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2月11日付産経新聞掲載の曽野綾子氏の発言が「日本にもアパルトヘイトを」論として英語圏に伝わっている

2月11日といえば、世界的には「ネルソン・マンデラが釈放された日」で、今年2015年は25周年(四半世紀)の節目の年です。そのタイミングで「日本の大手新聞のひとつ」が掲載した「名誉白人」的な人種隔離推奨の文章は、ロイターやWSJなど大手報道で世界に知れ渡っています。orz

更新日: 2015年02月16日

nofrillsさん

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2月11日といえば……

2月11日といえば日本では「建国記念日」だ。

だがそれはローカルなことで、世界的ニュースとして「今日は何の日」を言う場合、「イラン、1979年の革命」と、「1990年、南ア、ネルソン・マンデラ釈放」が大きい。記憶に新しいところでは「2011年、エジプトのホスニ・ムバラク大統領が退陣」というのがある。

2月11日についての一覧:
http://en.wikipedia.org/wiki/February_11

1889 – Meiji Constitution of Japan is adopted...
1979 – The Iranian Revolution establishes an Islamic theocracy under the leadership of Ayatollah Ruhollah Khomeini.
1990 – Nelson Mandela is released from Victor Verster Prison outside Cape Town, South Africa after 27 years as a political prisoner.
2011 – The first wave of the Egyptian revolution culminates in the resignation of Hosni Mubarak and the transfer of power to the Supreme Military Council after 18 days of protests.
(ほかに、1959年の南イエメン成立などがある)

BBCは世界的な報道機関である以前に英国のローカルの報道機関だが、そのBBCが2005年までやっていた「報道で見る、今日は何の日」のページでは、「2月11日」というと、「1956年、ケンブリッジ・スパイたちがモスクワで姿を現す」、「1975年、マーガレット・サッチャーが女性として初めて保守党党首に選ばれる」、「1976年、冬季五輪で英国人フィギュアスケーターが初の金メダル」といったローカルなトピックの中に、「1979年、イランでホメイニ師が実権掌握」と、「1990年、南アフリカのネルソン・マンデラ釈放」がリストされている。全体のトップ項目は「マンデラ釈放」だ。
http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/dates/stories/february/11/default.stm

※これが日本の報道機関だったらほぼ間違いなく「保守党の女性党首」の話がトップで(なぜならそれが「国内」というか「わが国」のニュースで、報道機関の人たちに最も強い印象を与えているから)、マンデラ釈放は「国際」のコーナーのトップだろう。

1990年2月11日に撮影されたこの写真は、当時世界各国のメディアに掲載され、以後もネルソン・マンデラについて何かが語られる際によく参照された。

今年、2015年2月11日は、この写真が撮影されてから25年の節目の年である。

※西洋の文化圏では、10年ごとの区切りより、100を4分割 (quater) にした節目が重視されることがある。「四半世紀」、「半世紀」の区切りだ。

Today Nelson #Mandela was released from prison. We look back at the iconic moments >> buff.ly/1MbmUfK pic.twitter.com/3OtvR9Q1ag

南アフリカの24時間ニュースチャンネルeNCA. 「今日はネルソン・マンデラが刑務所から釈放された日です。記憶に残るあの時この時を振り返る特集です」としてリンク。

Were you there when this picture was taken of #Mandela walking out of prison? Tell us. #Unbanned25yearsAgo ow.ly/i/8Bb2h

南アの新聞、Mail and Guardian. 「25年前にこの写真が撮影されたとき、あなたはどこにいましたか」

ここから、南アフリカの人種隔離政策(アパルトヘイト政策)は崩れた。

ベルリンの壁が崩壊し、ソ連(ソヴィエト連邦)が崩壊し、ユーゴスラヴィアが解体した時代の、もうひとつの重要な変化。

Watch #Mandela's iconic release from prison 25 years ago today thesouthafrican.com/watch-mandelas… pic.twitter.com/Cw0hlVnOqw

南アのメディア。このアングルのこの写真が一番有名かも。

Shoeless #Mandela went missing, 'sipping tea' on the day of his release. ow.ly/IRJzR #Unbanned25YearsAgo

こういう「秘話」も出てくる(釈放当日、マンデラさんは靴を履かずに姿をくらまして、お茶飲んでたと)。

SAns must recommit themselves to remain true to the ideals & values of Tata #Mandela and his collective... #WaarWasJy pic.twitter.com/6FWYd7EFkc

