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昔の日本人すげぇ…一般女性が300kgを担いでいた!?

1俵60kgの米俵を5つ、合計300kg背負う昔の日本人女性の写真がたびたびネットで話題に上がります。戦後、食の欧米化により日本人の体力が落ちたのだ、という指摘も。

更新日: 2016年02月07日

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昔の日本人は超人!?ある画像がネットで話題

女性の運搬屋「女丁持(おんなちょうもち)」が1個60kgの米俵を5つ、つまり300kg背負っているとされる写真。

この写真は、山形県酒田市の山居倉庫の資料館に展示されている写真です。
ここは映画やドラマでおなじみの「おしん」の舞台になったところです。

昔は女衆も力持ちだった、という写真がネットに出ているんだが、コレ、酒田の山居倉庫の写真で、山居倉庫には写真だけでなく、実際に5俵担いだ女性の人形を展示してあります。

『荘内藩の米札から山居倉庫米券への移り変り : ふるさとの歴史』 三上初子著 p.109に「女丁持ち」という写真があり,女性2人が5俵の米俵を担いだ写真があります。

解説文には「戦後労働基準法の制定でその姿を消したが・・・」とあるので,戦前には実際行われていたようです。
ただし写真の撮影年代は不明です。

こんな比較画像まで作られ、「昔の日本人すげー!」ってなってる人も。

信じられない写真です。昭和14年の写真だそう…。
これは、コンテストのようなときの写真で、通常は1俵ずつ、担いでいたようですが…。

日常的には1俵を抱え、朝から晩まで倉庫へ運んでいたようです。

さらっと言えるレベルの「力持ち」ではないことは確かだ。オリンピック選手も驚くほどのパワーを持っていたそうだ!

俵をこうやって担いで運搬する仕事は主に女性の仕事だったそうです。

昔の日本女性はすごかった

米俵を担いで運ぶ女丁持ちたちの写真。

「なぜ、女性が1俵運べるか?」
その秘密は、お米と伝統食中心の食生活にあるようです。
この人たちが筋肉むきむきのマッチョではなく、体の芯が強いのだそうです。

中には一人で二つも三つも担ぎ上げた者もいた。彼等は決して力士のような体躯をした人間ではなかった。しかし容易に抱え上げ、数里を移動した者も居たという。

今の常識では、ちょっと考えられませんよね…

戦後の食糧事情は完璧にアメリカの支配されてきた
そして世界で活躍するトップクラスの日本人アスリートたちは
世界で修業し世界トップクラスのアスリートたちと同等の体格をしている
だから、日本人の体力も白人並みに成長したと・・・錯覚している

江戸時代の日本人の体力は欧米人を遥かに凌いでいたのだ!!
その日本社会が欧米人たちの策略で潰されたのだ

日本人の食生活が従来の米・大麦・イモ類・栗・百合根など(高炭水化物・低タンパク・低脂質)から、戦後欧米化したことで体力が失われている、という指摘も。

女子力とやらが53万を超えるとこうなるらしい。 5俵かつぎ「約300kg」だそうだ。 昔の女性すげぇ!!! pic.twitter.com/ViOeL2wuzA

写真は67年前山形の女性の仕事姿 米5俵も担いでたなんて 食生活が変わったせいでパワーダウン意識ダウンでしょうね! pic.twitter.com/YkMXL1b8El

本当かなぁ?みたい記述はいっぱいあるけど この5俵担ぎの女性をみたら それらの記述はあながち嘘では無いのかもしれない... しかもこれまだ100年もたってない時代の話でしょ? 多分おれらのひいばあゃんくらいの時の話でしょ? すごくないっ!?

昔の日本人の体力はその食事に秘密があった?

1849年1月13日 - 1913年8月31日、ドイツ帝国の医師で、明治時代に日本の医学界でも活躍した。

ベルツは知人から日本に滞在している間に日光東照宮を見た方がいいとすすめられ、馬で東京から日光まで14時間かけて行きました。その時、途中で馬を6回乗り替えました。

2回目に行った時は人力車に乗って行きましたが、その車夫は1人で14時間半で行ってしまいました。馬よりすごいこの体力は一体どこから来るのか、彼は実験を始めました。

人力車夫を2人雇って3週間彼らの食生活を調査しました。肉類などの高タンパク・高脂質のいわゆる彼らの理想とする食事を摂らせながら体重80キロの人を乗せて、毎日40kmを走らせたところ、3日目で疲労が激しくなり、元の食事である米・大麦・イモ類・栗・百合根など(高炭水化物・低タンパク・低脂質)に戻して欲しいという事で普段通りの食事に戻すとまた元気に走れるようになるという結果がでました。

ベルツはドイツの栄養学が日本人にはまったくあてはまらず、日本人には日本食が良いという事を確信しました。

「米俵5俵担ぎ」の真相はどこに?

昭和初期の地方新聞に掲載された、怪力の美女として知られる山形県酒田市の鈴木みなとさんの写真。

冒頭の画像とは、姿勢も俵の重ね方も若干異なっていますが…。

ここで気になるのは1俵の重量。現代では60kgだが、そもそも俵は重さではなく体積の単位。さらに体積も時代や地域によって変化している。単位の変化は邪馬台国問題とかでも「1里は何キロメートルか?」が問題になったりする。平安時代頃の1俵は30kgぐらいだったらしい。30kgなら5俵で150kg。

シェルパなど人間がかついで運ぶ荷物を歩荷というが、だいたい100kgぐらいのようだ。それを考えると1俵30kgとすれば5俵で150kg、力自慢の人間ならありえない話ではないように思う。

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