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伝説の天才バイクレーサー 阿部典史さん(ノリック)の軌跡

1993年の日本最高峰バイクレースだった全日本選手権500ccクラスに当時17歳でデビューし、その年にチャンピオン獲得。 1994年の世界GP500ccクラス スポット出場から2007年に亡くなるまで、輝きを放ち続けた阿部典史さん(通称ノリック)の軌跡。 主に動画がメインです。 #Norick

更新日: 2016年04月08日

kbtkさん

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阿部典史さん(通称ノリック)の経歴

阿部 典史(あべ のりふみ、1975年9月7日 - 2007年10月7日)
東京都世田谷区出身のモーターサイクル・ロードレースレーサー。
ニックネームはノリック

1993年 - 全日本ロードレース選手権500ccチャンピオン
1994年 - 全日本ロードレース選手権スーパーバイク参戦
     ロードレース世界選手権500ccデビュー
1996年 - WGP500ccランキング5位 1勝 〔日本GP〕/マルボロ・ヤマハ・ロバーツ
1999年 - WGP500ccランキング6位 1勝 (リオGP)/アンテナ3・ヤマハ・ダンティン
2000年 - WGP500ccランキング8位 1勝 (日本GP)/アンテナ3・ヤマハ・ダンティン

2007年10月7日 神奈川県川崎市の路上で、交通事故にて32歳の若さで急逝

記録よりも記憶に残るライダーでした。

ノリックのレースを幼少から自分の解説で語っています。

Part2は、ダートラ留学後の全日本250デビューから、全日本500デビューシーズンを追っています。

全日本500ccをデビューイヤーでチャンピオンを取る快挙から、伝説となった1994年の鈴鹿WGPスポット参戦を経て、ヤマハのチームレイニーでWGPフル参戦までです

WGP参戦の3シーズン目、鈴鹿で初優勝し、その後もWGPで戦い続ける様子がPart4です

秋ヶ瀬サーキットでミニバイクレースをしていた、ノリックと加藤大治郎(どちらも故人)

こちらも1993年のノリック特集 後編。 中盤でノリックのアメリカでのダートラ修行時代の貴重な映像が入ります

1993年の全日本ロードレース 500ccクラス 初戦でいきなり2位になり、嬉し涙をこぼすノリック

1995年のTBCビッグロードレースで解説をしていたノリック

この上体をアウト側にかぶせ、首をヒネったような独特なライディングフォームが特徴でした。

1996年 世界GP 500ccクラス、ラウンド3鈴鹿で悲願の初優勝を遂げる

1996年 世界グランプリ 500ccクラス 第3戦 鈴鹿ラウンドでノリックが世界GP500cc初優勝のフル動画

1996年 世界グランプリ 500ccクラス 第3戦 鈴鹿ラウンドでノリックが世界GP500cc初優勝のフル動画 その2

1996年 世界グランプリ 500ccクラス 第3戦 鈴鹿ラウンドでノリックが世界GP500cc初優勝のフル動画 その3

1996年 世界グランプリ 500ccクラス 第3戦 鈴鹿ラウンドでノリックが世界GP500cc初優勝のフル動画 その4

1996年 世界グランプリ 500ccクラス 第3戦 鈴鹿ラウンドでノリックが世界GP500cc初優勝のフル動画 その5

1996年 世界グランプリ 500ccクラス 第3戦 鈴鹿ラウンドでノリックが世界GP500cc初優勝のフル動画 その6

1996年 世界グランプリ 500ccクラス 第3戦 鈴鹿ラウンドでノリックが世界GP500cc初優勝のフル動画 その7

1997年の世界GP イギリスラウンドで、原田哲也さんとノリックが観客のバイクを解説しています。 二人共仲が良さそうですね。

1998年、自身が世界GPで乗るYZR500を解説

1999年、R15ブラジル リオで世界GP 500ccクラス 2勝目を飾る

MotoGPチャンピオンのバレンティーノ・ロッシが唯一ファンだと公言していたノリックとの対談 (2004年頃の映像?)

バレンティーノ・ロッシのWikiより抜粋

バレンティーノ・ロッシは若手時代、日本人GPライダー阿部典史の大ファンだったことで知られ(阿部がワイルドカード参戦した1994年日本GPの走りを見て憧れたという)、阿部への尊敬から自らにろっしふみ(ロッシ+のりふみ)というニックネームを付けたほどだった。また、阿部のニックネーム「ノリック」にならい、Valentinic(バレンティニック)と書いたロゴをマシンに貼ったこともある。それ故2007年10月阿部の交通事故死に対し、ロッシは大きなショックを受け、直後に行われたオーストラリアGPで「ノリックは僕のアイドル。唯一サインを求めたライダーだ」と阿部への追悼コメントを述べ、決勝には喪章を付けて臨んだ。

2007年7月に行われた鈴鹿8時間耐久ロードレースの予選でのノリックの走り。 2007年10月に亡くなってしまうので、これが最初で最後の鈴鹿8耐でした…

2007年10月に、ノリックが交通事故で亡くなってしまった時のニュース放送

2007年10月に、ノリックが交通事故で亡くなってしまった時のニュース放送

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kbtkさん

色々とまとめようと思っています。



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