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編集者から社長に!?編集者「鳥嶋和彦」の伝説がハンパない!

Dr.スランプやドラゴンボールを生み出した鳥山明を発掘し、育て上げたといっても過言ではない伝説の編集者・鳥嶋和彦さん。いまや社長にまで上り詰めた彼の仕事の伝説の数々をまとめました。

更新日: 2016年06月07日

ringo-mikanさん

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マンガ編集者、それは…

出版社の編集部や、編集プロダクションに所属し、雑誌や単行本の企画から仕上げまで(編集)するのが漫画編集者の仕事。

マンガのヒットの陰には漫画家と二人三脚で悪戦苦闘する漫画編集者の努力があります。

あの「鳥山明」を発掘した伝説の編集者…それが「鳥嶋和彦」

『ドラゴンボール』などの数々のヒットを生み出し、多くの漫画家から「普通の編集者とは違う」と言われ愛され続けている鳥嶋和彦編集者。

彼は、「少年ジャンプなんて嫌い」「俺は出版社の上層部も信用していない」「編集者の仕事はただ、漫画家のためになることだけ」と言い切り、常識では考えられない行動を繰り返しながら、常にヒット作を飛ばし続けてきました。

鳥山明も、かつてはボツ続きだった…

鬼の編集者としても有名で、意に沿わない内容であれば、容赦なく「ボツ!」の一言で書き直しをさせるという、ジャンプ漫画家の恐怖の代名詞的な存在だった。

鳥山明氏の作品は当時、入賞もおぼつかない作品でしか無かったが、執筆速度と画力、擬音などの表現力に才能を見出した鳥嶋和彦氏が、担当編集となった。

厳しい指導をする鳥嶋和彦氏の元で、一年間で500p以上のボツ原稿を作り、生まれたのが「Dr.スランプ」だった。

主人公がすり替えられた「Dr.スランプ」

鳥山独特のギャグと丁寧な絵柄,アラレの発する奇妙な言葉,アラレの破壊的なパワーが魅力。
第27回(1981年度)小学館漫画賞を受賞し,単行本の累計発行部数は3000万部,TVアニメ化された「Dr.スランプ アラレちゃん」も大ヒットした。

1980年開始の初めての連載作品「Dr.スランプ」はタイトルの通り,自称天才科学者の則巻千兵衛を主役と考えていましたが,鳥嶋のアドバイスにより少女アンドロイドの則巻アラレを主人公にすり替えました。

1981年に『Dr.スランプ アラレちゃん』のタイトルでアニメ化され、これも大ヒット。鳥山の意思による原作の連載終了後も放映は続き、『ドラゴンボール』と入れ替わりになる1986年まで続いた。

アニメの最高視聴率は38.1%!!!

『Dr.スランプ』では、鳥嶋氏をモデルにした悪役キャラクター『Dr.マシリト』として登場し、読者にも知られる存在だった。

「敵役が嫌なやつに見えないので、自分が一番嫌いな人間をイメージして書け」と鳥嶋和彦氏に言われた鳥山明氏が、まさに「嫌なやつのモデル」として、鳥嶋和彦氏をモデルにしたことで生まれたキャラクター

当時の鳥嶋さん(右)…あっ!似てる!

「鳥山さんが『Dr.スランプ』が始まって、半年ぐらいで辞めたいって言い出した。ところが彼がやめたいって言う時はもうアニメも始まって人気絶頂の時なんで編集部からするとOKしてくれるわけがない。で、もしも『Dr.スランプ』より面白い作品ができたら辞めてもいいと」と裏事情を明かした。

その結果鳥山明氏は、アラレちゃんを連載しつつ、次の新連載の準備を始めていたようです。

アドバイスから生まれた「ドラゴンボール」

ジャッキー・チェンのビデオをずっとかけてて仕事してると。で、『何回ぐらい見てるの?』って聞いたら、1つの映画を50~60回見てるって。で『そんなに好きだったら一回カンフーの漫画を描いてみない?』って言って。

鳥嶋氏のインタビュー発言より

物語初期の主題はタイトルの通り「ドラゴンボール」を集めるための冒険物語でした。

同誌の超ヒット作「北斗の拳」を比べ、トップの漫画を研究して、それをいかに追い抜けるかという目標設定を鳥山氏としたという。

連載初期の「ドラゴンボール」を振り返り鳥嶋氏は、「駄目だったですね。じりじり人気アンケートの結果が落ちて。このまま行くと、えーと…終わるなと。」と、ヒット作の意外な過去を暴露

人気回復のために、キャラクターを入れ替え

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