1. まとめトップ
  2. ニュース・ゴシップ

壮絶…。北川景子の震災体験に言葉を失くした

それは壮絶な体験だった…。

更新日: 2016年01月23日

ikelongonさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
184 お気に入り 451920 view
お気に入り追加

神戸出身の北川景子さんは、阪神・淡路大震災を体験した。

北川景子ちゃんがよくインタビューで震災の体験を話していますが、あの時、彼女は7歳くらい。仕事で被災地の取材をしていたとき、彼女位の年の子が小学校が避難所になり、水を入れた思いタンクを運んでた姿を見ていました。やはりあの歳で経験したことは強烈な経験になるのだと。

「新神戸駅が車窓から見えるといつも胸が締め付けられます。海と山が広がる、美しい街、神戸。私の故郷。大好きな神戸」

北川景子さんが体験した大震災

時計やピアノなど家族の大切な品が壊れているのを見て「全て終わった」と思った

両隣が全壊とか半壊とかで(人が)亡くなっていたり、もう、すぐ火が迫っていたりとかして、瓦礫の下から人が“助けて”って

大事なものを奪っていった災厄の正体

火災後に流れた電気が、火事をいくつも起こした。

火災旋風により発生した竜巻状の炎が、神戸の街に何本も立ち上がる。

阪神・淡路大震災では、80%以上の方が建物の倒壊に巻き込まれたことが原因で命を落とした

地震発生から1時間後以降に発生した火災の40%余りが、電気の復旧により電気器具などから出火した「通電火災」の可能性が高い

走りながら見た光景のこと、瓦礫、火の海、すぐ隣で天に召された方のこと、これからどうなってしまうのかと漠然と考えたこと、きっと忘れることはない

どうして生き残ったのかと考えた

逃げたぶんは、なんか役割をはたさなきゃいけないじゃないですか。きっと。生かされたからには

“何かしなきゃいけない”って。変な話だけど、一回死んだもんだと思って、何でもやれば、どんなことでも乗り越えられるんじゃないかって、思ったんですよね

被災者の方々を見て、身体的には元に戻れても、一度傷ついた心が修復されることは難しく、修復されるまでは長い時間がかかるものと幼いながらに悟りました

震災後に、変わったこと

たまたま、ああいう経験をして、今日生きていることへの感謝が始まった

今私は、一度同じ経験をしたものとして、少しでも出来ることを見つけようとしています

ブログで「犠牲者の皆様へ鎮魂の意を胸に、決して忘れず、伝えて行けますように」とつづった

1





ikelongonさん

このまとめに参加する



  • 話題の動画をまとめよう