

仏教の修行の中でも最も過酷なものとして知られる

遺体がミイラ化したら掘り出されて、ご本尊として奉られた

即身仏と即身成仏は全く別物である。違いは「成仏」が生きている状態で悟ること。

生きたまま究極の悟りを得る「即身成仏」とよく混同されますが、「即身仏」は瞑想を続けそのままミイラになることです。

現在全国に約24体の即身仏がお祀りされています。そのほとんどの即身仏が江戸時代以降に修行された行者さんのものです

真如海上人が祀られている大日坊では、6年ごとに真如海上人の衣替えを行っている。

即身仏になるための修行

生前に徳を積み、善行を積み重ねることで、弟子達からは 尊敬され、且つ信者からの厚い信仰も集めているということが必須条件

即身仏になると言うことは、すなわち死後も即身仏として祀られるということです。
即身仏になりたい方は、まず生前の善行に励みましょう。

即身仏になるための修行というのは、木食修行(もくじきしゅぎょう)と土中入定(どちゅうにゅうじょう)という二段階になっています

木の皮や木の実を食べることによって命をつなぎ、経を読んだり瞑想をする。まず最も腐敗の原因となる脂肪が燃焼され、次に筋肉が糖として消費され、皮下脂肪が落ちていき水分も少なくなる

「木食修行」では、生きている間に体を腐敗のしにくいミイラの状態に近づけていきます。

地下に穴を掘り、石室を築き、そこに入ります。竹筒で空気穴を設け、完全に埋められた行者は断食をしながら、鈴を鳴らし、経を読み上げながら、息絶えます

「土中入定」では、地上との最低限の通信手段を確保した地下の石室に自ら入り、死までの間、読経を行います。

その鐘の音が地上の人に聞こえなくなると、息が絶えたということで一旦掘り出され、すぐにまた埋められます。そうして1000日後(3年3ヶ月後とも)に再び掘り出されると、それだけであとは何もしなくてもちゃんとミイラになっているんだそうです

生前より関係者との信頼関係などが築かれていないと、埋められたまま放置されたケースもあるそうです…。

「即身仏」は自らうるしを飲んで内臓の防腐処理を自分でしてから死んでいく

入定中は防腐効果のある漆(当然人体には毒)までをも飲むのだそうです。

苦行の末に即身仏となる目的

日本に残るミイラ(即身仏)は果たして全て同じ目的・同じ理由でミイラになったのかというと、決してそうではない。全てが僧侶のミイラであるにも拘わらず、その思想的な背景は実にさまざまである

一口に即身仏といっても、宗派などによってその目的はさまざまなようです。

未曾有の飢饉、天災、疫病などにより、餓え苦しみ、恐れおののく人々を救うために、この世の苦悩を一身に背負い湯殿山に籠り、木食行、断食行をして、最後には己の身と引換えに衆生救済を一心に祈願しながら土中入定をして念仏往生した

多くの寺では、即身仏になったことの理由としてこのような説明がされているようです。

本来の修行の目的は即身仏になることではなく、己の悟りを開くことにある

真言宗の行人達の場合、弘法大師の説く哲理である即身成仏の実現を目指したという説もあります。以下に紹介する何人かの即身仏は、実際弘法大師(空海)と同じ62歳で即身仏となっていることからもこのことが窺えます。

日本の代表的な即身仏

1768年(明和5年)鶴岡市の出身で、25歳の時に出家。北は北海道から南は四国にまで湯殿山信仰の布教に大きな業績を残した。3000日にもおよぶ苦行を経て弘法大師空海と同一年齢の数え62歳で即身仏になったと伝えられる。

1859年頃より木食修行を始め、1881年62歳で即身仏になられた。当時流行っていた眼病から人々を救うために、自分の左目を犠牲にして願をかけたため、左目が残っていない。
最も新しく、最後になるであろう即身仏。

鎌倉時代の即身仏で、日本最古。
東北地方・北海道を中心に全国を行脚し、33ケ寺を建立した。
この写真は木造のレプリカ。

天明元年(1781年)に生まれ、諸国を巡って仏道修行をし、文化14年(1817年)、断食修行の後、今の山梨県都留市の御正体山で即身仏となった。
36歳という若さで、日本で最も若い即身仏として知られている。

宥貞法印は天正19年(1591年)、出雲国(現在の島根県)に生まれ、23歳で出家。諸国行脚後、最後の信仰の地となった小貫東永山観音寺の住職となり、人々へ尊い仏の教えを説いた。
福島県唯一の現存する即身仏。

天和3年(1683年)、61歳で本明寺境内で「3年3ヶ月したら塚を開いてくれ、即身仏になっているから…」と言い残し土中入定。そのとおり即身仏となって掘り出された。

!注意事項!

当然ながら現代では、このようなことは自殺として禁止されています

協力しても自殺幇助となるため、現代では即身仏となることは難しいことのようです。

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