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ジェノサイドを主導…70歳の元指導者に禁錮40年の歴史的判決

かつてのボスニア・ヘルツェゴビナ内戦でジェノサイド(集団虐殺)を主導したラドバン・カラジッチ被告に禁錮40年という歴史的判決が言い渡されました。

更新日: 2016年03月25日

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■ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の裁判に判決

ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦(1992~95年)でのジェノサイド(集団虐殺)を巡り、国連が主導する旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)は24日

セルビア人勢力の指導者ラドバン・カラジッチ被告(70)に対し、禁錮40年の有罪判決を言い渡した。

■審理で明らかになったこと

ボスニア内戦中の1995年、イスラム教徒を中心とする約8000人が犠牲となったスレブレニツァ虐殺などの民族浄化政策を計画、命令した

カラジッチ被告は同法廷で判決を受けた最高位の政治指導者で、検察側は最高刑の終身禁錮を求刑していた。

審理では反人道的な行為や大量虐殺など11の罪状のうち、10件が有罪とされた。

判決は、最も深刻とされたスレブレニツァでのジェノサイドなど大半の罪状で有罪とする一方、同地以外でのジェノサイドについては証拠不十分として被告の責任を認定しなかった。

■ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦時のジェノサイドとは?

92年のボスニア・ヘルツェゴビナ独立宣言を契機に、ボスニアではイスラム教徒とクロアチア人勢力、セルビア人勢力の3勢力による衝突が激化。

1995年にボスニア東部で8000人以上のイスラム教徒らがセルビア人勢力に殺害された、第2次世界大戦後、欧州で起きた最大規模の虐殺事件。

「スレブレニツァの虐殺」と言われている。

大量虐殺の罪は、ボスニアの各自治体からクロアチア系住民とイスラム教徒を「永久に排除」し、その土地をセルビア人の領土にするという運動に関連している。

「ジェノサイド」は国際人道法において最も重い罪でありながら、立件も最も難しい犯罪といわれている。

1948年の国連総会で採択された「ジェノサイド条約」の下、国際人道法上の犯罪として認められるに至った。

■カラジッチのこれまで

カラジッチ被告は、戦争犯罪の罪などで起訴されたセルビア人指導者3人のうちの1人。

1989年、カラジッチはボスニア・ヘルツェゴビナにて、セルビア民主党(Serbian Democratic Party)の設立メンバーの一人となった。

1991年から99年まで続いた内戦では、10万人以上が死亡し、数百万人の住民が家を追われた

カラジッチは1992年12月17日にはスルプスカ共和国の大統領、12月20日には軍の最高司令官となり、ボスニアの多くの地域で、セルビア人以外の民族であるイスラム系ボスニア人(ボシュニャク人)やボスニア系クロアチア人の殺害を指示したとされている。

1996年以降、カラジッチはICTYにより戦争犯罪者として指名手配されている

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ユーロの行方さん

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