1. まとめトップ

哲学・思想・提言メモ

机上の空論、荒唐無稽、単なる理想でしょ、自分の事は棚に上げて、など、いろいろ思われるでしょうが、その時々に、リアルタイムでリアルに思ったことを、出来るだけ率直に綴ったものです。気づきやひらめきのヒントなどになれば幸いです。過去に遡ってまとめる作業は途中です…。

更新日: 2018年12月06日

9 お気に入り 10414 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

yujikudoさん

黙力とでも言うのだろうか、黙る力も時と場合によっては必要だと思うけれど、時代は黙る力=悪みたいな流れがあって、深みを失っている感はある…✍️

その上で改めて考えてみると、地味ながら、普通に生きているだけで、もう十分「プロレス的」だなと思う、人生ってホント…ここに行きつく

「万物不可逆」という独自に行き着いた造語が、だいぶ以前から、深層的なテーマになっている…。デジタルに偏向するがゆえ、特に意識的に…✍️

人を変えようなんてたいそうなことを考えるのは無駄。人はほぼ変えられないと考えた方がいい。幻想でしかない。どんな個性、どんなタイプであろうと、関わらざるを得ない場合は、どう活かすか、に注力すべきだ。

いつも企画書というより、頭の中にあるアイディアを書き出して体系的に整理したようなものだけど、一応、企画書という名のPDF完成。わざわざ遠方の秘境まで行かなくたって、目には見えない道なき道がいろいろ眠っているんだろうなぁという最近の感想。それが道になるかどうかは自分次第なのだけど

実際に子育てしながら実感としてはっきりしてきたのは、子どもの抱える問題は、そのほとんどが大人社会の縮図だということ…。言行不一致の大人のもとでは子どもも改善の仕様がない。野生動物と人間の違いはその社会性にあるはずだが、野生的習性に負けじと自己を律しない限り解決しないことも多い✍️

99%完成して提出する直前セルフダメ出しが炸裂し、30%くらい壊して再び7割くらいからの再構築。再構築中は自分の首を絞めている感が強いけれど、完成してみればやっぱりセルフダメ出しの重要性を再認識、毎度…

歳を重ねるほど、経験を積むほど、自分へのダメ出しが強くなっていく気がする。「あ~やっぱりあの時、あーしておけばよかったな」という経験値が増え、妥協できない病が悪化している印象。自分の首を絞めている感もあるのだけれど…。

映画のフォーマットに沿ってない、TVのフォーマットに沿ってない、WEB動画のフォーマットに沿ってない、バイラル動画のフォーマットに沿ってない、コンテストのフォーマットに沿ってない、映像作家とか写真家とかそんな感じがしない…、いろいろ言う人がいるけれど、どこにも合わせないように、カテゴライズされないように心掛けてきたから、当然ではある…。

安かろう悪かろう、は確実に存在する。かといって、高いものを選んでおけば安心、と不相応に高いものばかり選ぶ人もいる。当然、高い方が選ぶのが賢明な時もあるが、一方で安くてよいものも確実に存在する。結局は己の短絡的な思考と見極めに潜む問題だと自分自身を見つめ直すべき。

結局、子育てとは生き様だな。親の生き様が色濃く出る。

新製品が出ると、ついこの間まで最高だと触れ回っていた前製品を、新製品との比較対象のもとディスる、という、当然の潮流が、マーケティング的には常套手段ながら、正直なところ微妙に違和感…

本当に本当のこと、なんて、墓場まで持っていくしかない、に決まっている。本当に本当のことをペラペラしゃべっている時点で、所詮、その程度の上っ面だと考えた方がいい。

ニールヤングはもとより、ディランとか、ピンクフロイドとか、皆、僕なんかにとっては超大物でレジェンドだけど、シビアな目で見れば、デジタルネイティブにとっては、よく分からん、というのが現実だと感じている。ビジネス的にはそこも織り込まざるを得ない。

苦しんでいる人をどんなに数多く見てきても、自分自身が苦しまない限り、苦しんでいる人の気持ちは分からないんだろうなぁ、と感じた、選挙公報。現実というのは本当に過酷で残酷で厳しいもの…。

満員電車ゼロとか、首都直下型地震の死者ゼロとか、別途詳しく調べると独自定義の前提条件があるのだろうけれど、選挙公報にはそれしか載っていないため、やっぱり時代を反映して「皆、盛っているなぁ」という印象(^_^) 仮にこれを通常のビジネスの契約書に落とし込もうとしたら無理がある…。

