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ジョニー大倉、死を前に矢沢永吉との〈キャロル〉再結成を願っていた…

矢沢永吉とともに伝説のロックバンド、キャロルでロックの一時代を築いたジョニー大倉が、19日午後5時56分に肺炎で亡くなっていたことが27日、分かった。

更新日: 2015年04月13日

syatohanさん

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◎ジョニー大倉、矢沢永吉と出会う

1972年4月、矢沢永吉が川崎駅近くのイトウ楽器店に自ら書いた貼り紙で募集をかけ、同年6月結成される。貼り紙の文句は、「ビートルズとロックンロール好きなヤツ、求ム!」

◎「キャロル」の名付け親、ジョニー大倉

クリスマス・キャロルからのインスピレーションという「キャロル」というバンド名に始まり革ジャンにリーゼントというスタイル導入も彼の発案によるもの。

本名、朴 雲煥(박운환 / パク・ウナン)。日本名、大倉 洋一。神奈川県出身。

◎1972年「キャロル」デビュー

日本のロックバンド。1972年デビュー、1975年解散。約2年半という短期間の活動ながらも強いインパクトを残し、以降の日本のロックシーンに大きな影響を与えた伝説のバンドと称される。

矢沢作曲、大倉作詩のコンビで、「ファンキーモンキーベイビー」など数々のの大ヒットを飛ばしました。

革ジャンにリーゼントというスタイル導入も彼の発案によるもの

◎日本に"ロックンロール"のブーム!!

72年にデビューすると火花を散らすような激しいステージが若者から圧倒的支持を受け、瞬く間にスターダムへのし上がった。

◎作詞家に多大な影響を与えたジョニー大倉

ジョニー大倉の日本語と英語をミックスさせた作詞センスは、後のアーティスト、作詞家に多大な影響を与えました。

◎しかし、ドラッグにのめり込むジョニー大倉

当時ドラッグに依存する生活ぶりで破綻をきたしていた

◎3ヶ月間失踪、精神病院で発見された…

人気絶頂時のツアー中、京都公演出発の朝に失踪、1973年11月23日~1974年2月中旬まで行方不明となった。発見されたのは川崎の精神病院だった。

◎矢沢とジョニーに亀裂が…

バンドの中期にジョニーがドラッグ依存で失踪、生活に破綻を来すなど、バンドに多大なる迷惑をかけた。

◎矢沢、レコード会社のやり方に激怒!

オリジナルの旧盤をあたかも新しいレコードのようにジャケットを変更して発売したレコード会社に激怒。矢沢永吉はこの頃からキャロルや自身の著作権、肖像権に神経を尖らせるようになった。

何か"こいつらの方がズルいぞ"と、直感で思ったんですよ。だからステージに立って、言われた通りに歌っている場合じゃないなと。

◎矢沢"コマになりたくない"

CAROLの頃には、もう僕は"コマになりたくない"と感じていたんでしょうね。後ろにいるヤツらは相当、うさん臭い会話をしている気がするなと。

◎ビートルズの本で肖像権や著作権を教わる矢沢

イギリス・リヴァプール出身のロックバンド

「ライブって最高だろ? 今日の夜も最高のステージをやるぞ! でも、これと同じくらいの比重で、肖像権に著作権に何から何までお前のものなんだよ。誰のものでもないんだぞ。人には取られるなよ」ということが書いてあるんですよ。

ビートルズにならって自らの音楽出版社を設立し、レコードやCDの売上にともなって支払われる著作権料のあり方に一石を投じた。

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