1. まとめトップ
  2. エンタメ・カルチャー

【とと姉ちゃん】花山伊佐次のモデルについて調べてみた

とと姉ちゃんのキーパーソンの唐沢寿明さん演じる、花山伊佐次。この方にはモデルがいます。どんな人でしょうか?

更新日: 2016年08月11日

gahi_gahiさん

  • このまとめをはてなブックマークに追加
17 お気に入り 171751 view
お気に入り追加

■早くも”ととロス”があり、好評なとと姉ちゃん

高畑充希がヒロインを演じるNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」。この度、4月4日から放送が開始した本作の初回視聴率が関東地区で22.6%、関西地区で20.3%を記録したことが発表された。

戦後100万部近い販売数で一世を風靡した生活総合誌「暮しの手帖」の大橋鎮子、花森安治ら創業者たちの軌跡をモチーフに、父親代わりの長女=“とと姉ちゃん”常子(高畑)の奮闘を描いた物語。

西島秀俊さん演じる(竹蔵)の死後、いよいよ高畑充希さん(常子)が登場し、物語が動き出す。

第1週では、幼い3姉妹と、“とと(=父)”竹蔵(西島秀俊)、そして君子(木村多江)の親子5人の絆が描かれた。第2週では、いよいよ高畑充希扮する成長した長女・常子が、ととの代わりを務めることになり、家族を支えるため奮闘する姿が描かれる。

■ヒロインは生活総合誌「暮しの手帖」の創業者がモデル

日本の家庭向け総合生活雑誌

大橋 鎭子さんが、25歳で出版社を創業したことが最初

大橋 鎭子は、日本の編集者、エッセイスト。暮しの手帖社社主・元社長で同社の雑誌『暮しの手帖』を創刊した。妹の大橋芳子も同社創業メンバーの一人で、エッセイスト。

鎭子氏の二人の妹・晴子氏、芳子氏も「暮しの手帖」創業メンバーとして参加しており、このあたりが「とと姉ちゃん」の家族描写のモチーフとなっているようです。

■ヒロイン常子が出会うもう1人の創業者”花山伊佐次”・この方にもモデルがいました

花山伊佐次(はなやまいさじ)
カリスマ編集者の役です

「最強のイケメンの唐沢寿明です」とあいさつし、いきなり笑わせた唐沢は「僕でよかったのかとわからないまま、登壇してしまった。精いっぱい主人公を支えて、しばし我慢してください。顔は小さいけど、知名度を上げていきたい」。

花山伊佐次は小橋常子が作った雑誌社の編集長となる人物です。
天才とも呼ばれる程の編集力があり、小橋常子と二人三脚で雑誌「あなたの暮し」を作り上げて行きます。

■モデルは大橋 鎭子さんと共に『暮しの手帖』を創刊した花森 安治さん

・1911年10月25日 - 1978年1月14日
・兵庫県神戸市出身

日本の編集者、グラフィックデザイナー、ジャーナリスト、コピーライター。生活雑誌『暮しの手帖』の創刊者として、その名を知られる。

デザインや執筆での才能が素晴らしかったという事になります。編集者の人の多くはとても頭が良く、物事も多岐にわたり知っています。花森安治もまたそうでした。

東京帝国大学文学部美学美術史学科出身

大学では学生新聞の編集を行っていたそう

旧制松江高校を経て東京帝国大学文学部美学美術史学科に入学。高校時代に文芸部、大学では「帝国大学新聞」の編集に参加した。

1935年 山内ももよさんと学生結婚。
1937年 長女藍生(あおい)さんが生まれる。

1937年大学を卒業

大学卒業後、秋には招集されて満洲へ

(考えたのではなく)この標語を採用したのが、花森さんと言われています

太平洋戦争に応召するが、疾病により除隊し、その後は敗戦まで大政翼賛会の外郭団体に籍を置き、国策広告に携わる。

戦時中の1941~45年まで大政翼賛会宣伝部に所属、「欲しがりません勝つまでは」などの戦時標語の採用に関わり、政府の戦意高揚政策に協力。(大和書房・「平和のための名言集」-早乙女勝元編)

このことへの悔いは、後に創刊する雑誌『暮しの手帖』の理念に大きく影響する。

■大橋鎮子さんとの出会い

1 2





gahi_gahiさん

お気に入りして頂いた方、ありがとうございます。
これからも頑張ります!物集めた系は、ざっくり作って少しずつアップしています。

このまとめに参加する



  • 話題の動画をまとめよう