散々、アイディアやノウハウやスキーム作りやテンプレ作りやお膳立てだけ享受して、大体分かったから(その応用で何とかなりそうだから)もういいや、って使い捨てるような姿勢に、到底、未来があるとは思えず…。ブラック企業とかいう以前に、個々の人間のハートにある闇こそ、本当は直視すべき本質。

結局のところ、大人というのは、子どもの前で平静を装うのに精いっぱいの生き物だと感じる…。

殺せるものなら殺せ、という気概を常に持って生きてきたが、子どもが生まれてからは、正直、そのフレーズから目をそむけるようになってしまった…。

良かれと思って事をおこし、その人たちを信頼して、援護射撃してもらえると思っていたら、気づくと後ろから自分自身が撃たれていた、みたいなことがここ20年余りのうちに何度か繰り返されている。毎回悩んだ末、それでも新たに信頼することは諦めず、道化師的境地で立ち直ろうという結論になる…。

常に歪曲してでもスケープゴートを仕立てないと生きられないネガティブな思考に付き合っていては未来は開拓できない。人間のサガに潜む悪魔に魂は売らない。

やはり小手先の邪道に流されず、誠心誠意生きて、真正面から真摯に粛々と進んでいこう。正義は勝つと信じて…。振り返れば、少なくとも個人の歴史でいえば、めぐりめぐって結局は馬鹿なほどの正義や人情やそういう人間味が正しかったと証明されてきたし、ある意味それに助けられてきた。

時折繰り返される裏切りに心折れて諦めの境地に突入するか、それでも馬鹿みたいに何度でも立ち上がって理想を諦めずに追求するか。いずれにしても、「生きるとは何か」と問われれば「もがくこと」と答える、きっと…。

そうならないようにいわば反面教師で生きてきたけれど、人間の思慮深さなんて高が知れてるのだと、諦めそうになる。それほどに、人間というのは自己保身まみれ過ぎるのだろう…。自己保身のためなら事実だって歪曲できてしまう。誠に残念…。

一歩も二歩も引いて他者が活躍しやすい状況を作る影武者的なやり方こそ真のプロデューサーであり美徳と考えてきたが、自己保身のためならそれを平然を踏みにじれるのが人間のようで、だからその裏返しで、妙な出しゃばりや高圧的なタイプ、老害的な上司・管理職らが量産されてきたのだろう。

結局、出来るだけ任せて裁量を与えると、本質を見失い、うぬぼれて排他的な身の程知らずに陥る。人間のサガだからだろうか…。排除する事で相対的に自分が上昇したように錯覚していく。本物ならゼロから新たな道を作る事で上昇するのに。現状が経年劣化した時、清濁併せ呑んで立て直す覚悟まであるのか

小学校からのプログラミングを焦っているのは、「プログラミングがほとんど分かっていない人」と「プログラミング周りしか分かっていない人」が中心のような気はする。それと自分たちへの利益誘導(口は割らないだろうけど)。
そのロジックでいうと、戦争をやりたそうな輩は、「戦争の現実をほとんど分かっていない人」と「戦争、軍事周りのことしか分かっていない人」が中心なのだろう。

最近の政治家や立候補者のプロフィールには○○創業とか、○○会社起業とか、もっともらしく書いてあるけど、調べると、その後の経営実態はあやしいパターンが多く、経営不振や、いいとこ数年の実績で実体曖昧なもの散見され、今も良好に経営されていたり、バトンタッチされているものがほとんど見当たらない。起業するだけだったり、会社を設立するだけなら、今や誰でも出来るわけで、ほとんどはったりのための経歴ばかり…。書籍出版も売れていたり、アマゾンで好評なものは少なく、レビューもないようなものも多く見受けられ、とりあえず出版という形だけ取りました、みたいなものも多い。

(最終版)社交辞令や蔑んだ表現は、必要最小限にとどめておいた方が賢明だと思ったり…。プロならば、盛らずに、内容や結果に身を委ねればいいかと。盛る、というのは自信のない裏返しなのだろうけど、それは駆け出しの頃だけで十分かと。全方位にいい顔をしようとして、全方位から評価されないのもどうかと…。

1 2 3 4 5 ... 11 12

関連まとめ