ANC(ネルソン・マンデラの政党)は、「過去の記念」に耽溺できる状態ではなく、現在進行形の課題をかかえている。

27 years in prison. 25 years ago released. #Mandela pic.twitter.com/wfIdbk5C8s

駐英米国大使もツイート。「マンデラは獄中に27年間。25年前に解放された」

※この写真は最後にいた刑務所ではなくロッベン島の刑務所だと思います。

25 years ago today Nelson #Mandela took his walk to freedom, and Sth Africa took a step towards first open elections. pic.twitter.com/Wcs5Az3TBn

アムネスティ・インターナショナルの北アイルランドのアカウント。

Arniston,South Africa 1997 - The way we were - With MadibaRIP,SiobhanRIP,Rita & Gerry. #AllPartyPeaceTalks pic.twitter.com/QGwhX4sE4y

属性によって「二級市民」扱いされている状態を変え、「権利」を獲得・回復しようと、武力をも正当化して闘ってきて、最終的には「対話」による紛争解決・紛争転換を実現させたという点でまさに「盟友」と言える関係にあるアイルランドのシン・フェインのマーティン・マクギネスのツイート。1997年にシン・フェインの代表団が南アを訪問したときの記念写真。

On this day 25 years ago, African National Congress leader Nelson Mandela was freed from prison. pic.twitter.com/dqgXbRWxm9

IRAっていうかシン・フェインの機関紙の当時の一面。このあと、IRAっていうかシン・フェインが「武装闘争停止」の路線を固め、1994年に停戦(1996年に一時破棄)、そして1998年に北アイルランド紛争を終結させる和平合意が成立した。

"When he walked out of prison, #Mandela set us all free." Remembering the hope & optimism of this day, 25 years ago aljazeera.com/indepth/opinio…

ジャーナリストたちも当時を振り返っている。

25 years ago today #Mandela walked out of prison - it was my first news story and the start of a beautiful marriage. ift.tt/IxCmq7

米NPRの記者。「私の初めての報道だった」

I stood here on 2/11/2008, where #Mandela made his first speech after his release from prison. In our hearts, always. pic.twitter.com/12GC7ZGZfe

1990年2月11日に釈放された直後のネルソン・マンデラがスピーチを行った会場(このときのスピーチがどういうものだったかは、後述する『二人のマンデラ』という本に詳しい)。ジェフリー・スミスさんは2008年の2月11日にそこを訪れ、この写真を撮影した、と2015年2月11日にツイート。

"I've cherished the ideal of a democratic...society in which all persons live in harmony...an ideal which I hope to live for and achieve."

ネルソン・マンデラの演説から。「私は、すべての人々が協調して暮らしている民主的な社会という理想を、常に大切にしてきました。私はその理想のために生き、それを実現したいと思っています」。

ネルソン・マンデラという人物についての資料などは後述するとして、この記念すべき「釈放から25年」というタイミングで日本語圏に流された、「暴言」としか言いようのない言説がある。

「世界」が上記のように、マンデラを讃える言葉や写真を改めてやり取りし、また米国で起きたあまりに痛ましい殺人事件とそれをめぐる初期報道の欠落(全米ネットがそろって沈黙)についての憤りの言葉などが行きかっていた*ころのことだ。

* http://matome.naver.jp/odai/2142371621503834901

2015年2月11日、産経新聞

「近隣国の若い女性たちに来てもらえばいい」と今後需要の増える介護について移民を受け入れる一方、「移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない」とした上で、

  もう20〜30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、
  私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに
  分けて住む方がいい、と思うようになった。

  (産経新聞 2015/02/11付 7面)

と住居の隔離とも取られかねない主張を展開している。

居住区を「分けて住む」は「住居の隔離」でしかないし(「~とも取られかねない」とは何と腰の引けた表現を)、live separatelyで直訳になると思うが、それは難しい言葉でいえばsegregateで、segregationは、南アの言葉(アフリカーンス語)でいえばapartheid(アパルトヘイト)だ。

Apartheidは英語に直訳すればapart-hoodで、「分けられた状態、分けられていること」。
http://en.wikipedia.org/wiki/Apartheid
※「アパルトヘイト」を英語と思いこみ「ヘイト」をhate(憎悪)と解釈している例も見たことがあるが、間違い。

絶句。これを印刷してばら撒く編集者の良識も疑う。アパルトヘイトだった南アフリカを例に出して分けた方がいいとは。"@yuukim: 産経新聞、曽野綾子のコラムがすごい。移民受け入れを進めろと言いながら居住区は人種で分けた方がいいと。 pic.twitter.com/bm0x8Nn6KR"

単発のop-edではなく、連載コラムというのがまた……

教育再生実行機関の一人がアパルトヘイトを勧めている。 "@yuukim: 産経新聞、曽野綾子のコラムがすごい。移民受け入れを進めろと言いながら居住区は人種で分けた方がいいと。スラム作る気満々としか、、 pic.twitter.com/6e2bq9292E"

