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33年の闘いの末… ポニョゆかりの鞆の浦橋計画が白紙になる

江戸時代に港町として栄え、今も歴史的景観が残る「鞆の浦」。その港では、30年前から架橋バイパスの件で反対運動が続いていましたが、今年遂に決着が付きます。

更新日: 2016年05月26日

rouran2008さん

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今年、遂に架橋論争が終了した

広島県福山市の景勝地「鞆の浦」の埋め立て・架橋計画をめぐる訴訟の進行協議が15日、広島高裁で行われた

事業主体の県は埋め立ての免許交付申請を取り下げる意向を示し、訴訟が終結した

景観保全で注目された訴訟は、事業撤回を求めた住民の提訴から約9年を経て終結した

そもそも「鞆の浦」とは何か?

沼隈半島の先端に位置する鞆の浦は、「潮待ちの港」として江戸時代に栄えた町でした

古来より、西国に赴任する国司や防人達が寄港し、瀬戸内を舞台にした戦乱の拠点となった

幕末には「いろは丸事件」発生に伴い、一時的に坂本龍馬達が立ち寄るなど、歴史的な人物とゆかりの大きい場所です

宮崎監督は2004年11月に「スタジオジブリ」の社員旅行で初めて鞆の浦を訪れた

30年前から計画は始まっていたという

広島県と福山市は、1983年(昭和58年)に鞆地区を東西に結ぶ県道47号線バイパスの建設を計画した

「経済成長が一万台の通過交通をもたらす」という、四半世紀前の目測や価値観によって計画され、当初「バイパス道路」にすぎなかった

昔ながらの風景が残るからこそ、道が狭く、大型車両の進入が厳しいなどの不便さは著しい

同時に下水などのライフラインや近代的港湾施設や公園などの整備も行い地域活性化を図るものであった

実現すれば利便性が向上する一方で、江戸時代から変わらぬ港町としての風景は一変するだけに、住民の間では賛否が分かれています

しかし、住民は反対することに

住民側は「景観が大きく損なわれる」として、計画の差し止めを求め、2007年に提訴した

ユネスコの諮問機関・NGO国際記念物遺跡会議(イコモス)が、景観の保全と計画の撤回を繰り返し勧告

一審の広島地裁は2009年、景観保護を理由に原告の訴えを認め、免許交付差し止めを命じた

地裁は〇九年、「歴史的景観は国民の財産」として差し止めを命じる判決を出した

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rouran2008さん

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