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画家アルフレッド・シスレーの作品・絵画まとめ

画家アルフレッド・シスレーの作品・絵画まとめ

更新日: 2013年09月02日

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nobuyuki5さん

アルフレッド・シスレー

生誕1839年10月30日
パリ
死去1899年1月29日(59歳)
国籍 フランス
分野絵画
(左はルノワールによるアルフレッド・シスレーの肖像)

当時、シスレーの作品が売れる事はあまり無かった。

1857年、18歳のときにロンドンに移りビジネスを学ぶが、4年後には中断してパリに戻る。ロンドンでターナー等の作品に触れたシスレーは1862年から マルク=シャルル=ガブリエル・グレールのアトリエで学び、またフレデリック・バジール、クロード・モネ、ピエール=オーギュスト・ルノワールらと出会う。

彼らは共に、スタジオで絵を描くことより戸外で風景画を制作することを選んだ。このため、彼らの作品は当時の人々が見慣れていたものより色彩豊かで大胆であったため、展示されたり売れることはあまりなかった。彼らの作品は当時のサロンの審査員からは受け入れられなかった。

シスレーの描く作品の大半が「風景画」

風景画+印象主義:シスレーは59年の生涯で800点ほどの油彩画を残していますが、静物画と風景画20点弱を除き、風景画ばかりを描きました。初期はターナーやコンスタブルらのイギリス風景画に影響を受けていましたが、パリでモネやルノワールと出会い、印象派の画家達とフォンテーヌブローの森で戸外制作を始めます。印象派展には全4回出品をしますが、当時の評価は低く、貧困のうちに生涯を終えています。

上手な画家だったが、経済的には恵まれず

1870年、父の破産により長期の経済的困窮に陥る。1871年、パリ・コミューン(労働者階級による革命政府)を避けルーヴシエンヌに移住、同地のほかアルジャントゥイユ、ブージヴァル、ポール=マルリ、1874年に4ヶ月間滞在したイギリスなどで制作をおこない、同年には第1回印象派展に参加。以後マルリ=ル=ロワやセーヴルに移り住みながら精力的に制作をおこなうものの、穏健で控えめな性格ゆえ積極的な売り込みはおこなえず、経済的困窮は続いていた。

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