1. まとめトップ

中東問題を分かりやすく解説 ◆中東の歴史と情勢◆

中東問題とイスラム教。テロなど、中東はいつも争っているみたいだけどなんで?分かりやすく解説します。

更新日: 2016年01月06日

31 お気に入り 71413 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

FantasticAKBさん

中東問題とは?

第一次世界大戦後に多くのユダヤ人がパレスチナに流入し、イスラエルを建国した。この結果、現在のイスラエルに住んでいたパレスチナ人が追い出されたことで衝突。また、宗教の違いも争いの火種となっています。

これが現在の中東問題ですが、中東問題を語るには、中東の歴史と宗教を知る必要があります。

中東とは?

中東とはインドとアフリカ大陸の間にある、イラン、イラク、トルコ、アラブ首長国連邦、アルジェリア、イエメン、エジプト、オマーン、カタル、クウェート、サウジアラビア、シリア、スーダン、チュニジア、バーレーン、ヨルダン、モロッコ、リビア、レバノン、アフガニスタン、イスラエルを一般的に指します。

中東の宗教問題

宗教問題も重要

中東問題を語るにあたって外せないのが宗教問題です。

中東エリアを発祥の地とし、聖地を持つ宗教は
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教があります。

ユダヤ教の聖地はエルサレム
キリスト教の聖地もエルサレム
イスラム教の聖地もエルサレム

3つの宗教が同じ場所に聖地を持っています。
この時点で、争いが起きそうな予感がしますが、なぜ、同じ場所に聖地があるのでしょうか?

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神は同じ

下で各宗教について詳しく説明しますが、ここでは、簡単に3宗教の起源についてを説明します。

3宗教とも、信仰の対象である神はヤハウェで、アラビア語ではアッラーと言います。
日本ではエホバという呼ばれ方もしています。
中東で古代から信仰されていた神様です。

ユダヤ教はヤハウェから預言者モーゼが啓示を受けたとされる宗教。
キリスト教はユダヤ教の戒律主義に疑問を持ったイエスが広めた宗教。ユダヤ教主流派から迫害され、磔とされてしまいます。
イスラム教では、モーゼもイエスも預言者の一人として認めていますが、預言者ムハンマドの教えを信仰する宗教です。

同じ神様を信仰していて、神の教えを伝えたとする預言者が異なるだけですので、聖地も同じ場所にあります。

部族社会とは

中東の部族社会は部族ごとに完全分業制。
たとえば、魚業を見ると、魚を捕る部族。魚をとるために、船を貸す部族。水先案内人をする部族。魚を他の村などに売りに行く部族。それを警護する部族。などなど、とにかく分業制。
そして、部族間同士で争いが起こった時に間に入って丸く収める部族もいました。

ユダヤ人はなぜ中東にやって来たのか?

イスラエルを建国したユダヤ人はもともと現在のイスラエルのエリアに居住していた。しかし、度重なる戦乱に敗れ、国を追われてしまった。ユダヤ人にとっては数百年かかって、漸く戻って来た祖国の地であるが、そこにはユダヤ人が不在の数百年間を生活してきた人々がおり、ユダヤ人が先祖の土地へ帰ることによって、数百年の歴史を築いてきたパレスチナ人が追い出されてしまいました。

ユダヤ教とは

ユダヤ教の神はヤハウェ(エホバ)。
旧約聖書を用いる。

ユダヤ人は選ばれた民族であり、ユダヤ教を信じる、ユダヤ人のみ、救われると信じている。
紀元前1280年に預言者モーゼがヘブライ人をエジプトから脱出させたとされ、その際にモーゼが神ヤハウェと契約を結んだとされる。

キリスト教とは

ユダヤ教から分岐した新興宗教。旧約聖書、新約聖書を用いる。
キリスト教の神はヤハウェ(エホバ)、神の子であるキリスト、精霊。

ヤハウェが地上に使わしたいわば分身がキリスト。さらに精霊として奇跡を起こす。

キリスト教では信者は皆救われると説くため、選ばれた民族を自負するユダヤ教と対立。

ユダヤ教では救世主はユダヤ人の国を建国すると信じられているが、キリストは布教活動しか行わず、他民族の排除を行わなかったため、ユダヤ教からはエセ救世主と扱われ、最終的に分離独立。

イスラム教とは①

中東問題を理解するうえで一番重要になってくるのがイスラム教ですので、イスラム教は少し詳しく説明します。

ユダヤ教、キリスト教の影響を強く受けて成立した宗教であり、ユダヤ教、キリスト教と比べると新しい。

イスラム教の神もやはりヤハウェ。
よく勘違いされるが、アッラーは「神」という単語。英語ならGodであり、固有名詞ではない。コーランを用いる。

ユダヤ教のモーゼ、キリスト教のイエスも偉大な預言者であり、新約聖書も旧約聖書も神の声を記したものとして扱っている。コーランにも聖書が引用されている。

イスラム教とは②

イスラム教、ユダヤ教、キリスト教を比較した場合、イスラム教が最も平和的で懐が深いと言えるかもしれない。

ユダヤ教はユダヤ人のみが救われるととく宗教。
キリスト教はキリスト教徒は救われると説く宗教。
イスラム教はユダヤ教徒もキリスト教徒もみんな救われると説いています。
さらに、イスラム教を強制することを禁じています。

