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神々が宿る日本の古代文字『ヲシテ』の謎

はるか昔、中国より漢字が伝わるより以前、日本には独自の文字がありました。古代日本の不可思議な文字『ヲシテ』と、それによって記された古文書『ヲシテ文献』をめぐるミステリーをまとめます。

更新日: 2015年04月02日

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日本の古代文字、ヲシテとは

漢字以前の日本で、縄文時代から使用されていた文字、これを、「ヲシテ(Woshi-te)」といいます。

漢字が日本に渡来する以前に使われていた「神代文字」のひとつと言われています。

「ヲシテ」は、過去の神代文字研究、または同文献の研究経緯により「ホツマ文字」「秀真文字」「伊予文字」と呼ばれたり、「オシテ」、「オシデ」と表記される場合もある。

「ヲシテ」の由来は、「ヲシテ」を用いて書かれた三つの文献「ホツマツタヱ」「ミカサフミ」「フトマニ」のなかでこの文字のことを「ヲシテ」と呼んでいるからです。

ヲシテを今に伝える「ヲシテ文献」

ヲシテ文献「ホツマツタヱ」(秀真伝)の一部文章。
五七調の長歌体で書かれている。

現存する文書としては、前編をオオモノヌシ(大物主)のクシミカタマ命が後編を大神神社の初代神主のオオタタネコ命が記したとされる『ホツマツタヱ』、前編をアマノコヤネ命が後編を伊勢神宮の初代の神臣(クニナツ)オオカシマ命が記したとされる『ミカサフミ』、アマテルカミ(記紀にいう天照大神)が編纂して占いに用いたと伝えられている『フトマニ』などが発見されている。

ヲシテ文献はいずれも、江戸時代中期にはすでに存在していた。

成立時期は不明ながら、江戸時代に書かれた書物『朝日神紀』『春日山紀』『神代巻秀真政伝』などにヲシテで記された『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』が引用されていることから、江戸時代中期には既に存在していたことが分かっています。

ヲシテ文献『ホツマツタヱ』概要

ホツマツタエは、古代大和ことばで綴られた一万行に及ぶ叙事詩

ヲシテによって五七調の長歌体で記され、全40アヤ(章)で構成された一大叙情詩です。

縄文後期中葉から弥生、古墳前期まで約一千年の神々の歴史・文化を今に伝えています。

構成は記紀(古事記、日本書紀)と同様とのこと。

記紀との大きな違いは、カミヨ(神代)の出来事は、天上の出来事ではなく、日本列島の上に実在の人物が、実在の場所で行った出来事として記述していることである。

作者は、前半天の巻・地の巻をクシミカタマ(神武時代の右大臣)が、後半人の巻をオオタタネコ(景行天皇時代)が、編纂、筆録と記されています。

『ホツマツタヱ』には、複数の写本が現存している。いくつかの写本では「ホツマツタへ」「ホツマツタエ」とも、また漢訳されて「秀真伝」「秀真政伝紀」とも表記されている。

ヲシテは本物? それとも後世の創作物?

漢文とヲシテが併記された古書物。

特に江戸時代においては国学が盛んになり、日本においても漢語の伝達前に独自の文字が存在したと言う説が流行しました。

この時にさまざまな文字が創作されて神代文字と呼ばれました。
「ヲシテ」もその一つではないかと言うのが一応の定説となっているようです。

この時代に創作された文字として、「阿比留草文字」「天名地鎮」「対馬文字」「琉球古字」など数種類が知られています。

歴史学、日本語学等の学界においては、戦前から清原貞雄らにより後世の偽書であるとされ、近年も日本史学の分野では武光誠、日本語学の分野では飯間浩明らにより江戸時代に神道家によって作成された偽書であるとされている。

基本文字の中に「ん」を含むことや、母音が5つで確定されていることなどを考えると、少なくとも「いろは」よりも前にあったものと考えることは難しいのではないでしょうか。

奈良時代以前の日本語「上代日本語」は母音は8つ程度あり、「ん」の文字もなかったということが後の研究で明らかになっていることから、48文字を基本とするヲシテは創作物である可能性が高いとされています。

他の神代文字と異なりヲシテ文献は真書であるとの説も

成立当初のものと思われるヲシテの異体字、モトアケ(小笠原長武写本)。

12世紀初頭に成立した『類聚名義抄』などにヲシテに関する記述が認められると理解して、ホツマツタヱは少なくとも平安時代以前に遡るとし、真書であると考える熱心な信奉者も少なからずいる。

江戸時代には、和仁估安聡、小笠原通当等が真書であると主張しています。

その内容には、記紀(古事記、日本書紀)と同じ内容をとらえたものや記紀に触れられていない同時代の内容などを含んでおり、「ヲシテ」の肯定者からは一級の古代史資料とされているものでもあります。

ヲシテ文献が真書であるとすれば、記紀よりも古い日本最古の叙事詩、歴史書ということになります。

真書説の立場からは、朝廷が、当時の国字であったヲシテを捨て、漢字を国字に、漢文を公文書の公用語として採用した。そして記紀が成立し、日本書紀が正史とされ、漢字・漢文により表現する時代が長くなると、ヲシテを振り返るものもなくなり、いつしか秘伝の書とされるに至ったのではないかと推測されている。

中国(唐)に対する外交政策を有利にするために、日本にも皇帝に匹敵する天皇がおり、正史を漢字で記すだけの文明があると証明する必要があると考えて、漢字で記された歴史書(古事記、日本書紀)を作り、ヲシテを捨てたという説があります。

ヲシテ文献は、消えたのではなく、意図的に消されたのです。

こういったミステリアスな事柄には、必ず一部好事家による陰謀論が出てきます。
興味のある方は引用元サイトを御覧ください。

真書であれば、日本の国の創建と古代日本の文明を明らかにする書物ということになる。

例えば『ホツマツタヱ』では、アメツチの始まり(天地開闢)から、カミヨ(記紀にいう神代)、そして人皇初代のカンヤマトイハワレヒコ(神武天皇)を経て人皇12代のヲシロワケ(景行天皇)57年までを記述しています。

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