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桂春団治さん死去…落語にすべてを捧げた人生

戦後の上方落語を支えた「四天王」最後の一人、三代目桂桂春団治さんが心不全のため85歳で亡くなられました。

更新日: 2016年01月14日

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■桂春団治さん、心不全のため死去

85歳でした。ご冥福をお祈りします。

戦後の上方落語を支えた「四天王」最後の一人、三代目桂春団治(かつら・はるだんじ、本名・河合一=かわい・はじめ)さんが9日午前0時11分、心不全で亡くなった。

▼春団治さんを偲ぶ

昔、パペポTVで“芸人でヤクザ映画を作った方が怖い”って話になって“いきなり春蝶さんが病気で亡くなるところから始まる。それを春団治組が殺されたと勘違いして~”みたいな筋を作ってて面白かった。 でも印象に残ってるのは、鶴瓶さんが“春団治組は弱そうやなあ”って話してたこと。合掌…。

春団治さんは、羽織の脱ぎ方がシュッとしていた。代書屋もオーソドックスであったが、大好きでありました。

は、は、春団治師匠…………………涙。私が最後に師匠を見たのは約4年前の高座かなぁ。あの噺に入る時に羽織をストんて脱ぐとことか萌えぇぇ!! てなって、艶やかとはこの事!!と唸るほど超絶色気ある高座はもう生で見れないのか……待ってたのに。あ〜なぜ、人は死ぬんだろうか……

私にとって三代目といえば桂春団治。いわゆる鶴瓶噺を、とても評価しておられた一人。日常の些細なできごとにこそ笑いがある。芸風は鶴瓶ちゃんのお師匠さんである六代目・笑福亭松鶴とは対極にあるが、哲学というか教えは似ていたように思える。四天王の再会を天国で楽しんでいただきたい。

■初代から三代目までの長い歴史

戦国時代に誕生以来、現在まで400年以上の歴史を誇る上方落語。

春団治は、当時男性が楽しむものであった落語を女性に目を向けさせた最初の落語家

1日に、4つから5つもの寄席を掛け持ち。休みなく高座に上がり続け、時代の寵児となりました。

二代目桂春団治。「漫才」の出現によって初代春団治が築いた落語黄金期は徐々に衰退していった。

身長160センチメートルに対し腹周り150センチメートルという愛嬌ある体格で、師匠・初代桂春団治ゆずりの爆笑型の本格的な滑稽噺を演じ、初代をしのぐ人気を誇った。

1934年11月、初代春團治の死後間もなく、「人気もあるし、先代に一番芸風が似ている」という吉本せいの薦めにより、2代目の名跡を襲名した。

ある出来事によって、衰退を余儀なくされました。それは、「漫才」の出現。

昭和22年から28年までのわずかの間に五代目笑福亭松鶴(しょかく)、四代目米團治、二代目桂春團治といった師匠連が相次いで亡くなり

三代目春団治。上方落語を守った経緯は後述。

2006年に初主演した映画「そうかもしれない」

芸術祭優秀賞や紫綬褒章、旭日小綬章など受章。

紫綬褒章は98年、旭日小綬章は04年

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