また、①で書いたとおり、ユダヤ教やキリスト教に対して一定の評価をしています。

これに対し、キリスト教やユダヤ教側からは異教徒として迫害対象となっていました。

イスラム教が急激に伸びた理由①

キリスト教側が脅威を感じるほど急激にイスラム教が伸びた理由。それは、イスラム教の宣教者が商人(隊商)だったことによります。

商売に出かけたついでに布教。布教がうまくいかなくても、商売が成功すればいいわけです。

また、いきなり異教徒の宣教者が来れば警戒されますが、最初は商売に来たとなれば、警戒心も下がります。

イスラム教が伸びた理由②

また、イスラム教は政教一体型で、中東エリアで勢力を伸ばしてきました。
その過程で、占領した国で、イスラム教徒は税金を安く、異教徒は税金を高く設定したため、イスラム教への改宗者が増え、勢力を伸ばしていくことが出来ました。

宗教間の争いは何故おきるのか?

本来であれば、自分の信じる宗教を信仰し、他人の宗教は気にする必要などないはずである。

しかしながら、宗教間の争いは起こりました。これは宗教が政治と一体になっていたり、政治に利用されるためです。

ユダヤ教から派生したキリスト教は勢力を伸ばし、勢力を伸ばすにつれて時の権力者達にも利用されます。
その後、政教一体で急激に勢力をましたイスラム教に対し、キリスト教は脅威と感じ、イスラム教を迫害しました。

イスラム教は②で書いたとおり、イスラム教側からはキリスト教に対し、一定の評価をしているにも関わらず、キリ

宗教問題をまとめる

もともと中東で古代から信仰されていた神がヤハウェでユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神。

古代の争いで破れ捕らわれたヘブライ人が預言者モーゼを祖として始まったのがユダヤ教。ユダヤ教はユダヤ人(ユダヤ教を信仰する人々)しか救われないとした。

時代が流れ、ユダヤ教に疑問をもったイエスが独自の教えを説いて回った。これがユダヤ教主流派からは異教とされ、キリスト教として分離。

さらに時代が流れ、ユダヤ教、キリスト教の影響を受けたうえで、ムハンマドが独自の教えを説いたものがイスラム教。

後発の宗教は先発の宗教の影響を受けているため、先発の宗教を認めている。一方、先発の宗教は後発の宗教を異端として認めていない。

中東の政治問題

中東では異なる宗教が存在し、古代から国を興したり滅ぼしたりしながらもある程度共存してきた。新しい国ができ、周りの国を制服するのは中東に限ったことではないが、なぜ中東はこれほどまでに対立が激化してしまっているのか。

これは第一次世界大戦で当時世界の覇権を争っていたイギリスの外交が大きく影響しています。

ユダヤ人はいつ中東に来たのか?

第一次世界大戦後にイスラエルを目指し世界各地からやって来た。

古代にはユダヤ人の祖先となるヘブライ人がイスラエルにはいたが、ユダヤ教の項で説明した通り、エジプトに連れ去られの奴隷となっていった。その後、エジプトを脱出し、紀元前11世紀頃イスラエル王国が成立した。しかし紀元前930年ごろ内乱のため、イスラエル王国はイスラエル王国とユダ王国に分裂した。イスラエル王国は紀元前722年にユダ王国は紀元前586年に滅ぼされる。その後、様々な国の支配と独立。キリスト教国であるエルサレム王国の建国などを経るが、西暦600年ごろから第1次世界大戦までの間は基本的にはイスラム教国が支配することとなった。

現在のイスラエルのユダヤ人は第1次世界大戦後にイスラエルに来た人たちである。

オスマン=トルコ帝国

勢力をのばしに伸ばしたイスラム教はオスマン=トルコと言う一大帝国を築き上げました。

オスマントルコ帝国は一大帝国ですが、その社会は部族社会。
部族内での絆が強く、他の部族とは争う事も多い国でした。

イギリスの外交が原因

第一次世界大戦が始まるとイギリスは、オスマン=トルコ帝国と戦争を行うに当たり、ユダヤ人資産家「ロスチャイルド家」に、オスマン=トルコに勝ったらイスラエルにユダヤ人国家の設立すると約束し、資金援助をお願いした。

一方で元々存在していたオスマン=トルコに征服され支配されていた中東諸国には、オスマン=トルコに勝ったら独立を認めると約束し、協力を要請。

さらにフランスにはオスマン=トルコに勝ったら中東諸国を分割して植民地化するとして協力を依頼するという、相反する3つの約束を結びました。

イギリスの約束

オスマントルコ帝国を撃破すると、ユダヤ人や中東諸国との約束を反故にして、フランスとの約束を最優先させます。

フランスと分割して、中東諸国を植民地化しました。
植民地化するに当たり、反乱を恐れたイギリスは中東の国々を細かく分けて統治することにしました。

イギリスの3枚舌外交の結果はどうなった

ユダヤ人は古代にイスラエルを追われた後、世界各地で国を持たない民族として過ごしており、建国は悲願でした。

オスマン=トルコ帝国が滅びると、ユダヤ人はイギリスとの約束通り続々とイスラエルの地に集まり始めます。

ところが、中東では独立を認めると約束されていたのに、植民地として支配されるだけでなく、さらに続々と集まるユダヤ人に反発が一気に大きくなります。

手に負えなくなったイギリスはこの問題を国連に丸投げし、国連にて採決の結果、この地を分割し、ユダヤ人国家とアラブ人国家を設立することとなった。

1