「アパルトヘイトを勧めている」というのが、決して比喩ではないということがわかる箇所を抜粋。

「もう20~30年も前に南アフリカ共和国の実情を知って以来、私は、居住区だけは、白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい、と思うようになった」

何よりまず、この話題について、2015年を基準に「20~30年前」を語ることは、文章書きとして卑怯だ(「知的誠実さが完全に欠落している」とも言う)と私は思う。南アの状況は、「20年前」(1995年)と「30年前」(1985年)とでは違うからだ。

(あるいはこの筆者は、モスクワについて「20~30年前」をひとくくりに扱い、「基本的な食品を入手するのも至難の業」などと書くのだろうか。ベルリンについて「住民が絶対に超えられない一線がある」などと書くのだろうか。そうであるなら一貫性だけはあることになるが、それと記述の妥当性とは別の話だ。)

本「まとめ」の少しあとのほうで参照している対談だが、南アに何度か取材に行って、一度は治安当局の銃撃で負傷しているジャーナリストの佐々木かをりさんと、現在はAJF(アフリカ・ジャパン・フォーラム)で代表理事をしておられる津山直子さんの2006年の対談で、下記のURLにある部分をぜひお読みいただきたい。ネルソン・マンデラが1990年に釈放され、94年に全人種による総選挙が行なわれてアパルトヘイトが撤廃されるまでの間にどれほどのことがあったのか。
http://www.ewoman.co.jp/winwin/75/2/1

こういう事実があるときに、「20~30年前」(1985~95年)という雑なくくり方をして「昔はよかった」的な懐古主義で人種隔離時代のことを「誰にとってもよい政策だった」などと書くことは、思想や信念以前の問題である。

しかもこのコラム、書き出しが「イスラム国」(を自称する武装勢力)のことだ。ひどすぎる。この文章のしていることは、「日本人か、そうでないか」だけを基準に人を分け、あの事象もこの事象も一緒にした偏見の煽動と言ってよいレベルだと私は思う。 "「イスラム国」のような連中がいるから「日本人以外」は隔離しろ" というのは、「乗降客の多い駅でナイフを振り回して人々を殺傷するような日本人がいるから、日本人は隔離しろ」とか、「売買春を行う日本人がいるから、日本人は出入り禁止にしろ」というのと質的に同じ暴論である。

そして残念ながら、この種の暴論はずっと前からいわば「制度化 institutionalise」されている。日本にとって「テロリスト」は「外患」で、「外からやってくるテロリストを食い止めなければならない」という理念はほぼ「空気」化している。だが、日本国内でこの数十年間に生じた「テロ」(現代のわれわれが考える「テロ」)は、極左(爆弾事件など)であれ、極右(政治家刺殺、報道機関攻撃など)であれ、あるいはカルト(オウム真理教)であれ、「外からやってきたテロリスト」によるものではない。そして政治的な思想のある「テロ」などより、「むしゃくしゃしてやった」、「人を殺してみたかった」といった無差別殺人(その多くは犯行形態から「通り魔」と呼ばれる)の方が、現実に、多くの人命を奪っている。そのことは、日本を拠点とする「海外」(という大雑把な言い方が私は大嫌いだが用語として使う)のジャーナリストらがたびたび指摘している。

▼日本語圏と英語圏の両方にいる人も、当然、これは目にする。

曽野綾子氏が産経新聞で「アパルトヘイト発言」 読者から非難殺到 #ldnews news.livedoor.com/article/detail…

日本で、日本の報道機関の記者として日本語で仕事をしていたアメリカ人記者、ジェイク・エイデルスタインさん(在東京)。

例の産経新聞、曽野綾子さんの記事をやっと読んだ。 言論と報道の自由は非常に大切だ。その自由は政治家がコントロール・制限するようであれば非常に危険だ。 しかし、その自由には責任が伴う。 政府の近くに居る人が、アパルトヘイトを参考に人種差別を呼び掛けるような行為も同じく危険だ。

サッカー解説でおなじみ、トーントン・タウンFCとガンバ大阪のサポーターで翻訳・通訳の仕事もたくさんしておられるイギリス人、ベン・メイブリーさん。

Major Japanese newspaper, the Sankei, publishes opinion article in favour of racial segregation/apartheid. Even for Sankei this is shocking.

東京在住のジャーナリスト、ソフィ・ナイトさん。「日本の大手新聞、産経新聞が、人種隔離/アパルトヘイトに賛成する意見記事を掲載した。産経新聞だということを考えても、これはショッキングだ」

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作った「まとめ」の一覧は:
http://matome.naver.jp/odai/2133787881446274501

※基本的に、ログを取ってるのであって、「まとめている」のではありません。



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