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現代と価値観違いすぎ…教科書には載ってない日本史のBL事情

現在、腐女子と呼ばれる女性を中心に人気のボーイズラブ。実際、日本でも男同士の同性愛の歴史は古くからあります。歴史の教科書には載っていない日本のBL事情をまとめてみました。

更新日: 2015年04月04日

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■今流行りのBLとは?

女性向けに作られた男性同士の恋愛をテーマにした作品や妄想を指す

BLの歴史はすでに40年以上前にさかのぼる。1960年末に萌芽が見られ、70年代には「24年組」と呼ばれる女性マンガ家たちが『風と木の詩』(竹宮惠子)、『摩利と新吾』(木原敏江)などを精力的に発表してブームとなった

■日本史における同性愛の歴史は古くから存在していた

明治時代初頭の一時期より前の日本には、同性愛を制限する法律は存在せず、場所や状況によっては男色はほとんど公然と行われたといわれる

男色(だんしょく・なんしょく)=男性の同性愛

一方、女性の同性愛というのは秘められた部分が多い

関連した文献がほとんど残っていないそうです

■唐に渡った空海が日本の同性愛文化の発祥?

当時の唐の都長安では、ゲイ風俗が大流行しており、男娼もたくさんいた。日本から唐に渡った空海ら留学僧たちは、これこそ最先端のカルチャーだと感激

江戸時代に書かれた本には、今から1200年ほど前の平安時代に空海が唐から同性愛の文化を持って帰ってきたという記述があります

俗説のひとつです

・男色は「女人禁制」の掟があった僧の間で大流行

古くから寺院においては、女人禁制の掟があり、女性と性交渉をすることは禁じられていましたが、同性間での性交渉を禁じる掟というものはなく、同性を性的対象と見なすことには隔たりがなかった

僧侶たちは、稚児と呼ばれる少年に身の回りの世話をさせました。この稚児が僧侶たちの性欲の捌け口になったのです

・そして貴族へも波及した

僧の世界に男色が入ってきたため、都の貴族の間でも男色が流行

平安時代ではほとんどすべての貴族がバイセクシュアルであり、政治のうえで「夜の関白」「男のおぼえ」などのやっかみが飛び交うほどに必要不可欠なものだった

院政期の院(法皇・上皇)の近臣達は稚児上がりの者も多く、「院と深い関係を持って居た」と言われ、藤原頼長の「台記」には当時の皇室・朝廷関係者のその奔放な男色関係の多くが描かれている

■後の武家社会にも大きな影響を与えた

武家社会では女人に溺れるということは武門にある者として「恥」という考えがあったらしく(特に鎌倉幕府成立後)、進んで男同士の関係を持った

男尊女卑の風潮が強かった当時、男色はむしろ美化されていた

そこには年長者が年少者を愛し保護する一方、年少者は年長者からの愛を受けて忠義を尽くす…という支配的権力関係があったとされています

公家や将軍家などに受け入れられ、戦国期に入ると地方武士にまで広がっていった

歴史に名を残している武将の9割以上は、男色の経験があったらしい。織田信長なら前田利家や森蘭丸、徳川家康なら井伊直政、伊達政宗なら片倉小十郎…

戦国武将では豊臣秀吉のみがその方の趣味がないとされています

元々農家出身だったこともあり、武家社会の文化に馴染みがなかったことが理由だと言われています

秀吉の女好きは有名で、正式な側室以外にも手を出した女性の数は100人を越えるといわれています

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トシゾウ3000さん

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